第340話 おじさんと母親はお祭りを開いてしまう


 ハーメルンの笛吹きよろしく町の人を連れて歩くおじさん一行。

 その行く先はイトパルサの商業組合だ。

 

 既に従僕の一人が先触れに走っている。

 それを受けて、イトパルサにある主立った商会の主たちも組合本部に集まっていた。

 

 おじさんたちは観光の真っ最中である。

 

「そう言えば、お母様はイトパルサにきたことがありますの?」


「ええ。若い頃に何度かね。私たちの同級生がね、代官の息子だったのよ」


「では、その縁で?」


「そうよ。ああ、そう言えば、そのときにも魔物がでたのを覚えているわ」


 母親と娘が仲睦まじく会話をしつつ、町中を歩く。

 ただ、おじさんにとっては危険な場所にでてしまった。

 とってもいい匂いが漂っている屋台がならぶ一角だ。

 

 目指す商業組合の建物は、この一角を抜けた先にあると言う。

 だが、露店で作られるジャンクな食べ物の香りは暴力的であった。

 

 さすがに港町である。

 海鮮を焼いたものが多い。

 特におじさんの鼻を刺激したのは、魚醤を使って焼いた魚介の匂いだ。

 

 思わず、おじさんは足をとめていた。

 この香りだけで白飯が食べられそうだ、と。

 

「お母様!」


 おじさんの声の大きさに、ちょっとだけ母親は驚いてしまう。

 

「どうしたのリーちゃん」


「わたくし、あの露店で売っている物が食べたいのです!」


「たしかにいい香りをしているわね」


 ふふ、と笑みを濃くする母親である。

 こういうとき、生粋の御令嬢なら見向きもしないのだろう。

 野蛮だ、とかそういう理由で。

 

 しかし、おじさんたちはちがう。

 正確にはおじさんと母親だが。

 

「そうね、ちょうどいいかしら」


「お母様?」


 母親は侍女と従僕に言った。


「店主たちに言ってきなさい。今日の分はすべて買い上げると。そして民たちにも無料で提供させるように」


 と、母親は宝珠次元庫から小袋を幾つかとりだす。

 

「代金はこれで支払ってきてちょうだい。あなたたちも好きな物を食べなさいな」


 走り出す従僕たち。

 しばらくして、ぞろぞろとついてきた町の人たちから歓声があがった。

 

 おじさんと母親は露店街の一角を占拠して、テーブルと椅子をだす。

 テーブルの上には様々な露天の商品が、ところ狭しと載せられている。


「あら? お母様、この果物の飲み物とっても美味しいですわ」


 おじさん的にはミックスジュース的な味わいであった。

 複雑な香りと甘み、ほんのわずかな酸味がある。


「本当ね。リーちゃん、こっちのお魚を煮込んだのも美味しいわよ。これなんて言うのかしら」


 地場産の野菜と魚を煮込んだものだ。

 生臭くなく、出汁がたっぷりとでている。

 おじさんも一口、食べてみた。


「美味しいですわ!」


「酒だ! 酒もってこーい!」


 町衆の誰かが叫んだ。

 それをきっかけに露店街全体で祭りが始まったような賑わいを見せる。

 どこからかタイコを叩くような音が響く。

 それに合わせて、町衆たちが陽気に歌う。


 おじさんも魔楽器を取りだして演奏を始めてしまった。

 母親も魔楽器を演奏する。

 

 もはや商業組合に行くのを忘れているのを二人であった。

 そのくらい港町で急遽開催された祭りは楽しく、賑々しいものだったのである。


 その頃。

 代官邸の応接室で他愛のない雑談に耽っていた父親と代官である。


「ははは。ヴェロニカ様は変わってないんだね」


 朗らかに笑い合う二人。

 そこへまたドアをノックする音が響いた。

 侍女が対応する。

 

「ご歓談中、失礼いたします。ダグラス殿が至急の用件があると申しておりますが、いかがいたしましょう?」


 侍女の問いに代官が目を丸くさせた。


「ダグラスが? スラン、かまわないかな?」


「ああ。守備隊の隊長だろう? 私のことは気にせず報告を受けるといい」


 騎士の礼を取りつつ入ってきたのは、先ほど父親が港で会った男であった。

 

「公爵閣下、お話の邪魔をしてしまい申し訳ありません」


 気にするなという意味をこめて、父親は軽く手を振る。


「至急の用件だと聞いたが、なにかあったのかい?」


「……それが現在、町中を仮面の怪人物が闊歩しているという情報がありまして」


 父親は、ぶふう、と含んでいたお茶を吹きだしてしまう。

 

「……スラン? 仮面の人物くらいならそう珍しいものでもないだろうに」


「それが……いつの間にか祭りが催されていまして、露店街で大騒ぎになっておるそうです」


 ゴホゴホと咳き父親である。

 

「スラン? ……なにか知っているのかい?」


 旧友の問いに父親は腹を括った。

 どうせバレるのだから。


「すまないね。それ、ヴェロニカとうちの子だ」


 父親は懐から顔の半分が隠れるマスクを取りだす。

 いつの間にか外していたのだ。

 

「ん? そうなのかい? なんだってそんな目立つ真似を」


 と、首を傾げてしまう代官である。


「いや、このマスクには認識阻害が付与されていてね。目立たないようにするはずだったんだ」


「ますます話がわからないんだけど」


 いぶかしむ目で父親を見る代官である。


「イッジア、うちの子はとっても目立つんだよ!」


「よくわからないな。確かにヴェロニカ様は美人だけど……まぁそのことは後でいいよ。とりあえずスランの関係者ってことだね?」


 こくり、と頷く父親だ。


「ダグラス、祭りってどういうことだい?」


「ハッ。聞き取りしたところ仮面の人物が露店街の商品をすべて買い取り、町人たちにも無料で提供しているとのことです」


 アハハハと軽やかに笑う代官である。


「スラン、覚えているかい?」


「ああ、そう言えば……」


 父親は学生時代のことを思いだしていた。

 あのときも確か、ヴェロニカがきっかけを作って祭りになったのだ。

 

「本当にヴェロニカ様は変わってないんだねぇ」


 代官の言葉に嫌みはない。

 ただ感嘆していた。

 

「ダグラス、守備隊が忙しいのは承知の上で言うよ。少し警備の人をだしておいて。多少の飲酒くらいなら大目に見るよ」


 代官が笑って守備隊隊長に告げる。

 それを受けて部屋を退室する守備隊隊長であった。

 

「スラン、後で噂の娘さんを紹介してね」


「……それはいいが、まぁ心配してもムダか」


 と、諦めたような表情で再びお茶を飲む父親であった。

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