第343話 おじさんエルフの少女と出会う
「どこの無礼者ですか?」
侍女がいつもよりも数トーン低い声で言う。
それに対して、返ってきたのは少女の“ひう”という小さな悲鳴のみだった。
「……答える気がないのですか。では、遠慮な……」
「ちょおっと待ったー!」
間一髪で割りこんできたのはクロリンダである。
少女の側についていたエルフの女性だ。
「すみません、すみません。うちのお嬢様がすみません! うちのお嬢様はちょおっとアレなもんで、すみません! 勘弁してくだい、殺さないでください。お願いします、お願いします! 残念な子なんです! 残念な子でほんとにすみません!」
怒濤の勢いで謝り倒すエルフ女性であった。
その勢いに負けて、侍女も手刀を引く。
「アレとか残念な子ってなによ! どういうことよ!」
先ほどまで怯えていた少女が再び叫ぶ。
応接室にいたおじさん以外が、少女のことを生暖かい目で見る。
確かにアレだ、と。
おじさんはと言えば、初めて見る生のエルフに感動していた。
笹穂のようなとんがり耳に、誰かを彷彿とさせるツルペタストーンな体型。
「そ、そんな目で見るなああああ!」
不穏な空気を感じとったエルフの少女は涙目になっていた。
「こほん。あなたはどちら様ですか?」
静まりかえった場を変えたのは、おじさんである。
「人に名前を聞くのなら、先に名のり……」
エルフの少女の言葉が止まったのは、おじさんの侍女が目に入ったからだ。
先ほど同様に手刀を構えたのである。
「わ、わたしは! ケルシーよ! ダルカインス氏族の、お、長の娘なんだから!」
「そうですか。はじめまして、ですわね。わたくしはリーと言います。アメスベルタ王国、カラセベド公爵家の長女ですわ」
と挨拶を交わすおじさんであった。
「そして、こちらがわたくしのお父様とお母様です」
そこで顔色を無くしてしまったのはクロリンダだ。
まさかそんな大物が登場するとは思っていなかったのである。
すぐさまに退室しようと動きかけたときだった。
「ふ、ふぅん。リーって言うのね!」
なぜか胸をそらせるエルフの少女である。
その後ろで、なぜ話を続けるのかと顔を真っ青にするクロリンダであった。
「ところでケルシー。話は聞かせてもらったと仰っていましたが、何のことですの?」
「そ、それよ! いいことを言ってくれたわ!」
ビシッと代官に対して指を指すケルシー。
その様子はどこか聖女に似ていた。
顔かたちというよりは、その性格がである。
「クロリンダから話は聞かせてもらったわ! わたしの船、引き揚げるのは無理ってどういうことよ!」
代官は父親と母親に対して、視線で詫びを告げる。
その後で少女には少しばかりの苦笑をしてみせた。
「ケルシー殿。あなたのだした条件では引き揚げられないと言ったのですよ」
「なんでよ! わたし、もう帰らないといけないのに! それに……」
先ほどまでの元気な姿から一転して、しょげかえるケルシーである。
「お、お嬢様。だから、明日には無理だって言ったじゃないですか。ね、船が沈んでしまったのは魔物のせいなのですから、そこはもう諦めるしかありませんって。お屋形様には一緒に怒られてあげますから、ね、ね?」
クロリンダがここぞとばかりに、少女に対して切りこんだ。
彼女の言葉に父親は少しの顔色も変えない。
ポーカーフェイスである。
船が沈没したのは、魔物のせいというよりは父親のせいだ。
正確にはあんな危険なモノを実装したおじさんのせいである。
さて、どうしたものかと父親は娘の方を見た。
うずうずとしているおじさんだ。
その姿を確認して、父親は小さく頷いた。
「よろしいですわ! わたくしにお任せくださいな!」
おじさんの言葉に苦笑を見せたのは、父親と母親である。
一方で、とまどいの声をあげたのが代官だった。
「リー様?」
「イッジア様、万事わたくしにお任せあれ。悪いようにはいたしませんわ!」
代官はおじさんの言葉を聞いて、思わず父親と母親に目線を送った。
即座に首肯が返ってきたのを確認して、自身もまた小さく頷き返す。
「承知しました。では、リー様にお任せしてもよろしいですか?」
「大船にのった気でいてくださいな!」
ニコニコと素敵な笑みで応えるおじさんであった。
「ねぇ。やけに自信満々だけど、本当に大丈夫なの? 見たところ……」
と、ケルシーはおじさんを見た。
まともに見てしまった。
自分と同じくらいの年齢でしょうと告げる気だったのだ。
だが、おじさんを見て、ゴクリとツバを飲んでしまう。
美形であると言われるエルフをもしのぐ美貌。
椅子に座っていても理解させられてしまうスタイルの良さ。
そして、なによりも――。
「ビッグバン・ボイン!」
ギリリと歯ぎしりをするケルシーである。
その目線はおじさんと母親に行ったり来たりだ。
「ばいんばいんじゃないの!」
ケルシーが指さしながら叫ぶ。
「ん? なんの話ですの?」
おじさんは意味がわからず、小首を傾げた。
「クロリンダ! 敵よ、敵がいるわ! あれこそ我ら清貧を
「いや、清貧を
むぎゅっと両腕で胸を強調するように寄せるクロリンダ。
確かに清貧ではない。
恐らくはAよりのB。
俗に言う小胸さんである。
「ぬあんですってえ! クロリンダだって寄せてるだけじゃない!」
そんな少女の訴えを彼女は鼻で笑った。
「寄せられるだけのモノはもってますう。だから清貧じゃありませえん」
腹心の言葉に少女は一瞬だが、呆けたようになる。
だが、次の瞬間に爆発した。
「きぃぃいいいい!」
と、地団駄を踏むケルシー。
どうにも緊張感のないエルフの主従であった。
そして、彼女たちは気づいていない。
おじさん付きの侍女が、指をパキパキと鳴らして臨戦態勢に入っていたのを。
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