第354話 おじさんのお酒が巻き起こす一騒動


 おじさんが庭に戻ると、しれっとケルシーが席についていた。

 その後ろでクロリンダが恐縮している。

 

「あら? お二人さん、おはようございます」


「おはよう、リー! これとってもいけるわね!」


 朝からケルシーは元気だ。

 フォークでイカを突き刺して、もぐもぐとしている。

 

「御子様。おはようございます。昨日はお世話になりました」


「かまいません。そうね……クロリンダさんはお酒が飲めますか?」


 おじさんの問いに怪訝な顔をしつつ、クロリンダが頷く。

 

「では、一緒にいらしてくださいな。エルフの方の意見もお聞きしたいので」


「あ、はい。行きますよ、お嬢様!」


 まだイカの残っている皿を手に取り、イカにかぶりつきながらついてくるケルシーである。


「お母様、お父様、イッジア様。ただいま戻りました」


「あら? リーちゃんひとりなの?」


 おじさんの侍女がいないことに驚く母親である。


「ええ。彼女は少し体調不良になりまして。部屋で寝かせています」


「ほおん。そういうこと」


 なにかを察したような母親の言葉に、おじさんは頷く。

 同時に、宝珠次元庫から先ほど作ったばかりの樽を取りだした。

 

「こちら、新型のエールを開発してみましたの。区別するためにラガーと呼んでいます」


 淡い黄金色のビールである。

 常温ではなく、おじさんがキンキンに魔法で冷やしてあるのだ。

 それをグラスに注いで、三人の前に置く。

 

「ほう、エール。いや、ラガーか。意外と好きなんだよね」


 父親がグラスを持つ。

 

「うわ。これ、冷えてる」


 おじさん、しっかりとグラスまで冷やしていたのだ。

 準備は万端である。

 少し気温が上がってきた今なら冷えているビールもいけるはずだ。

 

「ささ、ぐぃと一杯! お父様のちょっといいとこ見てみたい、ですわ!」


 おじさんのコールが古いのはご愛敬である。

 昔とった杵柄で手拍子までとるおじさんだ。

 

 娘の言葉にのせられて、父親も一気に杯をあおる。

 飲み干して、ぷはぁと大きく息を吐く。

 

「ラガーだっけ? これはスッキリしていていいね。のどごしがたまらない!」


 上機嫌な父親であった。

 そこへおじさんが畳みかける。


「では、お父様。こちらを召し上がってみてくださいな」


 イカを醤油で焼いたものだ。

 おじさん手作りのビールとまた合うのである。

 

「リーちゃん、こっちにもお願い!」


 母親のリクエストに応えるおじさんであった。

 

 ふぅとひと息ついたところで、父親と母親は代官と話をしている。

 もちろん、おじさんお手製のラガーについてだ。

 色々と取り決めをしているのだろう。

 

 なので、おじさんはエルフの二人に向き直った。

 クロリンダもビールを片手に上機嫌である。

 さほど酒精も強くなく、スッキリとした味わいにはまったようだ。

 

「さて、もうひとつ試してほしいものがあるのです」


 おじさんが取りだしたのは、もちろんアレである。

 ルートビア風味のお酒だ。

 

「くっさ! クサのクサじゃない!」

 

 ケルシーが鼻をつまみながら叫んだ。

 

「クサのクサとは何事ですか!」


 おじさんがそう答えるも、ケルシーはダメなようだ。

 

「えへへ。お、お嬢様はお子様だから仕方ないのですわ」


 クロリンダはルートビア風味のお酒にも興味津々のようだ。

 

「誰がお子様よ! やってやるわ! わたしだっていけるんだからね!」


「ちょ……」


 おじさんが止める間もなく、ケルシーが樽の中に杯を突っこんで酒を汲む。

 勢いに任せて、一気に飲み干した。

 そして間髪入れずに、空中に吹きだすケルシー。

 

「お嬢様! なんて勿体ないことを!」


「まじゅい……。なんなのよ、これ!」


「これだからお嬢様は!」


 ケルシーの失態を見つつ、クロリンダが慌てふためく。

 

「とりあえずきれいにしておきましょう」


 と、おじさんが清浄化の魔法を使う。

 そこで改めて、クロリンダに杯を渡すおじさんだ。

 

「独特な臭いがあるのは否定しませんわ。ですが、その奥にあるものを味わってみてくださいな」


 両手で恭しく杯を受けとり、さっそく口をつけるクロリンダである。

 さすがにこちらは吐きだしたりはしない。

 それどころか目を丸くして驚いている。

 

