第358話 おじさんイトパルサの大聖堂に行く


 イトパルサはざっくり言うと菱形をしている。

 西側の頂点には港があり、おじさんたちが入ってきたのは南側の頂点にある門だ。

 代官邸はほぼ町の中心にある。

 

 そして件の大聖堂は北側の頂点近くにあるのだ。

 イトパルサの歴史は、大聖堂から始まったと言われている。

 

 小さな漁村に過ぎなかったイトパルサ。

 それが大々的に発展していったのは大聖堂が発見されてからなのだ。


 おじさん的には門前町である。

 大聖堂をきっかけに大きくなったのだから。


 その大聖堂、いつから存在していたのかすら不明。

 まったくわかっていない。

 

 おじさんは父親と母親、侍女とともに馬車で移動中である。

 その車内で、そんな説明を父親から聞いたのだ。

 

「ふふ……きっと驚くわよ」


 母親が実にいい笑顔でおじさんに言う。

 そんなことを言われれば、おじさんの期待値もグングン上がっていく。

 

 おじさん的には大聖堂と言えば、イギリスのカンタベリー大聖堂をイメージする。

 他にもフランスのシャルトル大聖堂や、バチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂。


 変わったところだと、ロシアの聖ワシリイ大聖堂も好きだ。

 ちなみにおじさんが足を運んだことがあるのは、ニコライ堂だったりする。


 どんなタイプの聖堂なのだろうか。

 ワクワクするおじさんであった。

 

 程なくして、馬車が止まる。

 護衛の騎士と従僕たちが、しっかりと準備を整えてくれていたようだ。

 

 おじさんが馬車を降りる。

 そこにあったのは、ただの小高い丘であった。

 

「お父様! お母様!」


 つい声をだしてしまうおじさんである。

 そんなおじさんの反応が面白かったのだろう。

 両親が軽やかな笑い声をあげた。

 

「リーちゃん、建物があると思っていたのでしょう?」


 母親の言葉におじさんは、こっくりと頷いた。


「ふふ……。私も初めて来たときにはビックリしたのよ」


 母親に手を引かれて、舗装された道を歩く。

 少し丘に近づくと、おじさんにも理解できてしまった。


「これは……スゴいですわね」


 道の先は下っていたのだ。

 つまり、聖堂は聖堂でも地下聖堂だったのである。

 

 岩盤を掘り下げて、建物が作ってあるのだ。

 いや、建物と言ってもいいのだろうか。

 

 おじさんの目には掘って作ったように見える。

 イメージ的にはパリにあるカタコンベだろうか。

 いわゆる地下墳墓なのだが、ここはきちんと聖堂である。

 

 シンプルながらもしっかりと装飾の施された石柱。

 アーチの施された天井。

 天上にも彫刻が刻まれている。

 

「中はもっとスゴいのよ」


 母親の声が弾んでいる。

 おじさんが驚いた姿を見て楽しかったのだろう。


 父親もニコニコとした笑顔だ。

 というよりも、従僕や騎士、侍女までも笑顔である。

 おじさんの年相応な姿が微笑ましかったのだ。


「ほわぁ……」


 聖堂に足を踏み入れたおじさんは思わず声をあげていた。

 松明を使った灯りのせいもあるだろう。

 揺らめく炎に照らされた聖堂の中は、幻想的ですらあったのだ。

 

 恐らくは光の反射まで計算して作られている。

 そう思えるほど、完璧なまでの空間だったのだ。

 

 さらに岩壁の一部がキラキラと輝いている。

 おじさんの瞳と同じアクアブルーの光だ。

 

 決して荘厳ではない。

 だが神秘的で幻想的な空間は、大聖堂と呼ぶにふさわしい。

 そう思わせるだけの景観であった。

 

「お父様、あの石壁のキラキラしているものはなんですの?」


 おじさんが気になっていたことを聞く。

 その答えは父親以外から返ってくる。

 

「壁にあるのは宝石の原石だと言われておりますな」


 老爺であった。

 学園長よりも年配だろうか。


 白髪を後ろで束ねた長身痩躯の老人だ。

 手には白木の杖を持っている。

 

 既にその目は盲いているのだろう。

 だが、足下はしっかりとしている。


「これは失礼いたしました。イトパルサ大聖堂を任されておるハサンと申します」


 しゃがれた低い声である。

 だが、それでも聞き取りやすいのが不思議だ。

 おじさんも挨拶をする。

 

