第348話 おじさんエルフの甘味を知る


 蕎麦の実。

 おじさんの前世では馴染みが深いものである。

 当然だが用途としては食用だ。

 

 蕎麦は痩せた土地でも育ちやすく、かなり広い範囲で食べられていた。

 ただ、粉にして練って焼くという方が一般的である。

 麺にして蕎麦を食べるのは少数派だ。

 

 おじさん、実は蕎麦の打ち方は知っている。

 付き合いで何度か蕎麦打ち教室に通ったことがあるのだ。

 もちろん前世のおじさんにはチートなどない。

 

 なので打った蕎麦は形にはなっていたが、食べられたものではなかった。

 それでもまぁ捨てることはできずに食べきったが。

 

 つまり、おじさんは蕎麦にあまりいい印象がない。

 どちらかと言えば、うどん派だったのである。

 

 ただ今生ではチートがある。

 もはや錬成魔法は、おじさん自身でもよくわからない仕上がりだ。


 だからと言って、この場で蕎麦を打つことはしたくない。

 母親に触発されて、おじさんの口も甘い物が食べたくなっていたからである。

 

 そこでガレットを作ることにした。

 蕎麦の実をわけてもらって、錬成魔法でそば粉を作る。

 あっという間に上質なそば粉ができあがった。

 

 それに塩と水を加えて生地を作る。

 この辺はおじさん付きの侍女に指示をだせば、完璧にやり遂げてくれるのだ。

 

 ケルシーとクロリンダに確認を取りながら、おじさんは果物を確認していく。

 さすがに森の中に集落があるだけのことはある。

 王国でも馴染みの果物から、見たことがないものまで幅広い。

 

「あ! そう言えば、今日もミツアリがないのね!」


 ケルシーが声をあげる。

 それに同調するように、クロリンダが首肯した。


「ミツアリは私たちの間で、いちばん好まれている甘味のことです」

 

 先回りして、おじさんに説明するところが有能である。

 

「へぇ。それはどんな果物ですの?」


「果物じゃないわ! アリよ、アリ!」


「虫のアリ?」


 ケルシーの言葉に首を傾げるおじさんであった。

 

「そう! お腹の中にね、すっごい美味しい蜜をためてるの」


 ケルシーが身振り手振りを使いながら説明すると、より幼く見える。

 

「こうね、ぽっこり膨らんだお腹のとこをプチってしたらね、びゃってでてくんの!」


 味を思いだしたのだろう。

 両の頬を押さえて、目尻を下げるエルフの少女である。

 

「御子様。この季節だとあまりミツアリが見つからないのです」


 クロリンダの言葉に、おじさんも眉をしかめる。

 恐らくはミツツボアリに似た種類だろう。

 料理マンガ大好きなおじさんは、その存在を知っていた。

 

 もちろん食べてみたいが、ないものはどうしようもない。

 

「むぅ。仕方ありませんわね。今日はなしでいきましょう」


 と、おじさんが方針を決定したところで侍女から声がかかる。

 

「お嬢様、こちらの生地の準備が整いました」


「では、クロリンダと協力して生地を焼いてくださいな。さっき言ったとおりに薄めですわね」


「承知しました」


 流れるような連携をとるおじさんと侍女であった。

 

 ガレットを作るために必要な材料をどんどん揃えていく。

 クリームやリキュールまで用意して本格的にいくのだ。

 

「ケルシー。そこの木の実を割っておいてくださいな」


「はいよー!」


 と、焼き上がってきたガレットの生地におじさんは果物を盛りつける。

 生クリームと果物、その上に木の実を振りかけて完成だ。

 

「召し上がれ」


 きれいに盛りつけしたお皿を母親の前に置くおじさんだ。

 ちゃんとナイフとフォークまである。

 飲み物はハーブティーを用意した。

 

「とっても美味しそう! ありがとうリーちゃん!」


 ニコニコとしながら母親が食べる姿を見るおじさんだ。

 自分で作った物は人に食べてほしい。

 その幸せそうな顔を見るだけで、おじさんは満たされるのだ。

 

