第329話 おじさん争いの火種を作ってしまう
化学繊維を作り、ジャージの作成にまで手を染めてしまったおじさんである。
さらにはマスクを大量生産した。
そろそろ終わりかと、トリスメギストスも侍女も思っていたのだ。
しかし、おじさんは暇だったのである。
この程度では満足しない。
では、おじさんは何を作ろうとしているのか。
炭酸水素ナトリウムである。
平たく言うと重炭酸
おじさんの記憶によれば、塩水を電気分解すると水酸化ナトリウムになる。
この水酸化ナトリウムを二酸化炭素に反応させれば重曹ができるのだ。
ちなみに水酸化ナトリウムは苛性ソーダのことである。
石けんなんかを作るときに使われる薬品だ。
おじさん実は石けんを手作りしようとしたことがあるのだ。
苛性ソーダは薬局で買えると聞いて足を運んだのだが、購入には印鑑と身分証明書が必要だった。
手ぶらだったおじさんは引き返すしかなかったという過去がある。
重曹は非常に幅広い用途で利用できる。
掃除や洗濯はもちろんのこと、食品にだって使われているほどだ。
必要な素材を用意して、おじさんが錬成魔法を使うとあっさりと白い粉ができあがった。
色んな工程をすっ飛ばしているのが恐ろしい。
しかも、一度作ってしまえば、その術式が理解できる。
「トリちゃん、今のも記憶しておいてくれましたか?」
『もちろんである。ところで主よ、その白い粉はなにに使うのだ?』
「これはですね……色々と使えるのですが、今回はお料理に使いたいのです!」
おじさん、実はトンポーローを食べた辺りから中国料理が食べたくなっていたのだ。
特に食べたかったのはラーメンである。
それに加えて、チャーハンにギョウザ。
いわゆる町中華のメニューが食べたかったのだ。
しかし、ラーメンを作るのにはかん水が欠かせない。
そこでこの機会にと、おじさんは思ったのである。
おじさんが今回作った重曹はかん水の代用品にもなるのだ。
小麦粉とかん水と水。
これを混ぜると、あの独特な風味と色合いを持つ中華麺ができるのだ。
もちろん、おじさんは錬成魔法の一発で作ってしまう。
さらにはギョウザの皮なんかも作る。
「これで準備は整いました! さぁ調理をしますわ!」
すべてを宝珠次元庫に仕舞うと、おじさんは意気揚々と部屋をでる。
その後ろ姿は、とてもウキウキしていた。
「お嬢様、厨房をお使いになりますか?」
「そうですわね、空いているかしら?」
今の時間帯は午前十時頃である。
ちょうど昼食にむけて準備をしている時間でもあった。
「この時間だと微妙ですが、ちょっと行ってきます!」
侍女が身体強化を使って、ばひゅんという勢いで駆けていく。
「そこまで急がなくてもいいのですが……」
おじさんの独り言は侍女に届かなかった。
『主よ、我は先ほどの術式を汎用化しておく。なにか用があれば喚ぶといい』
「トリちゃんも食べられたらいいですが……まぁせんなきことですわね」
『うむ。だが、その心遣いはありがたく受けとろう。我の代わりにバベルにでも喰わせてやってくれ』
そう残して、姿を消すトリスメギストスであった。
「お嬢様ー! 料理長から許可をもらってきました!」
侍女が戻ってくる。
そして、おじさんは喚びだしたバベルと三人で厨房にむかうのであった。
おじさんが作ったのは、鶏ガラ出汁の醤油ラーメンである。
メンマとナルトがないのは寂しい。
だが、チャーシューはたっぷり、香味野菜も彩りに添えてみた。
ラーメンを作った後には、長粒種を使ってチャーハンを作る。
実はパラパラのチャーハンを作るのなら長粒種の方がむいているのだ。
さらには厨房の料理人に指示をだしていたギョウザができあがってくる。
おじさんの前にはラーメンセットが並んでいた。
ラーメンから、ずるり、と一口。
うん、美味い。
おじさん、懐かしい味に涙がでそうになる。
スープもなかなかのデキだ。
何よりもチャーシューが美味い。
野趣にあふれた滋味が深いのだ。
そこでチャーハンへと移る。
熱々のお米をハフハフと食べるおじさんだ。
こちらも上デキであった。
ギョーザも一口。
野菜を多くしたことで、自然の甘みにあふれる逸品だ。
「さいっっこうですわ!」
おじさんは輝く笑みを見せながら、親指を立てる。
それを合図に厨房にいた料理人たちも味見とばかりに手をつけた。
その日の夜。
公爵家ではラーメンセットが食卓にならんでいた。
どれもこれも美味い。
満腹で死屍累々となった家族の前で、おじさんは笑った。
最後の仕上げをしようと考えたのである。
おじさんは熱源と金属製のおたま、攪拌する棒を用意した。
目の前で調理しようと言うのだ。
材料は水と砂糖、そして重曹である。
そう、おじさんはカルメ焼きを作ったのだ。
おじさんが調理を始めると、焦げた砂糖の香ばしいかおりが室内にあふれる。
その香りにひかれて、弟妹たちがおじさんを見た。
「うわぁ! ふくれてる!」
「とってもいい匂いね!」
さっと熱源から離して、冷ましていく。
できあがった第一号をのせたお皿を、おじさんは妹に渡す。
「ソニア、熱いから気をつけて食べるのですよ」
サクッとしたかみ応えの後のふわっとした食感。
そして甘みとカラメルのような芳しさ。
「あまーくておいしー!」
素朴。
だが、そんな味もいいものだ。
おじさんもにっこりである。
そして、食べ過ぎで動けなくなった家族のために消化剤を用意するのであった。
一方でラーメンという麺料理は、公爵家に衝撃を与えたのも事実だ。
「ばっか、お前! なにがラーメンだよ、男は黙ってうどんに決まってンだろが!」
どこかの副隊長が自説を披露する。
「うっせえ! うどん? うどんよりラーメンの方が美味いに決まってンだよ!」
他方でラーメン派の騎士たちが言い返す。
こうしてカラセベド公爵家から火のついたラーメン・うどん戦争は、長い時間をかけて王国へと広まっていくのである。
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