第330話 おじさん作ったジャージを見て失態に気づく
町中華の黄金メニューを堪能した翌日のことである。
厨房からは鶏ガラ出汁の香りが漂っていた。
料理長は新しいメニューを開発しようと躍起になっている。
その成果なのだろう。
おじさんはと言うと、中華粥を楽しんでいた。
昨夜のうちから用意しておいたのだ。
中華粥の特徴はスープを楽しむことにある。
そのためおじさんは鶏と香味野菜をじっくりと煮込んだスープを作ったのだ。
そこに炒めた生米を入れて、じっくりと炊く。
トッピングは中華揚げパンとギョウザの皮を細切りにして揚げたもの。
ちなみに中華揚げパンを作るときにも重曹は活躍している。
本当はザーサイが欲しいところだが、今回は仕方ない。
この中華粥。
お子様組よりも大人組の方が気に入っていた。
滋味深い味わいと優しい味。
そして、つるりと入っていく感じ。
トッピングをつければ食感も楽しめる。
ちなみにお子様組には、おじさんの指示で砂糖をたっぷりとまぶした揚げパンが振る舞われた。
油と砂糖というとんでもなくハードな食べ物だ。
ただ、美味いのだ。
暴力的な美味さなのである。
特に揚げたてのものは、噛めばサクッとした食感とともに油がじゅわっと口を満たす。
そこに砂糖の暴力的な甘さが口の中を蹂躙するのだ。
マズいわけがない。
だが、朝から大人組が食べるのはキツかろうというのがおじさんの配慮である。
そのためお子様組にだけ用意したのだ。
それでも食後に一切れ、二切れ食べる分には良かったらしい。
朝から大満足といった顔で父親は王城へと出仕して行った。
これで最後といいながら、まだ砂糖をまぶした揚げパンをフォークに刺す母親である。
そんな母親を見て、おじさんは無慈悲な事実を告げた。
「お母様、言い忘れていましたけど……太りますわよ」
「……」
おじさんの言葉に衝撃を受けたのだろう。
母親が揚げパンを食べようとした姿勢で固まってしまった。
「油と砂糖ですもの。食べ過ぎはよくありませんのよ」
「た、たまになら大丈夫よね?」
母親の言葉に頷くおじさんであった。
その言葉に安心したのか、フォークで刺した揚げパンを口へ運ぶ母親だ。
そして、自分の皿に残った三分の一ほどの揚げパンを見て口を開いた。
「明日は……我慢するわ!」
と、再び手を伸ばすのであった。
「ねーさまー、おなかくるしい」
見れば、弟妹たちはぽっこりと膨らませたイカっ腹を天上にむけて、ソファーで横になっている。
やれやれと苦笑しつつ、おじさんはお手製の消化剤を飲ませてやるのだった。
朝食の一騒動を終えたおじさんは、自室に戻ってシンシャたちを使って魔楽器の演奏に勤しんでいた。
以前、お茶会をした時にパトリーシア嬢から渡されたものである。
よくもこんなにというほどの楽曲数であった。
その譜面をペラペラと捲りながら、おじさんは次々と演奏していく。
同じ部屋にいる侍女が、うっとりとした表情でおじさんを見つめる。
ただ身体はリズムをとるように揺れていた。
この国では珍しいボーカルの入った曲まである。
色んな楽器を演奏して、シンシャたちにも覚えさせていく。
シンシャたちもこの作業が好きなようだ。
ポヨポヨと縦に横へと身体を伸ばし、おじさんの奏でる音にのっている。
そこへコンコンとドアがノックされた。
侍女が思わず、小さく舌打ちをしたのを見逃さないおじさんであった。
「どうかしましたか?」
それでも笑顔で対応する侍女である。
「昨日お嬢様に頼まれていた繕いものができあがりましたのでお届けに」
そう。
おじさん、実はジャージを作ったものの、装飾を入れた方がいいと言われていたのだ。
その刺繍を裁縫が得意な侍女たちに頼んでいたのである。
「あら? もうできあがりましたの?」
「楽しくって徹夜で仕上げました!」
いい笑顔を見せる侍女ではあるが、明らかに疲労の色が見える。
特に目の下のクマがえげつない。
「それはご苦労様です。とってもありがたいですわ」
おじさんもニッコリと微笑む。
そして、宝珠次元庫から疲労を回復させるお薬を取りだす。
以前、国王に作ったときに予備を複数作っておいたのだ。
「確か五人ほどいましたわね。こちらをお飲みなさいな。疲れがとれます。ですが、今日の仕事を終えたらしっかり休むのですよ。あなたたちの気持ちは嬉しいですが、無茶をしてもいけませんわ。いいですわね?」
おじさんが侍女の手を握り、真っ直ぐに目を見て話す。
ブラックな労働は許さないのだ。
「は、はいい。あ、ありがきゃくいささきますぅぅ」
侍女は噛み噛みであった。
おじさんに真正面から見つめられると、ガリガリと耐性が削られていく。
その超絶美少女っぷりにだ。
ぽお、と顔を赤くした侍女が、“きゅう”と目を回してしまう。
倒れそうになったところを、おじさんがしっかりと支えた。
「もう。無理をするからこうなるのです。医務室へ連れて行ってあげてくださいな」
側付きの侍女は思う。
公爵家で働く使用人であっても、間近で見るのは危険なのか、と。
「お任せください」
部屋をでて行く侍女の背におじさんは声をかけた。
「わたくし、サロンへ行きますわ」
おじさんはジャージを宝珠次元庫にしまうと、サロンへと足をむけるのであった。
サロンでは母親と弟妹たちがダラダラとしていた。
まだ、お腹の具合がよくないのだろうか。
「あら? リーちゃん、どうしたの?」
優雅と言えば、聞こえはいい。
だが、実際の母親は一人がけのソファーに深く腰掛け、オットマンの上に足を投げ出していた。
「実は昨日、新しい生地を開発しましたの。それで服を作ってみたのですが……」
と、おじさんは先ほど預かったジャージを取りだす。
母親と妹、アミラの分は淡いピンク色のものだ。
そこに刺繍が入っている。
弟と父親の分は黒地のジャージだ。
それぞれの身体のサイズに合わせて作ってある。
「あら? 見たことがない形のお洋服ね」
母親が広げながら、楽しそうな目でおじさんを見た。
「はい。身体を動かすときのために作ったのですが、思ったよりも生地のデキがよかったので、寝間着にしてもいいかもしれませんわね。あ、それと……」
おじさんはインナーにするカットソーも取りだす。
「こちらを中に着るといいのですわ」
“ふぅん”と言いつつ、肌触りを確かめている母親である。
「皆、すぐに着替えてきなさい!」
母親の声に従って、弟妹たちがのろのろと動きだす。
そして、少しの間をあけてジャージ姿の公爵家の面々が姿を見せた。
おじさんはそのときに自分の失態に気づいたのだ。
だって、全員がジャージにサンダルだったのだから。
大型のショッピングモールにきたヤンキー一家みたいである。
ここはスニーカーも開発せねばならない。
そう固く誓うおじさんであった。
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