第317話 おじさん思い切った提案をしてみる


「姉さま。この果物、美味しい!」


 珍しくテンションが高い弟である。

 完熟マンゴーがかなりお気に召したのだろう。


 隣では妹とアミラが無言でほおばっていた。

 リスのように頬を膨らませるほどだ。


 お子様組だけではない。

 その味には大人たちも舌鼓を打っている。

 もちろん、おじさんもだ。

 

「それにしても古代都市の遺跡かあ。王都の復興なんてなければすぐにでも見に行くのに」


 父親が酒杯を傾けながら、心底から悔しそうに言う。

 

「詳しいことは迷宮の核ダンジョンコアに聞けばわかるのでしょうが……それでは味気ないですわね」


 そうなのだ。

 古代都市を作った張本人がいるのだ。

 聞けば、どんな目的で作ったのかも間違いなくわかる。

 だが、それをしてしまうのはちょっと違う気がするおじさんなのだ。

 

「確かにそうだね。研究者たちは絶望するかな。それとも喜ぶんだろうか」


 邪神の信奉者たちゴールゴームの問題も一段落した。

 その結果として、身内だけの小さな祝勝会を開いていたのだ。

 

「そう言えば、お父様。装備の使い勝手はどうしたか?」


 おじさんの問いに、父親の顔がだらしなく崩れる。

 よほど気に入ったのだろう。

 

「いやぁそれがねぇ。控えめに言っても最高だったよ! あとパイン・ウィンド弐号もね!」


 でゅふふ、と気味の悪い笑い声を漏らす父親であった。

 少し酒に酔っているのだろうか。

 

 いや、そうではないのだろう。

 後ろに控えていた家令もまたでゅふふと微笑んでいたのだから。

 相当に手応えを感じていたはずだ。

 

 一方で渋面を作っていたのは祖父である。

 祖父も天空龍シリーズの装備をもらっていたのだ。

 だが、今回は出番がなかった。

 

 だからと言うわけではないのだろうが、少々強引に話を変える。

 

「スランよ、陛下は王都の復興をどうなさるのか聞いたか?」


「聞いてはみましたが、返答は芳しくありませんでしたね。まだ被害の全貌も見えていませんし、さすがに貴族街のほぼ全域を復興となると」


 まだ正確な被害はわかっていない。

 だが、見る限り貴族街の復興には時間がかかるはずだ。

 ここでひとつ問題が起こってくる。


 それは在地領主と法衣貴族の違いからくる問題だ。


 在地領主。

 いわゆる領地持ちの貴族であれば、王都が復興するまで領地へと戻ることができる。

 つまり暮らしについての心配をせずともいい。


 問題は領地を持たない法衣貴族だ。

 彼らは王都に在住である。

 官僚や騎士・衛兵として王城で働いているのだから。

 

 結果、在地領主のように王都から避難できないのだ。

 むろん貴族というものは、あちこちで血縁関係を結んでいる。

 法衣貴族であっても在地領主への伝手はあるのだ。

 

 だが、さすがに間借りをするのは外聞が悪い。

 加えて、彼らの職場は王都なのだ。

 結果、王都から離れることは新しい問題を生んでしまう。

 

 復興の陣頭指揮をとる人間がいなくなるというものだ。

 それなりの人数がいるのだから、避難民としていつまでも扱うことができない。

 さりとてすぐに復興することも無理なのだ。

 

 では、どうするのか。

 王や宰相は頭を悩ませることだろう。

 父親の仕事は外務であるが、無関係ではいられない。

 他国に弱みを見せることはできないからだ。

 

 だから、なるべく早く復興する手段を考えてはいる。

 が、なかなかこれといったものがないのが現状だ。

 

 そこでおじさんの鶴の一声が飛ぶ。

 

「だったら古代都市を使わせてもらえばいいのですわ!」


 その言葉に場にいたお子様組以外の目が点になった。

 余にも斜めからの進言だったからである。

 

 古代都市の遺跡。

 確かにおじさんの説明では、劣化もなく保存されていたと聞かされた。

 確かに転移陣を使っている以上、復興までの間の拠点として使えれば問題は改善される。

 

 しかし、だ。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 疑問は拭えない。

 

 もうひとつ大きな問題がある。

 それは転移陣の存在を公にしてしまうことだ。

 

 転移陣を公にすることによる問題は大きい。

 なにせ物流から軍事まで、幅広いことで活用できるからだ。

 

 その点を父親が悩んでいると、祖母が口を開いた。

 ワイングラスを片手に足を組んで座る姿は、どこかの女ボスのようである。

 

「スラン。バカ正直に言う必要なんてないじゃないか」


「ええと、どういうことでしょう?」


「なに、王城の地下にて転移陣が見つかったことにすればいい」


 ふむ、と考えこむ父親である。


「つまり……王城地下の転移陣の先に遺跡があったと」


「まだ遺跡のことを知る者はほとんどいないんだ。前々から調査をしていたということにすればいい」


「なるほど。それならば……いけるか?」


 祖父母と父が真剣な表情で話し合いを始めてしまった。

 そこで母親とおじさんは湯船へと移動する。


「ふわぁ」


 お湯につかると声がでてしまうおじさんだ。

 じわっと全身がお湯に包まれる感覚がどうにも心地良い。

 

 お子様組が静かなのは、お腹がいっぱいになって寝ているからだ。

 母親と他愛のない話をしていると、空中に魔力が集まってくる。


「リーちゃん!」


 姿を見せたのは風の大精霊であった。

 

「ヴァーユお姉さま?」


「邪魔をしちゃって、ごめんなさい。でも、どうしても聞きたいことがあったの」


 ピンとくるおじさんである。

“お姉ちゃん、どうしてもこの本を最後まで進めたいの!”といって公爵家邸に残った者がいる。


「もしかしてユトゥルナお姉さまのことですか?」


「そうなのよ! ミヅハから管理を任されているってのにずっと姿を見かけないのよ」


 おじさんは迷った。

 正直に告げるか、あるいは水精霊アンダインをかばうか。

 

 だが、おじさんの逡巡は風の大精霊に見透かされていた。


「リーちゃんの家に居るのね?」


 そこまで言われてしまえば、おじさんも否定できない。

 だから素直に首肯した。

 

「あのバカっ!」


「あの、ヴァーユお姉さま。お手柔らかに」


 そう申し添えるのが精一杯のおじさんである。

 なんだかんだと言っても、水精霊アンダインが居なければ遺跡の発掘はできなかった。

 

 古代都市が王都復興の鍵となるかもしれない状況でもある。

 なので、おじさんは水精霊アンダインを強く責める気にはなれなかったのだ。

 

「ふふ。優しいのね、リーちゃんは」


 そんなおじさんの気持ちにまでは、さすがの風の大精霊も気づけない。

 だから、水精霊アンダインをかばってのことだと判断したのだろう。

 

 だが、風の大精霊がうかべた笑顔に、空恐ろしいものを感じるおじさんであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る