第359話 おじさん怪人物に出会う


【火弾・改三式】


 有無を言わさずに魔法を放ったのは母親だった。

 謎の人物が張った結界を貫き、火弾が着弾する。

 

「だああ! あちちち!」


 火に巻かれるも平気そうな男である。

 その瞬間、父親が動いていた。


「……どういうことだい?」


 ハサン老の首筋に剣をあてる父親であった。

 

「あ、そこのおじいちゃんは関係ないから!」


 と、言われてもである。

 不審な人物の言葉を、はいそうですか、と素直に聞くいわれはない。

 

 おじさんが一歩前にでて聞く。

 

「どちら様でしょうか?」


「僕はウドゥナチャ。邪神の信奉者たちゴールゴームの首領……」


 暗い茶色の髪。

 褐色の肌。

 碧が強めのターコイズブルーの瞳。

 ターバンのように布を巻き、ヒラヒラとした大きめの服を着ている。


【火弾・改三式】


 再び魔法を放つ母親であった。

 

「その魔法、厄介なんだよね」


黒閃光スレイ!】


 母親の魔法が相殺される。

 盛大な舌打ちをする母親だ。

 

「ちょっと待った! 戦う気はないから!」


 と、両手をあげるウドゥナチャだ。


「どういうことですの?」


 おじさんが聞く。

 と、同時に逃がさないように聖堂全体に結界魔法を張る。


「いや、もうさ白旗をあげにきたってこと!」


【火弾・改三式】


 またもや魔法を撃つ母親である。

 

「だあああ!」


黒閃光スレイ!】


 慌てふためきながらも、魔法を使うウドゥナチャだ。


「ちょっと! ほんとに待って! 戦う気はないんだって!」


「お母様! やるなら外でやりましょう! ここでは禁呪も使えませんわ!」

 

「積層型立体魔法陣は……この場所では難しいか」


 再び舌打ちをする母親である。


「仕方ないわね!」


 ふんす、と息を吐く母親を見て、おじさんも安堵した。

 

「ふぅ……ほんと勘弁して。ちゃんと説明するから」


【火弾・改三式!】


「ぎゃああ!」


「お母様!」


 ウドゥナチャとおじさんが声をあげたのは同時だった。


「大丈夫、ちゃんと手加減したから」


 母親を訝しい目で見るおじさんである。

 その間に炎を消すウドゥナチャ。

 

「わかった。あとでちゃんと戦うから、ここではやめて? ね?」


 父親がハサン老の首に剣を当てたままで言う。

 

「ヴェロニカ。リーちゃんの言うとおり。聖堂を壊してしまうのは忍びないよ」


 むぅと母親が唇を尖らせた。

 その姿に両親の繋がりの深さを感じるおじさんである。

 

「ほっほ。楽しゅうございますな」


 ハサン老が口を挟む。

 邪気を感じさせない口調である。

 その言葉を聞いて、父親はひとつ大きく息を吐いた。

 

「まったく。大したご老人だ」


 そう言って剣を引く。

 

「余命幾ばくもないこの身、いまさら惜しむものでもありませんな」


 呵々、と大笑するハサン老。

 その姿に毒気を抜かれる一同であった。

 

「おほん!」


 咳払いをしたウドゥナチャ。

 邪神の信奉者たちゴールゴームの首領にしては若い。

 いや、若すぎる。

 

 おじさんよりも少し年上。

 まだ少年ぽさを残す青年である。

 それが悪戯小僧のような表情で口を開いた。

 

「改めて言うよ。僕は邪神の信奉者たちゴールゴームの首領だったウドゥナチャ。正確には元首領だった、だね」


 だった、を強調する元首領である。


「いやあのさ、相づちくらいは打ってくれてもいいんだよ?」


 おじさん一行の誰も口を開かない。

 

「……急に静かになったら喋りにくいじゃん」


 ウドゥナチャにむかって、スッと掌をむける母親である。

 余計なことは喋るなという意味だろう。

 それを理解したのか、顔を引き攣らせたウドゥナチャが再び咳払いをした。


「あのね……信じてくれないだろうけどさ。実は五十年くらい前に邪神の信奉者たちゴールゴームとは手を切ってたんだよ。だって、あいつら僕の言うこと聞かないんだぜ。首領なんて言ったって、本当に形だけだったんだ。だからさ、もう抜けるって言ったんだよ」


「……で?」


 おじさんが続きを促す。


「僕は……王国相手に派手にやらかすのは反対だったんだよね。正直に言って勝つ未来が見えなかった。でも、あいつらは言うことを聞いてくれなくてさ。いまさら後に退けるかって感じでさ。結局は負けたでしょ?」


 あいつらとは手を切ったって言っても動向くらいは把握してたからね、と続けるウドゥナチャ。


「で、僕は忠告にきたってわけ。今も残党狩りなんてやってるけどさ。もう邪神の信奉者たちゴールゴームは残っちゃいないよって話。だって、あいつら全滅することなんてこれっぽっちも考えてなかったんだぜ」


「まぁにわかには信じられない話ですわね。ですが、あなたがそれを告げにきた理由はなんですの?」


「そりゃあ助命嘆願に決まってるでしょ! 正直なところお嬢ちゃんを相手にして勝てる気がしない。って言うか、この国の戦力おかしくない? そもそも禁呪使いが多すぎるでしょ! そんなの相手に回して勝てるわけないじゃんか!」


 おじさんに母親、学園長。

 他にも祖母は確実に使える。

 それは多すぎると言うのだろうか。

 おじさんは首を傾げてしまう。


「ってことで、もう邪神の信奉者たちゴールゴームは存在しない」


 ウドゥナチャがニカっと笑顔を見せる。


「じゃあ、さらだばー」


 と、陰魔法を使うウドゥナチャ。

 だが、いつまでもおじさんを前にして通用するはずがない。

 既におじさんは結界を張っている。

 

 その結界の前では陰魔法ですら封じられてしまう。

 

「はれ? なんで? どうなってんの?」


 戸惑いの声をあげるウドゥナチャ。

 

「……同じ魔法がいつまでも使えると思ってもらっては困りますわ」


「マジで?」


「マジですわ!」


「リーちゃん、拘束して!」


 母親の言葉が飛ぶのと同時に、おじさんは魔法を発動させていた。


【麻痺・強】


「あばばばば」


 おじさんは思う。

 ウドゥナチャに限らず、邪神の信奉者たちゴールゴームはなぜ姿を見せるのか。

 わざわざ告げにきた意味がわからない。

 

 承認欲求が強いのか。

 ううん、と首を傾げるおじさんであった。

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