第347話 おじさんエルフの集落を練り歩く


「あっーーーーー!」


 ケルシーが涙目で大声をあげた。

 

「縮むじゃない! 気にしてんだから!」


 両手で頭のたんこぶを押さえるケルシーである。


「いや、逆に伸びているんじゃないですかね?」


 クロリンダによる無慈悲な一言である。

 確かに少女の頭の一部が、こんもりと盛り上がっているのだ。


「たんこぶかー! たんこぶのことかー!」


 なんだかんだで騒々しい二人である。

 そんな二人を見つつ、おじさんと母親もつい笑ってしまった。

 

 ただ、騒がれてしまっては村の中を案内してもらえない。

 なのでおじさんは治癒魔法を発動してやるのだった。

 

「ケルシー。村の中を案内してくださいな」


「ううん。村の中って言っても特に珍しいところはないわよ」


 そう返されてしまったら、おじさんも言葉に詰まってしまう。


「お嬢様。そういうときは一周したらいいんです。御子様方は初めて訪れているのですから、見る物すべてが珍しいのです」


 クロリンダのフォローでもケルシーは疑いの目をむけている。

 

「んんーそんなものかしら」


「お嬢様がイトパルサに訪れたときのことを思いだして! あっちへふらふら、こっちへふらふら。両手で露店の食べ物を持って振り回していたじゃないですか!」


「きぃぃぃ! サラッと黒歴史を言うなー!」


 顔を真っ赤にするケルシー。

 どうやら自分の行いを棚にあげていたようである。

 クロリンダに突っかかるも、頭を押さえられて手が届かない。

 

「ふん! 今日はこのくらいにしといてあげるわ! 行くわよ、リー!」


 肩を怒らせながら、ずんどこ歩くケルシー。


「すみません、すみません。うちのお嬢様がアレですみません。私が案内させていただきますので、どうかお許しをー」


 ははーと土下座する勢いで頭を下げるクロリンダであった。

 その姿を見て、母親が大きなため息をつく。


「まぁいいわ。励みなさい」


 母親の言葉にさらに頭を下げるクロリンダ。

 

「なにしてんのよ! わたし、ひとりぼっちじゃない!」


 立ち止まって声を荒げるケルシーであった。


 ツリーハウス型の家がならぶ森の中を歩く。

 もちろん防壁に囲まれている範囲で、だが。

 

 ただ、おじさんは思った。

 集落のエルフたちは、今、聖樹の洞に集まっているのだ。

 だから商店というものが開いていない。

 

 いや、そもそもの話。

 商店というものがないのである。

 

 氏族単位で暮らしているエルフの暮らしは、いわば原始的な共産主義に近い。

 クロリンダによれば、職人はいるが自分が作っているものを、食料品など必要な物に交換しているとのことだ。

 

 貨幣経済ではなく、物物交換が基本になっている。

 

 では、港町ではどうしているのだろう。

 色々と気になるおじさんだ。

 

 例えばラバテクスの輸入ができるとして、その支払いには金銭がいいのだろうか。

 あるいはエルフが必要とする物資の方がいいのだろうか。

 

 この辺も確認した方がいい。

 改めてそう思うおじさんであった。

 

「だいたい見て回ったんだけど、どう? 大したことなかったでしょ?」


 ケルシーの問いにおじさんが返す。


「いえ、色々と勉強になりましたわ。とっても楽しかったです。そう言えば、食事はどうしていますの?」


「食事? わたしたちは皆で一緒に食べるの!」


 とてもにこやかな笑顔になるケルシーである。


「では、共同の炊事場がありますの? では、そこで食材を見てみたいですわ」


 おじさんの提案で共同の炊事場へ赴くことが決定した。

 

「ほおん。見たことがない食材が多いわね」


 炊事場にある食材を見た母親の感想である。

 確かにそうだ。

 

 カラフルな果物に吊された大きな肉。

 野菜はどちらかと言えば、葉物と根菜が多いだろうか。

 パッと見たところ香辛料が豊富だ。


「この果物! 毛むくじゃらですわね!」


 おじさんが面白そうに手にとる。

 それは本当に毛むくじゃらであった。

 

「それ、ランタンの実よ」


 ほへえとおじさんが感嘆の声をあげた。


「御子様。よろしいですか?」


 クロリンダが了解をとってから、手早く皮をむいてしまう。

 すると、朝食で見かけたあの白い実がでてくる。

 

「本当ですわ!」


 パクッと食べてしまうおじさんであった。


「リーちゃん、なにか作るの?」


 母親の問いにおじさんは笑みを見せた。

 

「そうですわね、ちょっとお料理してみましょうか」


「甘いのがいいわ」


 母親にむかってビッと親指を立てるおじさんだ。

 

 さて、とおじさんは食材を見渡す。

 果物が多い。

 ならばパフェがいいのだろうか。

 

 いや、どうせならクレープもいいかもしれない。

 生クリームならある。

 どら焼きを作ったときのストックだ。

 

「あら? この麻袋の中にあるのは?」


 おじさんの問いにクロリンダが素早く応えた。


「これはエルフの間でカーシャと呼ばれている穀物ですね。主食として使われていて、粉にした物を練って平たくして焼きます」


 その言葉を聞きながら、おじさんは麻袋の中を見て驚く。

 なにせそこにあったのは蕎麦の実だったのだから。

 

「これはとてもいいものですわね!」


 にっこりと頷くおじさんであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る