第336話 おじさん一家の一幕
国王たちが温泉地ではしゃいだ翌日のことである。
おじさんは朝から上機嫌であった。
朝食を食べ、いつものように家族と団らんする。
その中でも、ずっとニコニコとしていた。
いつもなら朝食を終えれば登城する父親も邸にいる。
そのことに弟妹たちは不思議さを感じてはいた。
だが、父親が居ることの嬉しさが勝ってしまったようだ。
サロンに移動したところ、妹はいつになく父親に甘える。
そして、おじさんはと言えば、未だ見ぬ町へと行ける興奮を隠しきれていなかった。
「スラン、私も一緒に行くわ」
サロンでお茶を飲みつつ、母親が父親に提案する。
「かーさま。おでかけするの?」
妹が母親に聞く。
「そうね。ちょっとお出かけしてくるわ」
「そにあもいく」
妹の言葉をやんわりと断る母親であった。
「ええ-!」
頬を膨らませる妹をなだめつつ、父親が言う。
「ヴェロニカ、準備はいいのかい?」
「ええ。だいたい済ませてあるわ。私もイトパルサで買いたいものがあるのよ」
「うん、わかった。こっちは聖樹国との会談があるから、買い物には付き合えないけどいいかい?」
「リーちゃんとぶらぶらと町歩き……って大丈夫かしら?」
母親はニコニコとしているおじさんを見た。
我が子ながら、とんでもない美少女である。
そんなおじさんが町歩きできるかしらん?
自分のことを棚に上げてはいるが、母親も大概な美魔女である。
「心配ならマスクでもつければいいんじゃないかな」
「そうね……その方が目立たないかしら」
町中でマスクを着けた貴婦人が歩く。
そちらの方こそ目立ちそうなものである。
だが、両親ともにマスクの方が目立たないと考えた。
認識阻害の魔法を付与しているというのが大きな理由である。
ただ、怪しい一団になることは間違いない。
「リーもそれでいいかい?」
父親の問いにおじさんは頷く。
そして、勢い余って宝珠次元庫から大量生産したマスクを取りだした。
ドミノマスクを初め、多様なマスクがでてくる。
「わたくしはこれでいきますわ!」
おじさんが手にとったのは、もちろんお気に入りのペストマスクである。
「却下!」
「なぜ!?」
母親の即断におじさんは、目を丸くしてしまった。
絶対にこれだと思ったのに。
渋々だがマスクを手放すおじさんである。
それをアミラが受けとって遊び始めた。
「ほら、見てごらんなさい。あんなの着けてたら町中が混乱するわ」
“ふはははは!”と笑いながら、ペストマスクをつけたアミラがポーズをとっている。
「ぐぬぬ……ならば、お母様のおすすめを教えてくださいな」
「そうね……」
と言いつつ、母親はドミノマスクを手に取る。
コロンビーヌのマスクと比べる。
コロンビーヌのマスクは、ドミノマスクよりも少し面積が大きい。
顔の三分の二ほどを覆うものである。
口元が出ているので、怪人物とまではならない。
「……このマスクがいいわね」
結果的に母親が選んだのはコロンビーヌのマスクであった。
母娘でお揃いのものを着ける予定だ。
「では、認識阻害を付与してしまいますわ」
さらっと錬成魔法を発動させて付与してしまうおじさんだ。
銀をベースにした無表情なマスクである。
目の周辺や額には宝石をあしらった装飾がつけてあるのだが、色ちがいになっているのだ。
おじさんは蒼の宝石をベースにした物、母親は朱の宝石をベースにしたものを選ぶ。
「では、お父様の分ですわね!」
つい、おじさんは悪乗りしてしまう。
「ええ! いらないよ!」
即座に否定する父親だ。
なぜなら面白マスクもたくさんあったからである。
「わがなは、ぱぴよんますく!」
そう。
妹がつけている蝶々をかたどったものがそうだ。
ピンクの装飾がほどこされたマスクをつけて、実に楽しそうにしている。
弟も道化師のマスクをつけて遊んでいた。
まるで最後の幻想にでてくる道化師役のキャラクターのようだ。
「でたな! かいじんくろいますく!」
弟妹たちの微笑ましいやりとりを見るおじさんである。
「と、いうことで準備も整ったし行こうか!」
話をうやむやにしたい父親が立ち上がった。
その父親の腕を引っぱったのは妹である。
「とーさまも!」
ぱぴよんますくに言い寄られてしまっては、父親も苦笑せざるを得ない。
「スラン、これなんかいいんじゃない?」
母親が差しだしたのは、顔の右半分が隠れるようになったマスクだ。
黒をベースにして金色の装飾が施されている。
……仕方ない。
諦めて父親もマスクをつける。
「でたな、はんぶんますく!」
妹の言葉に皆が笑うのであった。
「マスクだけでは片手落ちというものですわね! ちょっと動かないでくださいまし!」
はいやーとおじさんは錬成魔法を発動する。
マスクをつけていた全員の服が一瞬にして変わってしまう。
アミラは黒マント姿。
妹はちょっとヒーローっぽい姿。
弟は道化師のように。
おじさんと母親は、いつもより豪奢なドレス姿である。
さらに羽や花、貴金属で装飾されたトリコーン帽に羽根扇子。
父親も黒をベースとした貴族男性の衣装に変わってしまう。
「これで準備は整いましたわね!」
自分たちの衣装が変わったことに弟妹たちは大喜びであった。
「さぁ出発しましょうか!」
勢いよく言うおじさんである。
既にバベルは先行してイトパルサに移動してもらっている。
そのためいつでも逆召喚で移動できるのだ。
「んん。いいわね、この意匠」
母親はサロンにある姿見で自分の格好を確認していた。
「さぁ、お父様も!」
こうしておじさんと両親でイトパルサを訪問することになったのである。
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