第337話 おじさん一家イトパルサを訪れる
仮面に専用の衣装を着たおじさんと両親。
そしてお付きの侍女と従僕たちに護衛の騎士数名。
全員をまとめて逆召喚で移動させる。
両親はおろか、騎士や使用人たちですら、おじさんの奇行を受けいれていた。
“お嬢様だから”という便利な言葉があるのだ。
と言うよりも、いちいち驚いていては心が持たない。
一行はイトパルサから少し離れた場所に転移していた。
そこでおじさんが宝珠次元庫から馬車を取りだす。
いつものあれである。
そして、しれっと馬車できましたよ的な雰囲気でイトパルサへとむかっていく。
イトパルサは港湾都市である。
王領では最大規模となる貿易港を擁する都市だ。
王国西部を横断するリ・エーダ川の河口にある町で、漁港としても知られている。
天気のいい日であれば、聖樹国の東端が見えるほどの距離だ。
ちなみに聖樹国との間はカルミウ海峡と呼ばれている。
おじさんの前世でもそうだったが、海というのは浮力によって重力が軽減される。
このことから陸上よりも大型の生物が多い。
それは魔物にも同じことが言えるのだ。
つまり、海を渡るというのはかなりのリスクがある。
カルミウ海峡ほどの距離であっても、事故が起きるときは起こるのだ。
「これはカラセベド公爵家の……?」
貴族専用の入口にて、馬車に刻まれた家紋を見て衛兵たちの声があがった。
騎士たちが衛兵に説明するまでもない。
ほぼ素通りできてしまうのは、公爵家の権威なのだろう。
そのまま門を抜けて、イトパルサを治める代官邸へと直行する。
馬車の荷室とは思えない広さで寛いでいた父親が声をかけた。
「ねえ、リーちゃん」
話しかけられたおじさんは窓から見えるイトパルサの景色を眺めていた。
レンガ造りの建物がならぶ、かわいらしい町並みである。
「その……マスクはつけたままじゃないとダメなのかな?」
父親だけではない。
おじさんも母親もマスクをつけたままである。
「気分ですわ、気分」
ニコニコとした表情でおじさんが答える。
イエスでもない、ノーでもない。
そんな答えに父親は苦笑をうかべるのみであった。
「ああ、そうだ。大聖堂が有名だから行ってくるといいよ」
父親がおじさんと母親に提案する。
「……大聖堂。情報だけ聞いたことはありますが……」
「そう。ここの大聖堂は歴史が古くてね」
「いいわね。私も久しぶりに行きた……」
母親の言葉を遮るように爆発音が聞こえた。
「なによ!」
邪魔をされた母親はご立腹である。
「お父様、お母様、慌てている人が多いようですが……」
窓の外を眺めていたおじさんが報告する。
と、同時に馬車がとまった。
「閣下、よろしいでしょうか?」
護衛の騎士から声がかかる。
「ああ、かまわないよ」
ドアを開けて、一礼した騎士が状況を説明する。
「どうも港の方で魔物が出現したようです」
「ほう。守備隊でどうにかなりそうかい?」
「確認したわけではありませんが、恐らくは」
そう、おじさんの行くところには事件がある。
神に愛されたからか。
今日もまた事故が起こった。
「ちょ、リーちゃん!」
父親の声を無視して、おじさんは走った。
するりと、猫のように騎士の横を抜けて馬車の外にでる。
そこで大跳躍。
建物の壁を蹴り、屋根へと登る。
騒がしい港の方を見ると、巨大な触腕が木造船に巻きついていた。
タコかイカか。
魔物にむかって魔法が飛ぶ。
だが、あまり効果がないようである。
「ふぅむ」
と、納得しておじさんは屋根から魔法を使って降りる。
馬車の外にでていた父親と母親の前に着地した。
「おっきな触腕が船に巻きついていましたわ。魔法で撃退しようとしていますが、あまり効果がないようですの」
また娘がやらかすのではと思っていた父親はホッと胸をなで下ろす。
「リーちゃん、よく我慢したわね」
母親からの言葉におじさんは首を縦に振る。
「いやですわ、お母様。さすがにわたくしも弁えます」
嘘だあ、と思ったのは侍女だけではなかった。
「お父様の出番なのです!」
「ええ!?」
大仰に驚く父親である。
「お父様の格好いいところを見てみたいですわ!」
そう言われてしまっては仕方がない。
父親もやる気になってしまう。
【赤紗!】
天空龍シリーズに早変わりである。
ただしマスクはついたまま。
「ちょっと行ってくるよ」
そう言って騎士たちを引き連れて行く父親である。
手を振って見送るおじさんの隣に母親が立つ。
「リーちゃん。なにを企んでいるの?」
「なにも……強いて言えば、シャリバーンの切れ味を見ておきたいくらいですわ」
ほおん、と訝しい目をおじさんに向ける母親である。
だが、納得したのだろう。
二人して屋根の上へと跳躍した。
しばらく見守っていると、船に巻きついていた触腕が一刀両断される。
父親だ。
ずばん、と斬ったのである。
「……お嬢様、奥様」
侍女が言う。
「大変目立っておりますが……」
それはそうだろう。
ド派手なマスクをつけた貴婦人が壁を蹴って屋根にあがったのだ。
そして、二人して港の方を見ている。
地元の人間からすれば、魔物の襲来よりもそちらの方が気になってもおかしくない。
しかも場所は門から続く目抜き通りであるのだ。
「まぁ……どうしましょう?」
急にお嬢様っぽくなってみたおじさんであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます