第344話 おじさんエルフの度肝を抜く


 代官邸での衝撃的な出会いを果たした翌日のことである。

 代官とおじさん一家は朝食を一緒に摂っていた。

 

 さすがに港町である。

 朝食には嬉しい魚介を使ったあっさり味の料理がならんでいた。

 

 特に焼き魚がでてきたときには思ってしまう。

 味噌汁にご飯があれば、と。

 

 あと、香の物。

 おじさん的には野沢菜漬けとか最高である。


 しかしそれを言っても仕方がない。

 ここは実家ではないのだ。

 

 あまり無茶はできない。

 そのくらいの自制心があるのだ。

 おじさんは。

 

「リーちゃん、今日は聖樹国にも足を運ぶのかい?」


 父親がおじさんに聞いた。


「そうしようかと思います。まずはこの後、昨日約束をした船の引き揚げからですわね」


 おじさんの答えに満足するように父親が頷いた。

 次に母親へと目線をむける。


「ヴェロニカはどうするんだい?」


「私は……そうね、リーちゃんについて行くわ。聖樹国に行くのは初めてだし」


「……頼むよ、ヴェロニカ」


 複数の意味を含ませた言葉を言う父親であった。

 そんなおじさん一家の会話を聞いていた、代官が恐る恐るといった感じで口を開く。

 

「スラン……ちょっといいかな」


「ん? どうしたんだい?」


「今、聖樹国に行くと聞こえたんだけど、聞き間違いかな?」


 ああ、と父親は得心した。

 

 それはそうだ。

 代官すれば、聖樹国に行くには船しかない。

 しかし、昨日の騒動のせいで港が一部使えなくなっているのだ。

 

 また、あのタコの魔物クラーケンは、小さな群れを作ることが経験則でわかっている。

 個体で動くのではない。

 三体から五体程度の小規模な群れで動くのだ。

 

 アレが群れからはぐれた個体の可能性もある。

 だが、すぐに船をだすのはやはり危険性が高い。


 つまり、聖樹国には行けない。

 

「ああ、うちのリーちゃんなら問題ない」


 父親が断言する。

 その理由が知りたいんだ、と思う代官だ。

 だが、間髪入れずに母親が口を開く。

 

「イッジア。リーちゃんは私よりも上よ。それで納得しなさい」


 代官にとって、これ以上はないほど説得力のある言葉だ。

 だって、母親の実力は嫌というほど知っているのだから。


 規格外。

 そんな人が自分よりも上と認めるのだ。

 もはや凡人である自分には理解すらできないだろう、と確信した代官であった。


 それに藪をつついて蛇を出すことはない。

 これ以上は深く聞かない方がいい。

 絶対に。

 

「承知しました。では、そちらはお任せしましょう」


 代官の言葉に母親が鷹揚に頷いた。

 正解だったと胸をなで下ろしつつ、代官はおじさんの方に顔をむける。


「リー様。本来ならこちらの仕事なのですが、よろしくお願いいたします」

 

 船の引き揚げについてである。

 もちろん、それはおじさんも理解していた。

 なので、ニコリと微笑んで応える。

 

「この果物、美味しいわね」


 デザートに進んだ母親が驚きの声をあげた。

 乳白色の果肉のことだ。

 おじさんの記憶で言えば、ライチに近いだろうか。

 

 パクッといってみる。

 おじさんの予想はいい意味で裏切られた。

 もちもちとした食感で甘酸っぱい。

 ちょっとしたグミみたいであった。

 

「聖樹国の果物でランタンと呼ばれているものですね」


 代官が解説をする。

 聖樹国ではありふれた果物らしい。

 

 朝食が終わり、父親と代官は連れ立って邸をでて行く。

 聖樹国の領事館へと赴くそうだ。

 

 一方のおじさんと母親は、サロンで一休みした後に港へとむかう。

 港では昨日のエルフ少女であるケルシーと、お付きのクロリンダの二人が待っていた。

 

 二人の頭の一部がこんもりと盛り上がっている。

 醜態を見せた二人へ、侍女からのお仕置きであった。

 

「ほ、本日はおひ、お日柄もよく! ええと、ちょっとなんて言えばいいのよ」


 ケルシーがクロリンダに問う。

 そこで耳打ちするクロリンダだ。


 おじさんたちには丸聞こえであったが。


「とにかく、よろしくお願いいたしますって言えば大丈夫ですよ」


 我が意を得たり、と頷くエルフの少女である。


「とにかくよろしくお願いいたします!」


 元気よく言い放つケルシーであった。

 それを残念そうに見るクロリンダである。

 

「……まぁいいでしょう」


 と、母親が手をあげて侍女をとめる。

 

「リーちゃん、時間が勿体ないわ。すぐにできる?」


“もちろんですわ”と答えて、おじさんは桟橋を進む。

 

 マストの先端が海面からにょきっとでている状態だ。

 なので場所の特定は難しくない。

 

 トコトコと歩いて近づき、おじさんは桟橋から水面を見る。

 

「これなら大丈夫ですわ!」

 

「え? ちょ? 大丈夫ってどういう……」


 おじさんの言葉にケルシーが反応した瞬間であった。

 

「えいやあ!」


 おじさんが魔法を使って、水の動きに干渉する。

 いや、支配するといった方が正しいだろう。

 

 ボコボコと音を立てて、水面からでるマストの高さが上がっていく。


「う、嘘でしょ……」


 絶句するケルシーであった。

 それも当然であろう。

 既に船が半分以上、水面からでてきている。

 

「ちょ……水の精霊たちが自ら協力している?」


 クロリンダもまた驚愕で目を見開いていた。

 

 完全に水面から船が持ち上がる。

 幾つか目立つ傷があるが、それもおじさんが錬成魔法を使って一瞬で直してしまう。

 素人の見た目には、もう航行できそうであった。


「ま、こんなものでしょう。あとは詳しい人に見てもらってくださいな」


 ニコッと微笑むおじさんである。

 だが、エルフの二人は笑えなかった。

 

 目の前で起きたとんでもない出来事が信じられなかったのだから。

 

「そうそう。お二人は聖樹国に戻らなくてはいけないのでしょう? では、これから一緒に行きますか?」


 おじさんにとっては悪意なきお誘いである。

 ただ、エルフの二人にとっては意味がわからない言葉であった。

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