第349話 おじさん不在の王都における薔薇乙女十字団の憂鬱
おじさんが学園の休みを利用して、イトパルサでやらかしていた頃の話である。
その日、薔薇乙女十字団の部室に集まったのは、いつもの三人組であった。
アルベルタ嬢、パトリーシア嬢、聖女である。
この三人、王都のタウンハウスが破壊されなかったのだ。
そのため現在は暇を持て余している。
しかし実家がこの三人ほど太くないのだ。
そのため復興作業に勤しんでいたりする。
ちなみに学園内には、この三人と同じような立場の人間が一定数いる。
そのため学園も開放されているのだ。
ただし授業は行われていない。
「ちょっと奥さん、聞きまして?」
聖女の言葉に眉をしかめるアルベルタ嬢だ。
「誰が奥さんですか! まだ婚約もしていませんわ!」
「そうなのです! 私はリー様と結婚するのです!」
どさくさに紛れて、大胆なことを口走るパトリーシア嬢である。
だが、それは虎の尾だったようだ。
「あ゙!?」
般若のように目をつり上げたアルベルタ嬢がドス黒い声をだす。
「ひぃ!」
パトリーシア嬢が聖女を盾に隠れてしまう。
「パティ……冗談でも言っていいことと悪いことがあります。今のは確実に一線を越えていますわ」
声を荒げるでもない。
いつもと変わらない口調なのに、迫力は二百倍増しのアルベルタ嬢であった。
「わかったのです!」
恐る恐るといった感じで、聖女の陰から顔を覗かせるパトリーシア嬢。
さすがに悪くなった空気を払拭しようと、聖女があからさまに声を大きくする。
「もう! 話の腰を折らないでよ!」
「話ってなんのことなのです?」
パトリーシア嬢が空気を読んで追従した。
「ちょっとそこで耳にしたんだけど、こういうときだからこそ詩を作って心を和まそうかっていう話をしてたのよ!」
聖女の言葉からは肝心なことが抜けている。
アルベルタ嬢は大きく息を吐いて、そこを指摘した。
「誰が言ってたの?」
「学園長に決まっているでしょ!」
「嘘なのです! あの学園長はそんなことを考える人ではないのです!」
とんだ言いがかりである。
だが、これまでの実績からそう思われても仕方がない。
「いや本当だって!」
反論する聖女にアルベルタ嬢が声をかける。
「エーリカの言うことが真実だとして、なにか問題でも?」
「かぁあ! これだから優等生は!」
居酒屋でくだを巻く酔っ払いのようなことを聖女が言う。
「ひょっとしてアリィは詩を作るのが得意なのです?」
「もちろんよ。そうしたことは教養として必須じゃないの」
優等生の御言葉に頭が上がらない二人である。
「エーリカ、どーするのです!」
「どーするもこーするも、ここは逃げるしかないわね!」
言い終わらぬうちに脱兎のごとく逃走を試みる聖女であった。
だが、一歩遅かったようだ。
ドアに手をかけようとしたとき、勝手に開いたのである。
「おっとー。どこへ行くんだー?」
男性講師であった。
「げええ! もう追っ手が!」
聖女のその言葉ですべてを悟る男性講師だ。
「ってことはもう聞いているみたいだなー」
にやりと悪い顔で、男性講師は
「学園長からのお達しだー。これから詩を書いて提出するようにー」
「バーマン先生。確認ですけど」
とアルベルタ嬢が手をあげて発言する。
「詩を作るのは構いません。が、これは何かしら成績に影響するのですか?」
「いや、まったく関係ないぞー。ただの学園長の思いつきだー」
「では、提出しなくても?」
「それはダメだなー。なんのためにここに来たと思っているんだー?」
男性講師の言葉を受けて、アルベルタ嬢が顎に手をあてる。
「なにかお題のようなものありますの?」
「いや、特にないぞー。思うがままに詩情をぶつけろー」
「形式は?」
「特にないー」
得心がいったのだろう。
アルベルタ嬢が深く頷く。
「では、これから書きますので少しお待ちになってくださいな」
聖女とパトリーシア嬢の二人は空気になっていた。
気配を消して、部室から逃げようとしていたのだ。
「どこへ行こうと言うのです!」
二人の首根っこをむんずと掴むアルベルタ嬢である。
「おほほほ。ちょっとお花を摘みに」
「私は精霊さんに呼ばれたのです!」
二人の言い訳に、アルベルタ嬢のコメカミがピクピクと脈打つ。
「我ら
「いや、それは相手がちがうって言うかぁ」
「アリィ、作詩は敵ではないのです! お友だちなのです!」
「あ、バカ!」
パトリーシア嬢の失言に聖女が気づくも既に遅い。
「ならば、お友だちとは仲良くしないといけませんわね!」
斬って落とされる。
一撃での陥落であった。
うなだれるパトリーシア嬢を見て、聖女は思った。
まだ舞える、と。
「エーリカ、あなたは都合の悪い相手からは逃げるのですね!」
うっと言葉に詰まる聖女だ。
その隙にアルベルタ嬢が畳みかけた。
「
「うう……わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」
聖女の翼は既に折れていた。
ぜんぜん舞えなかったのである。
「では、バーマン先生。お待ちの間、お茶でも飲んでいてくださいな」
アルベルタ嬢が聖女とパトリーシア嬢にお茶の用意をするように告げる。
「お! いいのかー。ありがたいー」
と、言いつつも既に椅子に深く腰をかけ、寛いでいる男性講師であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます