第315話 おじさんの知らない王と王妃の戦い


 少しだけを時を遡る。

 宰相が王城を駆けだして行った後のことだ。

 

「だぜばあ!」


 国王は周囲にいる侍女や従僕から止められていた。

 勢い余って、なぜだぁという言葉が空回りしている。

 

「なりませぬ! 陛下!」


 既に愛用の鎧に身を包み、伝来の剣を装備してやる気満々の国王だ。

 その国王にむかって強い言葉を使うのは、年かさの執事である。

 

「ワシは国王ぞ、建国王陛下からの申し送りを片時も忘れたことはない!」


 力なき民のためというお馴染みの言葉だ。

 

「それは重々承知しております。ですが、陛下! 御身に万が一のことがあればどうされるのです! 王太子キース殿下は既に廃嫡。王妃様との間に御子ができたとは言っても、まだ産まれてもいないのですぞ! なにとぞ、なにとぞ。ここは御身を御大事になさるべきです」


 子どもの頃からの付き合いの執事だ。

 そう言われると、強くでることができない国王である。

 

「だが、スランやロムルスは戦場にむかっておる。ワシだけが隠れておるなぞ、そのような卑怯な振る舞いはできん!」


 おじさんの父親と宰相のことだ。

 ついでに言えば、軍務卿や学園長も戦場に出ている。


 そうこうしている間に、王城からも三面八臂のバケモノが出現したのが確認できた。

 巨大で厳めしい。

 そんなバケモノが何者かと戦っているではないか。

 

 宰相が得意とする魔法が炸裂したが、バケモノは意に介さない。

 ならば、とより一層自分がでようとする国王であった。

 それを押しとどめようとする従僕たち。

 

「陛下! いやさ、あなた!」


 侍女を引き連れて王妃が姿を見せる。

 

「アヴリル!? どうしてここへ」


「どうしたもこうしたもありません。従僕から報せがあったのです!」


 国王の表情が苦虫をかみつぶしたようなものに変わる。

 そして、無言で老齢の執事を睨みつけた。

 執事はどこ吹く風と、素知らぬ顔をしている。

 

「いや、今日は退かんぞ、いくらアヴリルの頼みであってもだ!」


「だまらっしゃい! あなたはただ戦いにでたいだけではありませんか? 本当に王としての責務を果たすために戦場にでようとしているのですか? 私にはそうは思えません!」


「ぐぬぬ……」


 王妃の言葉は図星であった。

 ここ最近はいつも以上に忙しかったのだ。

 書類仕事に忙殺された夏だったとも言える。

 

 王太子のこともあった。

 なによりもあの姪っ子である。

 次から次へと報告があがってくるのだ。

 

 やれ炭酸泉なるものを発見しただの、天空龍がうんたらかんたら。

 ハムマケロスでは邪神の信奉者たちゴールゴームを一掃し、領地では競馬場なるものも作った。

 さらには新しい楽器やらなにやら。

 加えて、未発掘の古代都市まで発見したという。

 

 楽しそうなのだ。

 どれもこれも全部。

 我が身を振り返れば、書類の山である。

 そりゃあちょっとは憂さを晴らしたいと思ってもバチはあたらないだろう。

 

 国王はそんなことを考えていたのだ。

 

「あなた! 聞いているのですか!」


 どごぉんと大地を震わせる音が聞こえた。

 さらに派手な魔法がバケモノを包んでいる。

 

「ヴェロニカかしら?」


 最近、始まった悪阻つわりのせいか。

 あるいは嫌な思い出でもあるのか。

 いずれにしろ、少し顔色を悪くした王妃であった。

 

「あなた、もう今から行っても手遅れですわよ」


「なぜだ?」


 今度は空回りしない国王である。

 

「あの魔法の中に割って入れますか?」


 王城からも見えるのだ。

 桁違いの魔法が何発も放たれているところが。


「……」


 正直なところ、国王には足を引っぱる自信しかない。


「無言は肯定と考えますわよ」


 痛いところを的確についてくる王妃。

 

「いいですか。あのバケモノはヴェロニカたちに任せておけばいいのです。リーちゃんがくれば、どうとでもなるのですから。ですから、あなたは王として事後処理のことを考える方が有益ですわよ」


