第327話 おじさん閑居して不善をなす パート2


 王都貴族街が復興していく。

 なんだかんだといって公共事業のようなものだ。

 多額のお金が使われれば町は賑わう。


 物が集まり、人が集まり、経済は循環していく。

 そんな様子を見ながらも、おじさんは暇を持て余していた。

 

 学園の二学期がスタートしたものの、幾日も経たないうちの騒乱である。

 その後始末に大人たちは奔走しているのだ。

 おじさん、色々と丸投げである。

 

 本来はおじさんが関わるはずであった仕事も取り上げられてしまった。

 特に母親と祖母は嬉々として、果樹園エリアに足を運んでいる。

 

 無論、学園の再開どころの話ではない。

 未だにいつから再開されるのかの連絡もないのだ。

 

 そんなわけで、おじさんは暇をもて余していた。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々も、多くの者が領地に帰っている。

 王都暮らしの二人もいるが、今はおじさんが作ったダンジョンの方に移った。

 さすがにおじさんちで暮らすのは、色々と問題があったようだ。

 

 主に嫉妬とか、嫉妬とか、嫉妬とか、である。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツからの“わかってるわね”という圧がすごかったのだ。


「あああ! タオちゃん、またこわしたあ!」


「ご、ごめんお! そーちゃん!」


 庭からはタオティエと妹の声が聞こえてくる。

 タオティエの力が強すぎるのだ。

 なので的当てゲームのボールやら、的やらを壊してしまう。

 

 結果、的はいつの間にか土の魔法で作られたものになっていた。

 タオティエの側にいるコルネリウスが、ささっと修理してしまうのだ。

 

『で、主よ』


 おじさんの私室に喚びだされたトリスメギストスは不穏なものを感じとっていた。

 

『我を喚びだしてなにをする気かな?』


「むっふっふっふ。トリちゃん、よくぞ聞いてくれました!」


 おじさんが私室の椅子から立ち上がった。

 

「今日はちょっと面白い素材が手に入ったので実験といきたいのです!」


『…………』


 無言。

 その反応だけで、トリスメギストスの感情を読み取る侍女であった。

 もちろん侍女もわかっている。

 また、なにかやらかすつもりだ、と。

 

「なにを黙っているのです! さっそく地下の実験室に行きますわよ!」


“てーれーれーれーれー てれってれ てて てれれれーれれー”と鼻歌まじりである。

 墓場からでてくるゾンビを槍でも投げて倒す勢いで、ずんずんと進んでいく。

 

 おじさんがなぜか上機嫌である。

 

『……なぜ主は上機嫌なのだ?』


 コソコソとトリスメギストスが侍女に聞く。


「念願の素材を手に入れたそうですから」


『なぬ! 念願の素材だと!』


「そこ! なにをコソコソしているのですか! 置いて行きますわよ!」


『主よ、念願の素材とはなんなのだ!』


 正直なところ、嫌な予感がビンビンするトリスメギストスであった。

 

「いやですわね。ちょっとした魔物素材ですわよ。あとはその他諸々ですわね」


『その他諸々……』


「いくつか作りたいものがあるのですわ。そう危ないものではありません」


『なら、なぜ実験室に?』


「色々と試したいことがあるからです」


 きっぱりと言い切るおじさんであった。


「トリスメギストス殿。もうこうなったらお嬢様はとまりません」


 侍女の言葉に腹を決めたトリスメギストスであった。

 

 地下の実験室に入ると、おじさんは宝珠次元庫から素材を取りだしていく。

 王都の復興特需で様々な物が入ってくる。

 

 もちろん珍しい品とあれば、御用商人が我先にと公爵家へと持ってくるのだ。

 そうした品をおじさんは買い上げていた。

 素材だけではなく、食材とかなんでもだ。

 

 復興資金としていくらか献上したが、まだまだおじさんの懐は温かい。

 好きな物を好きなだけ買うくらいのお金は十二分にある。

 

 と言うか、だ。

 開発した利権を押さえているのだから、ボコボコとお金が入ってくる。

 磁器やら漆器やら家具やらなんやらだ。

 

 他にもなんだかんだとお金が入ってくる。

 最近だと競馬場の利益の一部まで入ってきているのだから、使わないとお金が回らなくなるのだ。

 

 あまりお金を使わないおじさんの苦肉の策でもあった。


「最初に動きやすい服を作りたいのですわ!」


 そう。

 おじさんはハムマケロスのときに思ったのだ。

 もっと動きやすい服が欲しい、と。

 

 ただ侍女からは注意をうけた。

“御令嬢が動きやすい服を欲しがってはいけません”と。


 そこでおじさんはジャージを作りたいと思ったのだ。

 ジャージとは編み物である。

 輪っかと輪っかを引っかけていくことで布地を作るのだ。

 それによって伸縮性と通気性の良さが生まれる。

 

 おじさんが今回の素材として使うのは、シーロ糸と呼ばれる魔物素材だ。

 シーロは三十センチほどの大きさになる蝶々型の魔物のことである。

 要はおじさんの前世で言う蚕と同じだ。

 

 さなぎになるときに、でっかい繭を作る。

 この繭の素材を糸にしたものだ。

 

 ちなみに王国ではシーロ糸を使った織物が有名である。

 高級な素材で、よく貴族の服に使われているのだ。

 

 おじさんに手編みの経験はない。

 だが、そのやり方は知っている。

 雑誌の特集で見たことがあったのだ。

 

 そこでまずは伸縮性のある布が作れるかの実験である。

 サクッと錬成魔法を発動させると、光沢感が美しい布ができあがった。

 

 手に取って、引っぱってみると十分な伸縮性がある。

 これには大満足なおじさんだ。

 

「ちょっと待った!」


 そこで侍女が声をかける。

 おじさんから布を受けとって、手触りなんかも確かめてみる侍女だ。

 

「お嬢様……この生地はすごくいいですわ!」


「でしょう?」


 褒められてしまったからには、おじさんのサービス精神に火がつく。

 

“えいや”と気合いをこめて今度はファスナーを作る。

 金属製のものだ。

 

 さらに袖口や裾に用いるリブを作っていく。

 このリブというのも編み方の一種である。

 ゴムが使われていると思いきや、編み方の違いで伸縮性がでるのだ。

 

 おじさんもてっきりゴムが使われていると思っていた。

 だから、リブも編み物だと知って驚いた記憶が残っている。

 

 そして、一通り素材が揃ったところで一気にジャージを錬成した。

 魔物素材をふんだんに使った超高級品である。

 さらにはファスナーという、この世界にはない技術まで取りこんであった。

 

「どうです? 似合いますか?」


 おじさんは作ったジャージを羽織ってみる。

 ついでに、くるんと回った。

 青みがかった銀髪がふぁさっとなる。

 

 侍女は思った。

“ずるい”と。


 だって、モデルが超絶美少女おじさんなのだ。

 どんな格好でも似合ってしまう。

 

「よくお似合いですわ! お嬢様!」


 内心ではずるいと思いながらも、やっぱりおじさんの美少女っぷりには勝てない侍女であった。

 

 侍女の言葉に気をよくしたおじさんは、様々なバリエーションを作っていく。

 半袖に長袖、リブのあるもの、ないもの。

 色を変えたものなどなど。

 

『ふむ。主よ、これなら安心して見ていられるぞ』


 トリスメギストスの言葉におじさんが手をとめる。


「なにを言っているのですか、トリちゃん!」


 おじさんがトリスメギストスを見る。

 

「まだまだこれからですわよ!」


 その言葉に気が遠くなるような錯覚を覚えるトリスメギストスであった。

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