第346話 おじさん聖樹国で歓待される


 ――聖樹国。

 国という名称を使っているが、実際には氏族の集合体である。

 エルフは氏族ごとに集落を作り、広い森の中で暮らしているからだ。


 ただし氏族ごとに対立しているという背景はない。

 エルフには互助の意識が根付いているからだ。

 

 ヒト種に比べて長命な種族であるエルフ。

 彼らは温厚で、平穏な暮らしを望むものが多い。

 

 良くも悪くも昨日と変わらない明日を望むのだ。

 なので国として氏族をひとつにまとめる、という話にはならない。

 それは面倒だと言うエルフがほとんどなのである。

 

 故に氏族全体の方針も会議で決める形だ。

 ちなみに王国との交渉などの矢面に立つのは、持ち回り制になっている。

 三十六年に一度というスパンなのが長命種である証拠だろう。

 

 ケルシーとクロリンダが属するダルカインス氏族。

 エルフの集落の中では規模が大きく、有力な氏族のひとつである。

 

 彼らは前期の交渉担当であった。

 そして、現在は交渉の補佐という役職に就いている。

 

 前期の交渉役と来期の交渉役が、本命の担当を補佐する。

 そうすることでスムーズに役職を交代できるようにしているのだ。

 

「リーが御子様!?」


 エルフにとって精霊は縁が深く、神とともに大精霊も信仰の対象だ。

 その大精霊からの言葉を受ける者が巫女である。

 そして、御子とは精霊が認めた者という意味合いであった。

 

 片膝をつき、礼の姿勢をとる集落の皆の間に挟まれ、右往左往するケルシーである。

 そんなケルシーを見るクロリンダは、とても残念そうな顔だ。


 おじさんが一歩進んで、エルフたちに告げた。

 

「礼を尽くしていただけるのはありがたいです。しかし、それでは話ができません」


 すぅと息を吸って、おじさんは続けた。

 

「わたくしが望むのは対等な関係ですわ。ですので、先ずはお話をいたしましょう」


 その言葉にエルフたちは、より深く頭を下げるのであった。

 立ち尽くしていたケルシー以外。

 

「ほへえ」


 つい間抜けな声をだしてしまうおじさんである。

 なぜならエルフの集落の景観が素晴らしかったからだ。

 

 ツリーハウスとでも言えばいいのだろうか。

 樹木と家が一体化したような作りなのだ。

 

 理路整然と整った村ではない。

 正しく森とともに生きるを体現したかのような村である。

 それでもどこか統一感があり、なんだか落ちつくのだ。

 

 完全にお上りさんになったおじさんは、興味深そうにエルフの集落に視線をさまよわせる。

 母親は娘の様子に苦笑するばかりだ。

  

 おじさんたちは村の中心にある巨木に案内される。

 

 大きい。

 素直にそう思ったおじさんである。

 直径にして二十メートル以上は確実にありそうだ。

 

 巨木にはうろがあった。

 このうろの中が集会所になっている。

 

「はにゃあ……スゴいですわね」


 大きな広間だ。

 壁際には照明がつけられている。

 

 いや、照明と言ってもいいのだろうか。

 蛍のように発光する虫がいるのだ。

 

 この広間だけでも十分にスゴい。

 だが、二階席まである。

 

 正面の奥には女神像にかしずく大精霊の像が安置されていた。

 その像の足下にある上座にとおされるおじさん一行。

 

 深く息を吸うと、濃厚な木の香りがした。

 上座からエルフたちを見ながら、おじさんは言う。

 

「まずはエルフの皆さんの誠意に感謝を。わたくし、とても感動しましたわ」


 おお、とどよめきが起こる。

 

「御子様。私はダルカインス氏族の長を務めるハルムァジンと申します」


 先ほど集落の先頭にいた背の高いエルフである。

 ケルシーの父親だ。

 見た目は神経質そうではあるが、声は太く、男性的だ。


不佞ふねいの身ではありますが、御子様のお相手を仕ります」


 へりくだられると、やりにくい。

 おじさんは少しだけ、眉根に皺を寄せてしまう。

 

