第316話 おじさん大胆な案を父親に提案してしまう


 邪神の信奉者たちゴールゴームの切り札であった召喚門。

 そこから呼ばれた異界の住人を倒したおじさんである。

 しかし、おじさんに喜びはまったくなかった。


 むしろ凹んでいた。

 うっかり極上の素材を消してしまったことがショックだったのだ。

 

「うう……今からもう一戦やり直したいですわ」


 無理なものは無理である。

 そんなおじさんの肩をポンと叩く母親であった。

 

「リーちゃん、よくやったわね」


「お母様……」


 形のいい眉をへにゃりと曲げているおじさんである。

 

「まぁそういうこともあるわよ」


「極上の素材だと思ったのですわ」


「それは間違いないわね。でもね、リーちゃん」


 母親はおじさんを立ち上がらせる。


「またいつか極上の素材は手に入るわよ」


「……そういうものでしょうか?」


 不安げに瞳を揺らすおじさんである。

 そんなおじさんにむけて母親は大きく頷いた。


「そういうものよ。例えば天空龍の素材なんてリーちゃんしか扱ったことがないわよ、きっと」


 母親の言葉は慰めになっているのか。

 よくわからないが、侍女は敢えて口をはさむことにした。

 

「お嬢様、そうしたお召し物もお似合いになりますわね」


 おじさん男装の令嬢バージョンである。

 褒められると悪い気はしない。

 

「そうよ! リーちゃん、その帽子が気になっていたの!」


 トリコーン帽のことである。

 三角帽子とも言われるものだ。

 

 もともと、丸くてツバの広い帽子はあった。

 その帽子の両脇と後ろのツバを折ったのがトリコーン帽になる。

 上から見ると、その形が三角形に見えることが由来だ。

 

 海賊や軍人、貴族などがかぶっていたことで有名だろう。

 おじさんの帽子は黒をベースにしたものだ。

 しかし、折り返した部分に羽根や花を飾ってある。

 

 優雅でかっこいい系のデザインなのだ。

 

「この帽子ですか?」


 ものすごい勢いで食いついてくる母親に向き直るおじさんだ。


「とってもステキだと思うの!」


「では、よろしければお母様の分もお作りしますわ!」


「うん! お願いね」


 とてもいい笑顔を見せる母親であった。

 

「そう言えば、お嬢様。遺跡の発掘はどうなされたのです?」


 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにおじさんは笑顔になった。

 

「むふふ。しっかりと終わらせてきましたの」


「あら? 魔力の異常も解消できたの?」


「そうなのです! おっと。忘れていました」


 おじさんは宝珠次元庫から確保していた完熟マンゴーを取りだす。

 

「この果実。とっても美味しいのですわ!」


「じゃあ、おうちに戻ってからいただきましょう」


 さすがにこの場で食べたりはしない。

 そこは生粋の貴族である母親だ。

 

「いっぱいお話ししたいことがあるのですわ」


 三人はあれやこれやと他愛のない話をしつつ公爵家邸へと戻る。

 荒廃してしまった貴族街のことは、頭から抜け落ちているようであった。

 

「はうあ! そこに居るのはマルちゃん?」


 おじさんが目ざとく母親の使い魔を見つけた。

 ふっさふさのもっふもふである。

 

「おん!」


 そうだと肯定するように吼えるマルちゃん。

 一瞬にしておじさんは移動して、その身体をモフモフしていた。

 

「んーやっぱりマルちゃんはいいですわ!」


 モフモフを堪能しつつ、お馬さんを回収して帰途につく三人であった。


 

『ああああ! にゃんでーにゃんでー!』


 公爵家邸から派手な声が聞こえてくる。

 それが水精霊アンダインのものだと、おじさんはすぐに理解した。

 続いて、明るく笑う声が聞こえてきた。

 

「だからいったでしょ。ゆーねーさま!」


『ううう……ぜんぜん先に進めないじゃない』


「とりちゃんはいじわるばっかりするんだから!」


『おのれ、トリスメギストスぅ! ぜったいにゆるさんぞぉおお!』


 どうやら水精霊アンダインは妹とゲームブックを楽しんでいるようだ。

 緊迫した状況だったというのに、ゆるゆるである。

 それはある意味で、母親やおじさんに対する揺るぎない信頼からくるものだろう。

 

 何があっても絶対に大丈夫。

 そういう類いの信頼感である。

 その証拠にアミラもまたメルテジオとゲームに興じていた。

 

『主殿、よろしいかな』


 バベルである。

 三面八臂のバケモノとの戦闘をおじさんに引き継いだ後、状況の確認をしてきたのだ。

 バベルを労うおじさんである。

 

『御尊父殿は百鬼横行パレードを相手にしておられた。が、もう間もなく殲滅するであろうな』


「なら応援は必要ありませんわね」


 と、おじさんは首肯する。

 

「リーちゃん、まずは温泉で疲れを癒やしましょう。話はその後よ」


 母親に促されて、タルタラッカへとむかうおじさんたち。

 弟妹たちや使い魔たちも同じく温泉へとむかうのであった。

 

 ただひとり、水精霊アンダインを除いて。

 

「マルちゃんの赤ちゃん!」


 おじさんは子狼にメロメロであった。

 そんなおじさんに、いや子狼に激しく嫉妬したのがミタマである。

 人間の姿なら、確実にハンカチの端っこを噛んでいるはずだ。


 キャッキャウフフと戯れるおじさんと子狼。

 なんとか構ってもらおうと、ミタマは近づき、自慢の尻尾でおじさんを誘惑する。

 しかし、おじさんに効果はなかった。

 

 子狼を存分に愛でる。

 久しぶりの再会だったマルちゃんもだ。


「ふぅ。堪能してしまいましたわ!」

  

 あまりにもおじさんが愛でるものだから、母親が送還したのである。

 それでも十分に満足したおじさんだ。

 心なしか自慢のお肌もさらにツヤツヤとしている。

 

 そして、ミタマはと言えば妹に弄ばれていた。

 

「落ちついたかしら」


 母親が四阿あずまやで、グラスを傾けている。

 おじさんお手製の果実酒を炭酸水で割ったものだ。

 既に食べられた形跡のある完熟マンゴー。

 

「未発掘の古代都市のお話を聞かせてちょうだいな」


 母親はそちらに興味津々であった。

 おじさんはひょいと完熟マンゴーをつまんだ。

 

「やっぱり美味しいですわ!」

 

 お行儀が悪いわよとは言わずに、苦笑ですませる母親であった。

 

「で、どうだったの?」


 おじさんは語った。

 遺跡の雰囲気からタオティエのことまで余すことなく。

 魔力の異常にも邪神の信奉者たちゴールゴームが関わっていたことも。


 話の途中で父親や祖父母も合流する。

 皆がおじさんの語る話を興味深そうに聞くのであった。


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