第333話 おじさんどら焼きを作る


『クッ……なんとも卑怯な手を!』


「むふふ。まぁ意地悪はしませんわ」


 と、おじさんは魔力の供給を元に戻す。

 それを受けて、トリスメギストスが少し真面目な口調で話しを切りだした。


『主よ、聖樹国のことなら風の大精霊に話を聞くといい』


「ヴァーユお姉さまに?」


『ああ。伝わっておらんのか? エルフは風の精霊との親和性が高くてな。神とともに大精霊も信仰しておるのだ』


「なるほど。ではヴァーユお姉さまを訪ねてみるのもいいですわね!」


『うむ。その方が話が進むかもしれん』


「でもその前に休憩ですわ! お母様からのリクエストもありましたしお菓子を作りましょう」


「お菓子!」


 つい反応してしまう侍女である。

 おじさんの作る料理は絶品だ。

 しかし侍女は特に甘い物が好きである。

 

 先日のカルメ焼きにもドはまりしてしまっていたのだ。

 さらに新しい甘味なのだ。

 ここは期待しかない。

 

「ふ、ふわふわパンケーキというやつですか!」


 いつになく食いつく侍女であった。

 

「いえ、ふわふわパンケーキに近いですが、今回はどら焼きを作ります!」


 高らかに宣言するおじさんであった。

 

 厨房に入ったおじさんは、必要な調味料を用意していく。

 なければ作る。

 小麦にみりんに、蜂蜜にタマゴ。

 忘れてはいけないのが重曹だ。

 

 本当なら、小豆が欲しい。

 あんこを作りたいのだ。

 大豆があるのだから、ずんだ餡なら作れる。

 

 ただ、ずんだ餡には馴染みがないのだ。

 なので何が正解かわからない。

 

 だが、おじさんがあんこを作らなかったのは正解かもしれない。

 なぜなら粒あん派とこしあん派という不毛の戦争が起こらずにすむのだから。

 

 小豆は確か東アジアが原産だったと記憶している。

 おじさん的にはこの世界にもあってもおかしくはないと思うのだが、まだ見かけていない。

 ならば、あんこに頼らずにいこうと考えたのだ。

 

 幸いどら焼きならば、色々と試すことができる。

 カスタードクリームは定番だ。

 チョコレートソースも作れるし、ホイップクリームに果物もいいだろう。

 他には抹茶クリームという手もある。

 

 そこで、おじさんはハタと気づいてしまう。

 チョコレートがあるのなら、ココアもあるはずだと。


 なぜ今まで気づかなかったのだろう。

 侍女に言って、料理長にも確認をとってもらう。

 

 チョコレートとココアは同じ原料からできる。

 どちらもカカオ豆だ。

 このカカオ豆を砕いて、炒ったものがカカオマスになる。

 

 カカオマスに含まれるのがココアバターだ。

 ココアバターを一定量取りだして、カカオマスに砂糖やミルクとともに加えたのがチョコレートになる。

 取りだされた方のカカオマスがココアである。

 

「お嬢様、こちらでよろしいのでしょうか?」


 侍女が持ってきたのは紛れもなくココアであった。

 おじさんはサムズアップをして応える。

 

 まだ暑気の残る季節だ。

 さすがにホットで飲むのは辛い。

 だが、アイスで飲めばいいのだ。

 上にホイップクリームをのせて。

 

 おじさん、実は某コーヒーチェーンのアイスココアが大好きだったのだ。

 月に一度のご褒美にするくらいに。

 

 手早く材料を揃え、ポンポンと生地を焼き上げていく。

 その手際は見事なものであった。

 厨房に甘く、香ばしいかおりが充満する。


 おじさんは後ろで見守っている料理長にポイントを伝えながら作っていく。

 ちなみに素材は十分な量がある。

 

 最初の一皿を作り上げてしまうと、おじさんは料理長に言う。

 

「次からはお願いしてもいいですか?」


「もちろんです! お嬢様!」


「こちらは味見用のものですから、ご自由に」


 余分に作った分を料理長に差しだす。


「では、お願いしますね」


 そう言って、おじさんは厨房を後にした。

 

 サロンに戻る。

 母親と祖父母に弟妹たちが居た。

 

「あら? リーちゃん。靴はできたの?」


 母親がおじさんに声をかける。


「いえ、素材の問題が解決しませんでしたわ。ただし目処はつきましたの」


 と、言いつつも歯切れの悪さを見せるおじさんであった。


「ほおん。なにか言いたいことがありそうね」


「聖樹国の素材がどうにも使えそうなのですわ。ですのでお父様にもお願いしようかと思っていますの」


「聖樹国ね……いいんじゃない? たぶんスランならなんとかしてくれるわよ」


 こくりと頷くおじさんであった。

 席についたタイミングで、侍女がワゴンを押して部屋に入ってくる。


「いい香りがするわ」


 母親はおじさんを見る。

 

「ふわふわパンケーキではありませんが、ちょっとしたお菓子を作ってみましたの」


 おじさんの言葉に声をあげたのは弟妹たちだった。

 弟妹たちと遊んでいた祖父母もおじさんを見る。

 

 なんだかんだ言っても、美味しいものは正義だ。

 王都の復興も含め、やらなければいけないことは多い。

 そんな中でも美味しい物を食べれば元気がでる。

 

「このカスタードってやつは濃厚でいいねえ」


 祖母が顔をとろけさせている。

 

「ワシはこの抹茶の苦みが気に入ったぞ」


 祖父は豪快に手づかみでパクリと食べてしまう。

 お子様組は無言だ。

 時折、喉に詰まらせそうになってアイスココアを飲む。

 

 そのココアの美味しさにも目を見開いていた。

 

「うん。どれも美味しい。飲み物も最高だし! リーちゃん、いい仕事をしたわね!」


「王城へお土産として持参してもいいですか?」


 おじさんの問いに親指を立てる母親であった。

 

「リーや、王城へ行くのか?」


「ええ、ちょっと急ぎの案件でお父様にお話ししたいことがありますの」


 おじさんは新しい素材が欲しい旨を説明した。

 

「なるほどのう……聖樹国か。どうせ学園もしばらくは休校になりそうじゃしな。色々と試してみるといい」


 祖父の言葉を祖母が引き継ぐ。

 

「それとあの新しい素材だけどね、かなり使い勝手がいい。うちで量産できるかい?」


“もちろんですわ”とおじさんは宝珠次元庫から書類にまとめた術式を渡す。

 トリスメギストスが渡したものだ。

 

「詳しくは書類にありますが……途中で生成される苛性ソーダの取り扱いには注意をしなくてはいけませんわ。そのくらいでしょうか」


「わかった。そこは徹底しておくよ」


 さて、ご相伴に預かろうとしたおじさんである。

 しかし皿の上にはひとつも残っていなかった。

 

 だが、追加で焼かれたどら焼きが到着する。

 料理長がアレンジをきかせて、フルーツが多めだ。

 

 皆が目を輝かせて食べる。

 ついでに言うと、侍女まで口をもぐもぐさせていた。

 恐らく厨房でひとつもらってきたのであろう。

 

「ズルいですわ! わたくしも食べます!」


 おじさんも我慢ができなかったのである。

 直後、明るい笑い声が響いたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る