第353話 おじさんイトパルサで怪しいお酒を造ってしまう


 イトパルサ滞在三日目のことである。

 今日も昨日に負けず劣らずの晴天だ。

 

 そんな朝のすがすがしい空気の中。

 おじさんは代官邸の庭を借りて、朝からバーベキューとしゃれこんでいた。

 もちろん焼くのは新鮮な魚介類である。

 

 ハマグリに似た二枚貝が口を開けたところで、おじさんお手製の醤油をちょっと足らす。

 身からでた汁と一緒に頬張れば格別だ。

 

 魚に海老、カニ、貝。

 どれも美味しい。

 

 おじさんは侍女と二人で、心ゆくまで堪能したのである。

 母親は朝からバーベキューは重いと言っていたのだが、途中で姿を見せた。 

 暴力的なまでに魅惑的な香りのする煙が室内にも漂ってきたからだ。

 

「酷いわ、リーちゃん! こんなに美味しそうな香りがしていたら食べるしかないじゃない!」


 そんなことを言う母親に、美味しいところを給仕するおじさんだ。

 ついでにとばかりに、父親と代官であるイッジアにも振る舞う。

 

「ほう……これはこれは」


 感嘆の声をあげたのは代官であった。

 

「リー様。この調味料はとてもいいですね。魚醤のようなクセがない。それでいて豊かな味だ」


「でしょう? こちらも召し上がってみてくださいな」


 おじさんが大人三人の前にだしたのは、ホタテのような貝のバター醤油焼きである。

 

「むはっ! これは美味しい!」


 肉厚でプリプリとした貝。

 淡泊な味に絡む濃厚なソース。

 父親はかなり気に入ったようで、ぺろりと平らげてしまう。

 

「……イッジア、今日の予定はなにがあったかな?」


「んんー今日の予定か。確か……」


 と、頭を捻る代官である。


「リーちゃん! お酒だしてちょうだい!」


 母親の空気を読まない一言であった。

 

「もう。朝から飲むのはダメですわよ」


 と、言いながらおじさんは宝珠次元庫から酒をだす。

 葡萄酒である。

 

「ほどほどになさいませ」


 苦笑しながら、おじさんは三人のグラスにワインを注いだ。


「ありがとう! リーちゃん、大好き!」


 ふむ、とおじさんは思った。

 ビールを作ってみるのもいいか、と。

 王国ではエールが飲まれている。

 庶民の酒だ。

 

 一般的に酵母を常温で短期間発酵させたものがエールで、低温で長期間発酵させるのがラガーになる。

 エールよりもラガーの方が、おじさんには馴染みがあるのだ。

 

 正直なところ、おじさんにはお酒にいい記憶がない。

 だが、キンキンに冷えたビールで一杯という楽しみがあるのも知っている。

 なので、ラガーを作ってみる気になったのだ。

 

「お母様、ちょっと席を外させていただきますわね」


 すっと席を立つおじさんである。

 

「リーちゃん、また何か思いついたの?」


「内緒ですわ」

 

 うふふ、と笑うおじさん。

 その笑顔に代官は思わず、見惚れてしまう。

 

 おじさんは侍女を連れて、代官邸にて割り当てられた部屋に行く。


「お嬢様、こちらで大丈夫ですか?」


「ええ、問題ありませんわ。ちょっと新しいビールを作ってみるだけですから危険はありません」


 話をしつつ、必要な素材をとりだしていくおじさんだ。

 用意した樽の中に材料を詰めて、えいやと錬成魔法を発動させる。


 醤油がいけたのだから、ビールもいける。

 そんな短絡的な発想だが、なんとかなるのがおじさんの魔法であった。

 

 ただ、今回はボコボコと中身が泡だっている。

 そして、なんだか薬品のような臭いまでしてきた。

 

 ちょっと酵母がハリキリ過ぎているような予感がするおじさんだ。

 できあがったのは黒に近い色合いの飲み物である。

 

「……お嬢様。大丈夫なのですか?」


「ううん。口にできるものしか入れてませんもの。大丈夫ですわよ」


 そうは言われても、と侍女はためらってしまう。

 おじさんはお酒が飲めない。

 となると、試飲するのは自分の役目である。

 

「ちょびっとだけ飲んでみてくださいな」


 おじさんに上目遣いで頼まれてしまう。

 もう断ることはできない侍女であった。

 

「では、失礼して」


 樽から少量の液体をグラスですくう侍女である。

 覚悟を決めて、ぐいっと一口でいく。

 

 舌にまとわりつく苦みと甘みは悪くない。

 だが独特の刺激臭がきつかった。

 

「ぶふー」


 と侍女が吹きだしてしまう。

 けほけほ、と涙目になる侍女だ。

 それでも清浄化の魔法を使うところが乙女である。

 

「とてもパンチの効いた味ですわ!」


「む。そんなにですか?」


 おじさんもグラスで液体をすくってみる。

 鼻を近づけて、臭いを嗅いでみるとどこか懐かしいような感覚があった。


「ビアはビアでも……ルートビア?」


 かつて、おじさんは社長に連れ回されていた時期がある。

 愛人との密会を隠蔽するために、研修だと名目であちこち連れて行かれたのだ。

 もちろんおじさんの役目は研修などではない。

 社長と愛人の雑用係だ。

 

 確か沖縄に行ったときに、飲んでみろと言われたルートビア。

 飲むサロンパスなどと言われているものだ。

 好みがはっきりと分かれると言われていたが、おじさんはなぜか平気だった。

 

「お嬢様、いけません」


 侍女が静止するも、グラスに口をつけるおじさんだ。

 うん、これルートビア。

 それがおじさんの感想だ。

 

 ただ……記憶にあるものよりすっきりしていて飲みやすい。

 前世でおじさんが飲んだルートビアは清涼飲料水に分類されるものだ。 

 ただ、このルートビアにはアルコールも含まれていると思う。

 

「んーこれは好き嫌いが分かれますわね。酒精はどの程度なのでしょう」


「……平気なのですか?」


「飲めないということはありませんわね」


 そんなことを言うおじさんを信じられないという顔で見る侍女である。


「でも、これ癖になるかもしれませんわよ」


 まさか、と思いつつも侍女は残っていた物を口に含む。

 一度目ほどのインパクトはない。

 確かに鼻をつく臭気はあるのだ。

 だが、その奥にある複雑な香りと甘みに気づく。

 

 あれ? これ、ひょっとして美味しい?

 

 今度は吹きださずに飲めてしまう。

 そのまま味を確かめるために、二杯目にいってしまった。

 

「あれ? おかしいですわ? お嬢様、どうなっているのです?」


 と、手がとまらない侍女だ。

 飲めば飲むほどに美味しくなる。

 臭気も気にならない。

 

 あれ、あれと言いながら既に三杯目に突入している侍女だ。


「むふふ。これはもうドはまりの予感がひしひしとしますわね」

 

「お嬢様、これかなり酒精がきつうございます」


「そうですの?」


 四杯目を飲む侍女の顔がほんのりと赤くなっている。

 いわゆるレディキラー的なお酒なのかもしれない。


 とは言え、おじさんの目的はルートビアではないのだ。

 ラガーを作りたいのである。

 なので別の樽を宝珠次元庫からだして用意をした。

 

 今度は加減を間違えないように注意しながら、おじさんが錬成魔法を使う。

 そして、できあがったのはおじさんの記憶にある黄金色の液体であった。

 立ち上る香りもビールのものである。


「やりましたわ! あれ?」


 侍女はいつの間にかへべれけになっていた。

 顔を赤くして、両足を広げ、背もたれに身を完全に預けている。

 もっと言えば、顔を天井にむけて、くかーと寝息を立てているではないか。

  

「んーこのお酒は封印した方がいいのかもしれませんわね」


 と、言いながらもおじさんは樽を宝珠次元庫に仕舞う。

 侍女をベッドに寝かせてから、治癒魔法を念のために使っておく。

 そして、おじさんは静かに部屋をでるのであった。

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