第334話 おじさん王城にてちょびっとやらかす
「お父様、失礼しますわ!」
おじさんは王城にある父親の執務室に入っていく。
どら焼きを食べてから登城したのである。
もちろん先触れはだしてある。
「ああ、待ってたよ、リー」
父親は唐突な娘の訪問に喜びを隠せなかった。
正直に言えば、娘が登城すると聞かされたとき何か大事でもあったのかと思ったのだ。
しかし、なんだかんだ言ってもかわいい娘である。
それが自分の職場にくるとなれば嬉しいものなのだ。
父親の言葉に、やわらかい笑みを浮かべるおじさんであった。
勧められるままにソファへと腰掛ける。
「お父様にお聞きしたいことがあったので罷り越しました」
“ほう”と父親は執務をとる机から立ち上がり、娘の対面の席に座った。
「でも、その前にひと息入れませんか? お父様もお疲れでしょう」
おじさんの優しい言葉にうるっとくる父親であった。
そんな父親の様子を見つつ、おじさんはどら焼きを差し入れする。
ついでにアイスココアも用意してしまう。
「さぁ召し上がれ」
ニコッと笑顔を見せるおじさんである。
「見たことがない食べ物だね。リーが作ったのかい?」
「ええ。どら焼きと言いますの」
「……どら焼き」
父親が手にしたのはカスタードクリームをはさんだものだ。
「じゃーんじゃーんと鳴らす銅鑼の色と似ているでしょう?」
「なるほど」
はむり、と一口で半分ほど食べる父親である。
濃厚な甘みとねっとりとした食感が広がった。
「ああ……これは美味しいね」
二つ、三つと思わず手が伸びる父親だ。
「こちらもどうぞ」
アイスココアも勧めてみるおじさんだ。
いつになく甲斐甲斐しく世話を焼く。
そんな娘の様子を訝しく思えるほどには、父親にも余裕があった。
おじさんから勧められたアイスココアを口にする。
美味しい。
見た目ほど甘くはない。
濃厚なチョコレートの豊かな香りがする。
「で? リーはどんな頼み事をしにきたんだい?」
人心地ついた父親はおじさんに優しく問いかけた。
「実は……」
おじさんは切りだす。
新しい服の素材を作り、運動用の服も用意したことを。
その服に合わせた運動用の靴も作りたい、と。
ただその靴を作るのには素材が不足している。
その素材はどうやら聖樹国にありそうだということ。
余すことなく告げた。
もちろん宝珠次元庫から実物を取りだしながら。
父親用のカットソーとジャージである。
ちなみに試作品であるコンバットブーツ風のスニーカーも父親に見せた。
「ああ……うん……ちょっと待って。頭の中……いや心の整理をするから」
「まったくお父様ったら嫌ですわ。それじゃあまるで厄介ごとではありませんか?」
おほほほ、とお嬢様の笑いを見せるおじさんであった。
父親は娘の笑い声に顔が思わず引き攣らせてしまう。
「うん。まぁあれだ。ヴェロニカや義父上、義母上がその辺はなんとかしてくれるだろう」
父親も既に丸投げの態勢であった。
「聖樹国か……うん、特に問題はないよ。外交もウマくいってるしね。ええと、ラバテクスだっけ? その素材については聞いたことがないな。今日中に問い合わせをしてみるよ」
「本当ですか!」
ぱあっと花が咲くような笑みになるおじさんだ。
そんな娘の期待に応えたくなるのが父親というものである。
「ああ、任せておきなさい」
父親が断言する。
その言葉を受けて、おじさんはふとした疑問を抱いた。
「お父様、少しお聞きしてもいいですか?」
“なにかな”と父親が目で促す。
「わたくし、エルフの方々を王都でお見かけしたことはありませんわ。外交関係があると言うことは、どこかに領事館かなにかがあるのですよね?」
「うん。聖樹国の人たちはね、王都の喧騒が苦手でね。確か二百年ほど前にイトパルサの郊外に移ったんだよ」
イトパルサは王領最大の貿易港である。
王領では最も西の地域をまとめる中心都市だ。
その郊外に領事館があると言う。