「私は薬草の臭気にもなれていますから。このくらいだとまったく気にならないです」


 言いつつも、ぐぃと杯を傾けてしまうクロリンダ。

 相当な酒豪のようだ。

 

「ぷはぁ。酒精は強めでも甘口で飲みやすいですわ。もう一杯いただいても構いませんか?」


 おじさんの了承をとる前に杯を突っこんでいる。

 かなり気に入ったようだ。

 

「エルフの皆さんにも需要はあるでしょうか?」


「もちろん! 他の誰もが欲しくないと言っても、私が買います!」


 クロリンダの答えに満足するおじさんであった。

 そんなおじさんの袖を引くケルシー。

 

「ねぇ口直しになるものってある?」


 ケルシーの姿が妹にだぶって見えるおじさんだ。

 なんだか頭をなでたくなってしまう。


「では、こちらを差しあげますわ」


 おじさんが腰のポーチから飴玉の入った瓶を取りだす。

 うえーい、と両手で頭の上に瓶を掲げて、クルクルと回るケルシーである。

 

「リーちゃん、そっちも新しいお酒なの?」


 少し離れた場所にいる母親から声がかかった。

 

「そうなのです。ちょっとわたくしにも想像のつかないお酒ができてしまいましたの。それで味を試してもらっていたのですわ」


「いいわね。それも飲んでみようかしら」


「かなり独特の風味がありますわよ」


 おじさんのその言葉に大人三人は気になったようである。

 わざわざ席を立って、ルートビア風味の酒が入った樽の前に立つ。

 

「どうぞ」


 と、おじさんがお酒を汲んで、順に渡していく。

 

「ああ、確かにかなり臭いがキツいね。治癒薬の類いに似ているかな」


 父親は治癒薬の味を思いだしたのだろう。

 顔をしかめている。

 

「確かにスランの言うとおりだね。でも、私は嫌いじゃないかも」


 と、代官は杯に口をつける。

 その不思議な味わいに目を見開いてしまった。

 

「私は無理ね!」


 母親も杯には口をつけたが、やはり臭気が気になるようだ。

 この辺りは好き嫌いが分かれる。

 それは仕方がない。

 

「うへへ。このお酒はとっても美味しいれすよ?」


 クロリンダだ。

 既に顔が真っ赤である。

 もう一杯いいれすか、と言いながら自ら注いでグビグビと飲む。

 

「ああ。これはちょっと……」


 と父親も無理だったようだ。

 

「ハハハ。スラン、私はこの妙な臭いが気に入ってしまったみたいだ」


 代官も既に二杯目に突入している。

 

「では、お好きにどうぞ」


 もはや今日は宴会の日となるようだ。

 父親と母親はラガーに戻り、あれこれと会話している。

 おじさんもそこに混ざる。

 

 少し離れた場所では、ルートビア風味のお酒を楽しむ代官とクロリンダ。

 ケルシーはその近くで料理を頬張っていた。

 

 ちょうど陽が高くなってきた頃だ。

 代官邸の従僕が走り寄ってくる。

 

「商業組合の方がお目通りを願っております」


 昨日の今日である。

 随分と力を入れたものだと、おじさんは思った。


「承知しました。では、昨日の部屋にとおしてくださいな」


「ちょっと待った。リーちゃん、どうせならこちらへ呼びなさい。その新しいお酒、きっと欲しがると思うわよ」


 プレゼンをしろと母親は言っているわけだ。

 おじさん的には試作品として考えたものだが、両親は既に商品化することを前提にしている。

 おじさん的にも問題はない。


「……と、言うことですわ。こちらにお願いします」


 従僕がおじさんの言葉に頭を下げて戻っていった。

 

「うへへへ。お嬢様! お嬢様ってば!」


 クロリンダがヘビのようにケルシーに絡んでいる。

 ケルシーはおじさんにもらった飴玉の瓶を盗まれないように胸に抱えていた。

 

「ちょっとクロリンダ離れなさいよ。お酒臭いわよ」


「うぃっく。お嬢様は本当に残念れすねぇ」


「誰が残念なのよ!」


“うふふふ”と笑って、クロリンダは飴玉の瓶の蓋をあける。


「これもひとつ、いただいても?」


「仕方ないわね、ひとつだけよ。ひとつだけなんだから」


 その瞬間であった。

 クロリンダの顔が真っ青になる。

 

「おろろろろろ」


 虹色のそれを受け止めたのは、飴玉の瓶である。

 

「っああああああああああ!」


 涙目になって叫ぶケルシーであった。

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