第328話 おじさん汎用品も考えてみる
おじさんの作ったジャージはとてもいいものである。
通気性や伸縮性に優れるだけではなく、吸湿性もあるのだ。
さらに錬成魔法を使って染色することもできた。
軽くて、動きやすく、見た目にも美しい。
しかし、これは高級品だ。
貴族の間では流行るだろう。
ただ、それだけでは納得いかないのがおじさんである。
次に開発するのは船上で考えていた魔物素材を使ったカットソーだ。
こちらはトゥリードと呼ばれる植物型の魔物素材を使う。
おじさん的には綿と似た素材である。
“でいやー”と気合い一発で、カットソーができあがった。
こちらも非常に良い感じである。
“うむ”とおじさんも納得する一枚だ。
色味を変えたりとバリエーションも作っていく。
ここでおじさんは気づいてしまった。
もっと安価で庶民に流通している素材を使うことはできないのか。
なんだかんだで魔物素材はお金がかかる。
では、どうすればいいのか。
おじさんの前世では化学繊維を使った安価なものが多かった。
そこで、おじさんは閃く。
「そうですわ! 化学繊維も作ってしまいましょう!」
ナイロンなどの石油系樹脂から作るものは素材がないので難しい。
しかし、天然素材を使った半合成繊維ならいけると踏んだのだ。
おじさんは頭を捻って、記憶を掘り起こしていく。
そこで思いだしたのがトリアセテートだ。
図書館の虫になっていたいたときに読んだ。
確か木材パルプと酢酸を使って化学的に合成したものがトリアセテートになる。
ちなみに酸化の度合いが低いとアセテートだ。
接触冷感の素材として使われていたはずである。
夏の盛りは既に過ぎてしまったが、まだ残暑のある季節だ。
この季節でも着用できないことはない。
ファッションは半年先取り、などと言う言葉を聞いたことがあるおじさんだ。
となると、一年先取りしたこの生地はいいことなのか。
詳しいことはおじさんも知らない。
だが、なんとなく知っていればできちゃうのが、
『待て、主よ。化学繊維とはなんだ?』
「んー説明が難しいのですわ!」
それでなんとなく察したトリスメギストスは深く追求しなかった。
おじさんは素材の中から必要な物を選んで、えいやと魔法を使う。
それで化学繊維ができてしまうのだから、なんともデタラメな魔法である。
「ちょ、お嬢様!」
侍女が声をあげた。
なぜならおじさんの手には、先ほどの魔物素材を使ったものとよく似た生地があったからだ。
侍女の目にはほとんど違いがわからない。
光沢感や風合いがそっくりなのだ。
少なくとも侍女の目にはそう見えてしまった。
「ん? 別の素材から新しい生地を作ってみましたの」
みましたの、みましたのとおじさんの声が頭の中でリフレインする侍女であった。
「お嬢様、先ほどの魔物素材を使った生地と、こちらの新しい生地をお借りしてもよろしいですか?」
「かまいませんわよ」
おじさんは二つの生地を侍女に手渡す。
「ちょっと裁縫に詳しい者に聞いてまいります」
その申し出は、おじさんにとっても渡りに船である。
自分で作った物のやはり本職か、それに近い知識を持つ者に感想を聞く方がいい。
ということで侍女を快く送りだすおじさんであった。
『これで終わり、であるか?』
「まさか!」
おじさんはドミノマスクを取りだす。
今度はマスクを作る気なのだ。
おじさん的にはドミノマスクも好きだ。
でも、もっと好きなのがある。
それはヴェネツィアマスクだ。
ベネチアンマスクとも呼ばれるもので、ヴェネツィアのカーニバルで用いられる。
顔全体を覆うものもあり、とってもおじさん好みなのだ。
ドミノマスクに似た形のコロンビーナと呼ばれるマスクも好きだし、アルレッキーノのマスクも好きだ。
幽霊という意味があるヴォルトというマスクは、とっても好みだ。
中でもおじさんが最も好きなのが、メディコ・デッラ・ペストである。
通称ペストマスクだ。
カラスのような長い嘴がついた仮面である。
この嘴部分には薬草を入れて、空気を浄化していたそうだ。
「むっふっふ!」
おじさん、やる気満々であった。
先ほどよりも気合いを入れて、素材を錬成していく。
次々とマスクが生みだされる。
「どうですか、トリちゃん! この格好いいマスク!」
おじさんはペストマスクをかぶってみる。
でも、これだけではダメだ。
やはり服装も変えなくては。
おじさんの錬成魔法が火を吹く。
そしてできあがってしまった。
装飾のない黒いトリコーン帽に、全身真っ黒のコートをきた怪しい人物が。
そこへタイミング悪く侍女が戻ってきた。
「お嬢様! 入り……ぎゃあああ! 何者だ! お嬢様をどこへやった!」
束の間、驚いたものの一瞬で状況を把握した侍女が戦闘態勢へと入る。
「返答次第では生かしてかえ……」
そこで侍女の視界に中空を漂う総革張りの本が目に入った。
『おほん』
「トリスメギストス殿? では、お嬢様ですか?」
「むふふ。驚きましたか? ちょっとした遊び心で作ってしまいました!」
おじさんがマスクをとる。
「……お嬢様。そのような遊びをしてはいけません」
少し照れている侍女に対して、ごめんなさいと素直に謝るおじさんであった。
「しかし、怪しい雰囲気のマスクばっかりですね」
「そうですか? これなんか似合いますわよ」
おじさんは猫をかたどったハーフマスクを侍女に渡す。
それをつけてみる侍女だ。
「どうですか?」
猫のハーフマスクをつけた侍女のできあがりである。
キリッとした美人さんが、ちょっと愛嬌のある姿に変わっていた。
「うん。よく似合っています。それはそのままお持ちなさいな」
おじさんもにっこりのデキである。
「特殊な効果は付与していません。ただのマスクですから」
とまどった侍女だが、その言葉で笑みをうかべた。
「ありがとうございます。大切にいたします」
そう言って頭を下げる侍女だ。
『うほん。先ほどの生地はどうだったのだ?』
主従の微笑ましい姿に水を差すトリスメギストスである。
しかし本題はこちらだったのだ。
「あ! 忘れていました!」
侍女はマスクをつけたままで言う。
「お嬢様、先ほどの生地ですが恐ろしいほどに好評でした!」
図らずもまたお金の使い道に困るものを作ってしまったのかもしれない。
そう考えると、素直に喜べないおじさんであった。
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