第331話 おじさんスニーカー開発に頭を悩ませる


「リーちゃん!」


 母親の声で我に返るおじさんである。

 家族のジャージにサンダルという姿を見て、遠い記憶を振り返っていたのだ。

 

「これとっても動きやすくていいわね!」


 母親は上機嫌である。

 見れば、弟妹たちもニコニコとしている。


 アミラはファスナーの構造が面白いのか。

 何回も上げ下げしては頷いていた。

 

「ねーさま、みてみて」


 妹が近づいてきて、むふんと胸を張る。

 その胸にはクリソベリルを意匠化した猫の刺繍が入っていた。

 

「くーちゃん!」


“うししし”と笑う妹である。


「メルテジオはどうですか?」


 おじさんは弟にも話をむける。

 弟も顔がほころんでいるから嬉しいのだろう。

 

「ありがとう、姉さま!」


 満面の笑みを見せる弟の頭をなでるおじさんであった。

 そんなおじさんを見て、アミラが頭をさしだしてくる。


「ん!」


 アミラの頭をなでながら、おじさんはアミラにも聞いてみた。

 

「とってもいい! 姉さま天才!」


 シュシュとパンチを打つ真似をするアミラであった。

 

 動きやすい高級な服という新しいコンセプトの服。

 それは大当たりだったようだ。


「それとお母様には相談がありますの」


 おじさんはトリアセテートで作ったジャージも見せる。

 

「ん? これは……」


 実際に触ってみるが、手触りもいい。

 光沢も魔物素材と近いものがある。

 触ってヒヤッとするのが、大きな違いだろうか。


「今お母様たちに着ていただいた服はシーロ糸を素材に使ったものです。そして、こちらの服は同じように見えますが、木材と薬品を素材として錬成した新しい生地ですわ」


 母親の目が真剣なものに変わる。


「……なるほど。魔物素材と比べて随分と安価にできるのね?」


 その問いにおじさんは首を縦に振った。

 

「平民にも行き渡るようにと考えてみたのですがどうでしょう?」


「……そうね。うん、いいんじゃないかしら」


 母親にしては歯切れが悪い。

 なにかしら思うところがあるのだろうか。


「ねぇリーちゃん、他にはなにも作ってないの?」


「昨日の夕食にでた料理の要になる物と、あとはマスクくらいでしょうか?」


 母親はひとつ息を吐いた。

 

「リーちゃん、説明を」


 そしておじさんは重曹とマスクについて詳しく話すのだった。

 マスクについては母親も大喜びだ。

 

 もう少し状況が落ちついたら、仮面舞踏会でも開きましょうと話がまとまった。

 おじさんの作った羽や宝石で飾られたトリコーン帽にも大満足した様子である。

 

 重曹については母親よりも侍女たちに喜ばれた。

 料理や掃除に使うことができる、とおじさんが説明したからである。

 特に血の汚れを落とせるというのに歓喜の声をあげる者が多かった。

 

「ほおん。リーちゃん! ふっくらパンケーキというのが気になるわ!」


 母親の言葉におじさんは思わず苦笑してしまう。


「既に料理長にはレシピを渡しておりますわ」


 ハイタッチをする母親と娘であった。

 

「新しい服については任せておきなさいな。リーちゃんは王家に献上する物を用意しておいてちょうだい。そうね、刺繍は王家の紋章でいいわ」


「畏まりました。あ、お母様。あとこの新しい服にあわせた靴も作ってしまいますわね!」


「え? うん? じゃあそれも合わせて王家に報告しましょうか」


 にっこりする母親である。

 おじさんは意気揚々と踵を返した。


 側付きの侍女を伴い、連日で地下の実験室にこもるおじさんである。

 今回の目的はスニーカーの作成だ。

 

 スニーカー。

 大きくはアッパーとソールの二つの部分にわけられる。

 

 アッパーは靴の上の部分、ソールは下の部分だ。

 スニーカーを作る上で、問題となるのは素材である。

 いかにおじさんの錬成魔法がチートだと言っても、無から有は作り出せない。

 

 アッパー部分については皮革や、帆布などを使えばいい。

 問題はソールの部分だ。

 ソールには主にEVA、ウレタン、ゴムなどが使われている。

 

 だが、おじさんに作れない素材だ。

 天然ゴムならなんとかなるかもしれないが、ゴムの木がないのである。

 

 むろん何かしらの素材を使って錬成することも視野に入れているのだが、今のところ目処はたっていないのだ。

 

 ちなみに現在の王国で主流になっている靴のソールには皮革が使われている。

 固くなめしたトカゲ系の魔物の皮革だ。

 

 ただ、おじさん的に皮革のソールと言えば、紳士用の靴に使われるイメージである。

 あまり馴染まないと思うのだ。

 

 高級路線のスニーカーであれば問題ない。

 だが、ここで使いたいのはカジュアル系のスニーカーである。

 ジャージに合わせるのだから。

 

「んにゅにゅにゅ……」


 おじさんは頭を悩ませていた。

 だが、悩んでいたところで解決方法がでてくるわけではない。

 そこで一度作ってみることにしたのだ。

 

「えいや!」


 とかわいらしいかけ声で錬成魔法を使う。

 できあがったのはコンバットブーツをスニーカーにした、みたいなものだ。

 もちろんソールの部分はゴムではない。

 

 ううん、とおじさんは首を捻る。

 これはこれでいいものなのだろう。

 

 実際に履いてみるが、しっくりとくる。

 中敷きの部分に採用したスライムの素材がちょうどいい感じなのだ。

 

 だからと言って、ジャージには合わせにくいとも思う。

 

「……これは男性向けですわね」


 おじさんの言葉に侍女もうなずく。

 履きやすく、運動しやすいように思うのだが、どうにも無骨だ。

 

「……お嬢様、トリスメギストス殿を喚んでみては?」


「そうですわね。そうしましょうか」

 

『……で、我を喚んだわけか』


 おじさんは細大漏らさず、智の権化たる使い魔に悩んでいるこを相談したのだ。


「どうですか、なにか解決策はありますか?」


 おじさんの問いにトリスメギストスは暫しの間、沈黙をもって応えた。

 

『うん、我にもわからん!』


 おじさんは無言で使い魔を送還するのであった。

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