「イトパルサですか。んーお手紙をだすとしても往復でかなりの時間がかかりますわね」
「そうだね、飛空便を使っても片道で七日くらいはかかるかな」
「では、かなり……」
おじさんが話そうとしたところで、耳飾りが音を立てた。
風の大精霊であるヴァーユがくれたものだ。
『リーちゃん、聞こえる?』
「はい、大丈夫ですわ」
返答しながら、父親に対して耳飾りを指すおじさんだ。
そのジェスチャーを見て、父親は精霊からのものだと察する。
『よかった。下級精霊たちがね、リーちゃんが私のことを話してたって報告してくれたのよ。それでなにか用があるのかなって』
「実は……」
おじさんは風の大精霊にも説明をする。
『そういうこと。なら、私から巫女ちゃんに言っといてあげるわ。いつでも聖樹国に行ってもいいわよ』
「本当ですか! 助かりますわ!」
『いいのよ。リーちゃんには聖域のことでお世話になっているしね』
「こちらこそですわ!」
『そうね。その耳飾りをしていれば聖樹国で無碍に扱われることはないから。がんばりなさいな』
「ありがとうございますわ!」
通信を終えたおじさんは父親に向き直る。
「お父様、風の大精霊が許可をだしておいてくれるそうですわ」
風の大精霊。
かの聖樹国では神と同様の信仰を集めている存在である。
もちろん父親もそのことは知っていた。
「そ、そうなんだ。スゴいね、リーちゃん」
若干だが嫌な予感が漂っている父親である。
「ところで、リーは自分で聖樹国に行こうとしているのかな?」
「もちろんですわ!」
「……そうか。じゃあ私と一緒に行こう」
「え? お父様とですか?」
「イヤかい?」
父親の問いにぶんぶんと首を横に振るおじさんである。
「お父様とお出かけするのは初めてですもの! 楽しみですわ!」
そんな風に言われると、父親としては嬉しくなってしまう。
同時に一緒に出かけたことなんてなかったか、と反省するのであった。
「そうと決まれば、陛下に許可をもらいに行こう。聖樹国とは近々会談の予定もあったしちょうどいい」
「そうですわね!」
親子で席を立ち、国王の執務室へとむかう。
「おや? リーではありませんか?」
国王の執務室には宰相がいた。
「宰相閣下。お怪我がなくて何よりですわ」
「いえ魔力切れでアドロスには迷惑をかけてしまいました。それより復興資金の提供、助かりましたよ」
「困ったときはお互い様ですわ」
おじさんと宰相が談笑を続ける。
その間に父親は国王に用件を告げていた。
「なにぃ! 聖樹国へ行くだと!」
「ええ。近々会談の予定もありましたし、ちょうどいい機会ですから。娘と一緒に聖樹国まで」
「ぐぬぬぬ……ズルい! ズルいぞ!」
国王はこのところ書類仕事続きでストレスをためていたのだ。
そこへ来て、弟は娘とお出かけである。
むろん仕事でもあるのだが、羨望の心が抑えきれなかったのだ。
「ズルいと言われましても」
もちろん父親は苦笑せざるを得ない。
だって外務卿なのだから。
「はいはい。仕方ありませんわね!」
そこでおじさんの出番である。
「そうですわね、陛下と宰相閣下、それと軍務卿に学園長あたりで手を打ちますか?」
おじさんは父親を見た。
父親は娘の言葉に頷く。
その心意を汲みとったからだ。
「バベル、温泉地へ行ってくれませんか?」
おじさんは中空にむかって話しかけた。
『承知』
その返答を聞いて、おじさんは動く。
国王の執務室には幾つかの小部屋がある。
その内のひとつに入り、おじさんは転移陣を刻んでしまう。
そして温泉地へと飛んで、対となる転移陣を刻む。
ものの数分で温泉地へのルートができあがったのである。
「陛下、宰相閣下。こちらの転移陣を使えば、当家自慢の温泉地へとあっという間ですわ」
「……お、おう」
国王はつい言葉を失ってしまうのであった。
ここまで力尽くで解決されるとは思ってもみなかったのである。
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