 そんなおじさんの脇腹を母親が肘でつつく。

 顔をむけたおじさんにむかって、母親は声はださずに口を動かす。

 

“しっかりなさい”と。


 母親の激励を受けて、おじさんはコクンと頷いた。

 

「さて、ハルムァジン殿。既にお聞きになっているかもしれませんが、わたくしが聖樹国にきたのはラバテクスの素材が目的ですの」


 その言葉でハルムァジンは顔をあげる。


「目的までは存じ上げませんでした。なるほど、ラバテクスの……」


 若干だが、歯切れの悪さを感じさせる口調であった。

 そのままハルムァジンが続ける。

 

「御子様はラバテクスのことをどこまでご存じなのでしょう?」


「そうですわね。聖樹国で少量生産されている衛生用品のことだと聞きました」


 おじさんの言葉に、ケルシーが顔を赤くする。

 衛生用品という言葉に反応したのだろう。


「王国ではそう伝わっているのですか。ラバテクスは聖樹につくが吐く糸のことなのです」


 なるほど、とおじさんは納得した。

 恐らくは蚕のようなものだろう。


「聖樹というのは、この巨木のことでよろしいのですか?」


 おじさんの問いにハルムァジンが大きく首肯する。

 

「ただ……近年ではそのが減っているのです」


 申し訳なさからか、少しだけ目を伏せる長だ。


「原因はわかっているのですか?」


「いえ、それがまったく」


「で、ラバテクスの生産量が減っている、と。現時点でどの程度まで減っているのでしょう?」


 おじさんの問いにハルムァジンが目を閉じて黙考する。

 

「正確な数はわかりませんが、かつての一割程度でしょうか」


「一割!」


 その数の減り方は尋常ではない。

 おじさん的にはあればあるだけ欲しいのだ。

 それでは入手できる量も限られてしまう。

 

「我らもラバテクスは様々なことに使いますので、御子様にお分けするとしても少量になってしまいます」


「ううん。それは困りましたわね。できるかどうかはわかりませんが、わたくしに原因を探らせていただいても構いませんか?」


 おじさんの言葉に顔を見合わせるエルフたちがいる。


「御子様にはできる限り協力せよ、との御言葉を大精霊様から賜っております」


 そこで言葉を句切るハルムァジンだ。

 目線をあげて、おじさんを見つつ言葉を続ける。

 

「ただ……我らにとって聖樹は大事なものなのです。ですので、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか」


「皆で話し合って決めるというのですね。わかりました。わたくしに否はありません。では、その間は集落を見させていただいても?」


 おじさんがすんなりと受けいれてくれたことに、長は胸をなで下ろしていた。

 ごねられた場合の対処が思いつかなかったからだ。

 

「承知しました。ではケルシーとクロリンダに案内をさせましょう」


 おじさんも長の返答にニコリとして返す。


「ご配慮ありがとうございますわ。おっと、忘れるところでした。ハルムァジン殿、わたくしが御子であるかどうか関係なく、決を採ってくださいな。その結果がどうであろうと、わたくしは受けいれます」


 ぺこりと頭を下げるおじさんである。

 そうなのだ。

 おじさんはごり押しをしてまで、ラバテクスは欲しくない。

 

 確かにあれば便利だ。

 だが、なければないなりに代替品を探せばいい。

 虫の吐く糸であるという情報ももらったのだから。

 

 それだけで聖樹国に出向いた甲斐がある。

 

 加えて、父親の邪魔をする気もないのだ。

 良好であるという外交関係を、ワガママで崩すような真似はしたくない。

 

「……御子様の寛大な御言葉、しかと受け止めます」


 ハルムァジンが頭を下げた。

 では、とおじさんたちは集会所を出て行く。

 その後ろをついていく、ケルシーとクロリンダの二人であった。

 

「ちょっと、リー! 御子様ってどうい……」


 ケルシーが叫ぶ。

 が、その頭にクロリンダが拳骨を落とすのであった。

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