 作っても食べてもらえない。

 そんな悲しい思いをしたおじさんだからこそ、ちょっとした幸せが身に染みるのであった。

 

「美味しいわね! この木の実がアクセントになっていてちょうどいいわ!」


「でしょう? ではこちらもどうですか?」


 おじさんが差しだしたのは、リキュールとチョコを使った大人の味付けのものだ。

 見た目もそうだが、香りがもう美味しい。


「わあ! とっても美味しそう!」


 パクパクと食べ進める母親である。

 そんな母親の姿を見ていたおじさんの袖を引っぱる者がいた。

 ケルシーだ。

 

「ねぇリー!」


 その瞳はキラキラと輝いている。


「わかっています。食べたいのでしょう? 少しお待ちなさいな。ただしお酒を使ったものはダメですわよ!」


 おじさんの言葉に、うんうんと頷くケルシーだ。

 その様子を見ながら、ヒヤヒヤとするクロリンダである。

 

「……あなたも心配ごとが絶えませんね」


 そんな侍女の言葉に、クロリンダがそっと目を伏せた。


「わかってくれますか。うちのお嬢様ったら……」


「まぁ。ええ」


 と、大人の会話をする二人であった。

 

 暫くすると、ハルムァジンが近づいてくる。

 もう決をとったのだろうか。

 

「御子様。お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 と、おじさんが料理をしているのを見て目を見開くハルムァジンである。

 それに気づいて、気にするなと手を振るおじさんだ。

 

「ケルシー!」


 うまうまとおじさんの作ったガレットを食べている娘。

 その姿を見て、思わず手を目にあてた。

 

「お父様! いいからちょっとこっちきなさいって! めっちゃ美味しいんだから!」


 残念な娘を叱りつけようとした瞬間であった。

 ほんの少しだけ先におじさんが声をかける。

 

「ハルムァジン殿。どうせならエルフの皆さんをここへ。皆で甘味を楽しみましょう。蕎麦の実を使わせていただいていますので、その分はあとで埋め合わせをしますから」


「え? あ? いや、よろしいのですか?」


 途惑うハルムァジンにおじさんは畳みかける。

 

「かまいません。聞けば、ミツアリが少ない時期だとか。では、甘味を食べたいという人も多いでしょう。気にせず、ここで楽しむといいのです!」


 完全におじさんのペースであった。

 結局、ダルカインス氏族を巻きこんだ甘味大会が開催されてしまう。

 

 おじさんの作るスイーツ系ガレットは人気であった。

 特にリキュールとチョコを使ったものは、女性陣が独占してしまうほどの人気だ。

 

 それを遠巻きに見る男性陣の背中は実に寂しそうであった。

 

 ちょうど昼食時ということもあってか、村の女性陣も得意料理を次々と作っていく。

 おじさんも見たことがない料理に舌鼓を打つのであった。

 

 御子様ということで距離はあったのだ。

 しかし、こうした機会を作れば一気に距離が縮まる。

 

 宴もたけなわとなった昼下がりである。

 ハルムァジンが頭を下げながら、おじさんの前で膝をつく。

 

「御子様。大変素晴らしい食事をありがとうございました。感謝を捧げたく思います」


「べつにいいのです。わたくしも楽しませていただきました。香草を使ったお肉の蒸し焼きがとっても気に入りました!」


「そう言っていただけると幸いです。さて、話が伸び伸びになっておりましたが、聖樹の件をお伝えさせていただきます。満場一致をもって、御子様にお任せしてみようという結果になりました」


 ハルムァジンの言葉におじさんも頷く。

 

「それは重畳。では、わたくしも微力を尽くして問題の解決に尽力しますわ!」


 おじさんの言葉に他のエルフたちも頷いていた。

 

「ちょ。お嬢様! 食べ過ぎですってば!」


「ううう……苦しい。うぇええっぷ!」


「ちょっと! ここではダメです。ダメですって!」


 顔を青くさせたケルシーが口を押さえる。

 そんなケルシーを抱きかかえて、遠くへと走っていくクロリンダであった。

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