第350話 おじさん不在の薔薇乙女十字団が詩情を炸裂させる
アメスベルタ王国において詩とは貴族の教養のひとつとされている。
一般的に詩と言えば、五行詩といった定型の物を指す。
また韻を踏むことを重視した作りが多い。
だが、そうした定型的な詩とは別に新しい文化の流れが起こりつつある。
要は縛りをなくして自由にしてみてはどうだろうか、というものだ。
ここ二十年くらいでその機運が高まり、現在では主流派と拮抗するほどの人気である。
そのためアルベルタ嬢は男性講師に確認をとったのだ。
三人が机に向かい、頭を捻っているからだ。
男性講師は束の間の休息を楽しんでいた。
美味いお茶にお茶請け。
さすがに上級貴族といったところだろうか。
いいものを揃えている。
お茶を楽しみ、半ば呆けたようになる男性講師であった。
それからどの程度の時間が経ったのだろうか。
最初に声をあげたのはパトリーシア嬢であった。
「できたのです! もうこれでいいのです!」
「ふぅん。パティ、ちょっと見せてみなさいよ」
「嫌なのです。エーリカのも見せるのならいいのです」
パトリーシア嬢の言葉に聖女が口をとがらせる。
「じゃあ、アタシのができたら交換ね」
了承の意味をこめて首肯するパトリーシア嬢であった。
それから五分もかからず、聖女が筆を置く。
「できたわ! 今の気分をぶつけてみた!」
「じゃあ交換するのです!」
と、二人は手もとの紙を交換する。
早速とばかりに聖女はパトリーシア嬢の紙に目を落とした。
『彼女』
彼女の笑顔、心温まる声
遠く離れていたとしても
困ったことがあれば手を差し伸べ
助言や励ましの言葉をくれる
彼女がいれば、もう大丈夫
一緒に笑い、一緒に泣き
彼女に会える日々に
私の心は踊り続ける
絆は強く
彼女に会える日を夢に見つつ
心の中ではいつも一緒に
「ほ、ほおん……」
聖女は絶句してしまった。
思っていたよりも、パトリーシア嬢の詩のデキが良かったからだ。
詩というには、あまりにもストレート。
ただ余計な装飾がないからダイレクトに響く。
もちろん、この詩のいう彼女とは
そのくらい聖女にも予想はつく。
一方のパトリーシア嬢もまた度肝を抜かれていた。
『宝物』
悩みなんて星の数ほどあるの
特にお腹がすいて、肉が食べたいなんて日常茶飯事
聖女の胃袋なめないで
肉の香りが誘惑するのよ
焼ける音、変わる色、のぼる煙
そこは夢の国
仲間と笑いながら、食べ放題の宝石たち
お肉の皿が並び、皿の山はどんどん高くなる
いくらでも食べても、問題ないわ
肉の誘惑に我慢できず
胃袋は膨れ上がり、いつも重体
お腹がすいた、肉が食べたい、それは真実
いつか手に入れてみせるわ
無限大の胃袋
「……蛮族なのです」
それは詩というには、あまりにも大雑把すぎた。
教養として詩を学ぶ上で、パトリーシア嬢はいくつもの作品を見てきたのだ。
その作品の中には絶対に書かれていない言葉がいくつもあった。
「ちょっと、パティ! 今、なんつった?」
「いや、なんでもないのです」
「嘘つきなさい! 蛮族って聞こえたわよ!」
聖女の詰問にパトリーシア嬢も取り繕えなくなった。
「だって、これじゃ親分の詩なのです!」
「誰が親分じゃい!」
二人がギャアギャアと騒いだところで、パンパンと手を打つ音が鳴った。
「まだ途中の者がいるんだから静かにしろー」
男性講師である。
ただ、男性講師の心配も杞憂だったようだ。
最後の一人であるアルベルタ嬢もまた筆を置いたのだから。
「アリィ、できたの?」
聖女の問いにアルベルタ嬢が小さく首肯した。
「見たいのなら、二人のと交換ですわよ」
その言葉に従って、交換する三人であった。
聖女とパトリーシア嬢は頭を寄せ合って、一枚の紙を見ている。
『魔法使いと私』
あなたは悪い魔法使い
根源から生じた普遍の運命
わたしの心臓をえぐり、どこに捧げるというの
黄昏の果てにあるという沈黙の丘で
葬送曲を歌う女神のもと
わたしのすべてはあなたに帰属するの
あなたを一目見たその瞬間に魔法をかけられてしまったのね
それがわたしの存在理由
悪夢から冷めない偏執症のように
ああ!
あなたは悪い魔法使い
わたしのすべてを弄ぶの
ああ!
あなたは悪い魔法使い
絶涯の鎖で絡めとられた
わたしと……
わたしはあなたを……
「……おうふ」
聖女は思った。
中二ワードが炸裂した闇ポエムじゃん、と。
パトリーシア嬢は思った。
なんかかっこいい、と。
彼女は目覚めかけているようである。
「んん。パティのとは題材がかぶってしまいましたわね!」
「そうなのです! でもそれは仕方ないのです!」
なぜか、むふんと意気投合している二人である。
それを生暖かい目で見る聖女であった。
「……エーリカ」
アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が聖女を見た。
「
「もう少しなんとかならなかったの?」
「だって、あんたたちはリーのことを書くってわかってるんだから、他のことを書くしかないじゃないのよ!」
「ちょっと聞きまして、奥さん?」
アルベルタ嬢がパトリーシア嬢に言う。
「聞いたのです! 言うにこと欠いて私たちのせいにしたのです!」
「そこ! 使いこなしてんじゃないわよ!」
聖女の叫びが部室に響く。
三人が楽しそうに騒ぎ始めた。
男性講師は詩が書かれた紙をもって、そっと部屋を出ていく。
そのことに三人はまったく気づかなかった。
後日。
三人の手もとには、詩の書かれた紙が戻ってきていた。
そこには学園長の一言が添えられていたそうである。
「もうちょっとがんばるんじゃ」
「腹ぺこじゃな」
「状態異常にかかっとるぞい」
と。
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