「事後処理って……」


 また書類仕事じゃないか、とは口にだせない国王だ。

 

「治める者の仕事とは地味なものだ、と父上から聞いておりますわ。あの調子では貴族街の被害は甚大でしょう。平民たちの住む町にも影響はでているはずですわ。その復興はどのように行なうのですか? まさかとは思いますが、リーちゃんに丸投げしようなどとは考えていないでしょうね?」


 国王は知っている。

 おじさんが領地の開発を大々的に行なったことを。

 漆器という特産品を作りだし、さらには温泉街まで整備したことを。

 

 つまり。

 王妃に否定されたことを考えなかったわけでもない。

 

「い、いや、そこまでは考えておらん。そんなことをすれば……」


「……すれば?」


 王妃が詰める。


「リーの負担が大きくなりすぎる。それにあれは王になることなぞ……」


 あれ? と国王は思った。

 いっそのこと姪っ子に任せるのは正解なのでは、と。

 貴族街の復興を一手に引きうけた場合、貴族からの評価が爆上がりするのは間違いない。

 

 となれば、面倒な王位継承者問題も片付くのではないだろうか。

 いや、ダメだ。

 そんなことはあの姪っ子は望んでいない。

 

「…………」


 王妃は無言であった。

 だが、その目は雄弁に語っているのだ。


 次の一言はとても大事だと、国王は長年の経験から判断する。

 そうゲームなら確実に新規枠をとって、セーブをしておきたい場面であった。

 

 ごくり、と国王は喉を鳴らす。

 その瞬間であった。

 

 王城の窓という窓が震えるほどの雄叫びが聞こえる。

 目をやれば獅子の頭と腕、鷲の脚を持つ二対四翼のバケモノがいた。

 怪獣大決戦の始まりである。

 

 そのド迫力の光景に国王は意識を奪われてしまう。

 三面八臂のバケモノは敵である。

 そして、もう一体のバケモノは味方なのか。

 ひょっとすると敵の敵は味方理論かもしれない。

 

 王妃でさえ浮世離れした怪獣大決戦を見入っていた。

 だって、こんな光景は二度と見られない可能性が高いのだから。

 

 一進一退の攻防だが、やや新手のバケモノの方が優勢か。

 国王と王妃、そしてこの場にいる者たちは時間を忘れて観戦している。


 だが、王城に結界を張る王宮魔導師たちは気が気ではなかった。

 なにせあのバケモノの内、一体でも王城に近づけば結界を守り切る自信がなかったのだから。

 そんな王宮魔導師たちの心配を払拭するような展開があった。

 

 よくは見えないが、派手な男装をした何者かが中空に浮いていたのである。

 その者が戦いを引き継いだ。

 

 幅広の禍々しい剣を一振りすると、嘘のように三面八臂のバケモノの腕が斬り落とされた。

 そこで国王と王妃の二人は確信した。

 

 あれは姪っ子だと。

 

 そこからは怒濤の展開であった。

 姪っ子がなにをどうしているのかわからない動きでバケモノを翻弄する。

 

 なにもさせないのだ。

 いや、なにもさせないどころではない。

 

 そして、最後には見たこともないとんでもない魔法で三面八臂のバケモノを消し去ってしまう。

 鎧袖一触。

 この世の果てでしか遭わないバケモノを相手にだ。

 

 え? うちの姪っ子、あんなに強いの?

 

 天空龍をボコボコにしたとは聞いた。

 だが、国王たちは天空龍を実際に見た・・・・・ことはないのだ。

 

 だから想像するしかなかったのである。

 しかし、今、姪っ子の戦いを見た。

 いや、正確には全部を見ることはできなかったが。

 

 そして戦慄する。

 姪っ子を王にしたら、大陸ごと制覇するんじゃないか、と。

 

 いや、そんな未来は決してあってはならない。

 姪っ子には幸せになってもらいたいのだ。

 

 そのためには王の座を押しつけないことが肝要である。

 

「……あなた、出番がなくなりましたね」


「……うん」


「お仕事、しましょうね」


「…………はい」


 国王はいそいそと鎧を脱ぎ、伝来の剣を外した。

 それを執事に預けて、執務室へと戻る。

 その背中はやけに煤けていたそうだ。


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