「ハサン老。今日は突然のことですまなかったね」


 父親である。

 人払いを頼んだことを言っているのだ。

 

「おお。お懐かしゅうございます。そちらはヴェロニカ様かな?」


 老爺はきちんと父親の方に向き直った。

 母親もにこやかに返答している。

 

「娘にこの大聖堂を見せたくてね」


 父親が親しげに話をしている様子を見て、おじさんは思った。

 なにかしらの関わりがあったのだろうか、と。

 そんな疑問に答えるように、母親が口を開く。

 

「ハサン老はね、短い間だけど学園で教鞭をとっていたこともあるのよ」


「そうなのですか」


「ええ」


 昔懐かしいといった表情の母親であった。

 

「では、案内させていただきましょうかな」


 老爺が先を歩く。

 しかも、歩きながら柱や壁に彫刻された装飾について解説をしてくれるのだ。

 その明晰な話に質問をしつつ、おじさんはハサン老の知識に舌を巻く。

 

 純粋に楽しいのだ。

 おじさんの師匠にあたるリューベンエルラッハ・ツクマーを思い起こさせる。

 存分に知識欲を満たしながら、おじさんは幻想的な地下聖堂の景観も楽しむ。

 

「では、前期魔導帝国時代よりも古い時代である可能性が高いのですか」


「ほほほ……装飾の様式などがどう考えても魔導帝国時代とは合いませんからな。他に発見されているどの遺跡とも合致しない、となれば想定できることはそう多くありませんな」


 地下聖堂の内部は入り組んでいて、まるで迷宮である。

 狭い通路を抜けた先に下っていく階段が見えた。

 

「階段がありますわね。ハサン老、お手を」


「これは申し訳ありませんな。御言葉に甘えさせていただきます」


 おじさんが老人の手をとって、慎重に階段を降りていく。

 その途中で気づく。

 階段をはさむ壁にも見事な彫刻が彫られていたのだ。

 

「あら?」


 おじさんは見たことがあった。

 それはタオティエとコルネリウスがいた神殿に描かれたものである。


 男神が天空龍らしきものを従えたあの絵。 

 構図や描かれ方は異なるが、ここの彫刻は同じ題材に見える。


 思わず、足を止めてしまうおじさんだ。

 そんなおじさんの様子に違和感を覚えたのだろう。

 ハサン老も足を止める。

 

「どうかなさいましたかな?」


「ええ……この壁の彫刻」


「神獣を従えし男神と呼ばれておりますな。しかし、どの神話をあたってもそのような話が残されておらんのです」


 おじさんは父親と母親を見た。

 話してもいいか、という確認である。

 両親はそろって、苦笑まじりに首肯した。


「わたくし、この彫刻と似たものを見たことがありますの!」


 おじさんの言葉にハサン老の楽しげな声をあげた。


「ほう。それはそれは。聞かせていただいてもよろしいですかな?」


 おじさんは語った。

 プフテザーレの魔力異常地帯にて古代遺跡が発見されたこと。

 その調査に赴き、同じ絵を見つけたという内容を簡潔に話す。

 

「ふむぅ。では、前期魔導帝国時代以前の時代には知られた話だった、のですかな」


「王都でゴタゴタがあったので、本格的な調査に入るのはもう少し先になるでしょうが、結果がわかればお伝えさせていただきますわ」


「それはありがたい。感謝しますぞ」


「わたくしの先生であった、リューベンエルラッハ・ツクマー氏もはりきっていましたの」


 かかっとハサン老が笑う。


「リー様はあの疎放者の教え子でしたか。これもまた縁ですな」


 ハサン老が言うには、リューベンエルラッハ・ツクマーは教え子の一人だそうだ。

 

「まぁ! では、わたくしにとってハサン老は先生の先生ですわね!」


 そんな和やかな会話をしながら、階段を降りきる。

 踊り場の先にはアーチ型の入口があり、その先が聖堂になるのだ。

 揃って聖堂に足を踏み入れる。

 

 そこは体育館くらいの広さの空間が広がっていた。

 奥まった場所には神像が並んでいる。

 

 中央は空位。

 左右に六柱ずつの神像が見えた。

 右に女神、左に男神だ。

 

 神像の前には大きな祭壇がある。

 その祭壇に腰掛けている人影が見えた。

 

「やあ! 待っていたよ!」


 その人影はおじさんにむかって言葉を発するのであった。

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