第332話 おじさんちょっぴり反省する


『な、なにをするだー!』


 送還したトリスメギストスが、勝手に出てくる。

 

「ちょっとした冗談ですわよ!」


 とは言え、切り口上になるおじさんであった。

 そこからご立腹なのが見えてくる。

 

『まったく! 主は近頃、我の扱いがぞんざいではないか?』


「トリちゃんが真面目にしないからですわ!」


『我はいつだって真面目だ!』


「ぬわんですってえ!」


 おじさんとトリスメギストスがギャアギャアと騒ぐ。

 その姿を見て、侍女は少しだけ羨ましく思うのだ。

 

 だって、こんなに感情をむきだしにするおじさんは珍しいから。

 そもそも侍女にだって、心を開いてくれるまでは時間がかかった。

 

 どこかで一線を引いて、それ以上は踏みこまない。

 そして踏みこませない。

 

 幼いおじさんにはそういうところがあった。

 

 無論、それはおじさんの前世からの習慣である。

 他人と深く関わることを避けてきたのだから。

 

 そんなおじさんが少しずつ変わっていった今である。

 トリスメギストスという使い魔。

 

 まだほんの数ヶ月の付き合いでしかないのだ。

 しかし、おじさんの本音を引き出しているように見える。

 

 それが侍女には羨ましい。

 悔しくも思うし、嬉しくも思う。

 幼い頃からおじさんを見守ってきただけに、寂しくも感じる。

 

 だが、決して悪い方に変わっているわけではない。

 だから微笑ましく見守って……。

 

 おじさんが魔力を放出する。

 バチチチと火花が散るような魔力だ。

 

「やりますの?」


『やってやろうではないか!』


 売り言葉に買い言葉。

 お互いがヒートアップしている。

 

 ……仕方ない。

 侍女はひとつ息を吐いて、手を叩く。

 

「はいはい。そこまでですわよ!」


 その言葉にハッとするおじさんである。


「トリちゃんが悪いのです!」


 顔を赤くさせながら、おじさんが使い魔を指さす。


『なにぃ!? そこは主も同罪であろう!』


「お嬢様……ごめんなさいは?」


「うう……」


 もじもじとするおじさんが愛しくてたまらない侍女である。

 

「ごめんなさい。わたくしが言い過ぎました」


 スカートの裾を掴みながら、おじさんが伏し目がちに言う。


『うむ。我も悪かった。主よ、申し訳ない』


「はい。これで仲直りです! いいですね?」


 侍女の言葉に双方が納得した。

 ついでにおじさんをぎゅっと抱きしめる侍女である。

 

「えらいですわ、お嬢様」


 なんだか、とても気恥ずかしいおじさんであった。


 ひとまずティーブレイクをとる。

 お互いに落ちつきましょうということである。

 

 本日はサロンではなく、おじさんの私室に移動した。

 邪魔が入らないようにだ。

 

 おじさんの細い指がチーズたっぷりのピザをつまむ。

 ジンジャエールで口の中をさっぱりさせて、おじさんは言った。

 

「最も現実的なのはゴムだと思いますの」


『……ゴム。我の知識の中にはない。どんな特性を持っているのだ』


「そうですわね……樹液を固めた物の総称とでも言いますか。耐熱・耐寒・電気の絶縁性に優れたもので、様々な用途に使えるのですわ。もとが樹液なのでねばーっとしているのですが、固形にすると伸びたり縮んだり……まぁ色々ですわね」


『樹液か……ううむ……後期魔導帝国時代の地方特産品をまとめた書籍に、スポポン蛙の糞が同じような特性を持つとあるがな』

 

 ゆっくりとジンジャエールを含むおじさんだ。

 

「どの程度の量が採れるのですか?」


『スポポン蛙は体長十センチほどであるな。なので少量だろうな』


「人の手で大量に繁殖させることはできますか?」


『できるだろうが、あまりおすすめはせん。スポポン蛙はかなり強力な毒を持っておるそうでな、その危険性から古代魔導帝国時代には、見つけたら即時の討伐が推奨されていたのだ。現在でも生き残っておるようだが、かなり数は少ないだろうな』


「さすがにそれは難しいですわね」


 もう一枚。

 ピザを食べる。

 

「……お嬢様」


 そこで侍女が声をかけた。

 

「どうかしましたか?」


「いえ、ふと思いだしたのです。冒険者をしていたときに聞いたのですが、聖樹国には不思議な樹液をだす木がある、と」


 聖樹国は、エルフの住まう国のことだ。


『んん……聖樹国か。それは盲点だったな。ちと待てよ……んん? ああ! これか、ラバテクス! これは主の言う特性に近いのではないか?』


「……聖樹国ですか」


 おじさんたちが住むアメスベルタ王国は島国である。

 大雑把に言えば、イギリスのような三角形に近い形をしているのだ。

 そして、イギリスとアイルランド的な位置にあるのが聖樹国になる。

 

 いわばお隣さんなのだ。

 それなりに交易も行われているし、外交関係も悪くない。

 

 正直に言えば、今すぐにでも聖樹国には行ってみたいおじさんだ。

 と言うか、すぐにでも行ける。


 だが、さすがに他国なのだ。

 いつもどおりに振る舞ってしまうのはよろしくない。


「ひとまずはお父様に相談してみましょう。うまく行けばラバテクスが手に入るかもしれません」


『ほう。バベルに行かせると思ったが……自重したようであるな』


 からかいの言葉をかけるトリスメギストスだ。

 

「ふん! トリちゃんが意地悪なのはわかっています。そんな安い挑発にはのりませんわ!」


“かかか”と大笑するトリスメギストスである。


『むぅ……主よ!』


「なんですの?」


『しれっと我に送る魔力を絞ったであろう!』


「トリちゃんにはこれが効くかと思いましたのよ」


“おほほほほほ”と高笑いをするおじさんなのであった。

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