第308話 おじさんのこだわりは家令を暗器使いへと変える


 おじさんが執事に贈った天空龍シリーズはいくつかある。

 ひとつはチェスターコート風の外套だ。


 細身のシルエットにこだわった逸品である。

 ちょっとおじさんの中二心が加わったので、黒でベルト多め。

 そして、隠蔽効果の高い魔法も付与してある。

 

 さらにナイフもそうだ。

 家令専用に色まで黒く塗っている。


 コンバットナイフのようなソードブレーカー的なギザギザが背にあるタイプだ。

 これは外套とセットになっている。

 

 最後に贈ったのが黒い手袋と暗器のセットだ。

 これはおじさんのこだわりから作られたものである。

 

「執事と言えば、鋼糸ですわ! これは絶対ですの!」


 おじさんの勝手すぎるイメージである。

 執事は鋼糸と暗器を使って戦うもの。

 

 主を守るためと考えれば、執事は室内での戦闘が想定される。

 暗器は理に適っていると言えるだろう。

 

 そのためにおじさんは、わざわざ作ったのだ。

 天空龍の牙にバカみたいな魔力を与えれば液体状になるという発見がきっかけである。

 

 恐らくはこの世界において、おじさん以外は作れない。

 そこまでの魔力を使って作成された鋼糸である。

 

 受けとった家令は制作の過程は知らない。

 ただ、その鋼糸を使ってみて驚くことはいくつもあった。


 そのことを思いだすと、つい笑いがこみあげてくる家令である。

 

「お嬢様の期待に応えてみせましょうか。ウォルター・・・・・


 ウォルター。

 それはおじさんが名づけた黒い手袋と暗器セットの銘である。

 

 上空では轟焔のブレスを吐くシエズハオ。


 身体強化で一瞬にして邸の屋根に跳び移る家令。

 そこからまだ数メートルは上空にいるシエズハオに対して仕掛けを施す。


「ってええええ!」


 騎士たちから魔法が飛ぶ。

 それらの魔法を回避しつつも、シエズハオは炎をはき続ける。

 結果、被害の範囲が拡大してしまった。

 

「あっっつ! あっっつ!」


「調子にのるからなのです!」


「これ以上近づくのは危険ですか」


「アリィ、結界は任せたわよ。パティは騎士たちに話をつけて」


 聖女の指示に二人が頷く。

 

 家令の耳は地獄耳であった。

 見知った顔が三人、おじさんのお友だちである。

 

 その内の一人が走り、騎士に声をかけていた。

 負傷した騎士たちを聖女が治癒していく。

 

 執事はその姿を見て、苦笑する。

 お嬢様のお友だちだけのことはある、と。

 

微塵ボーラ


 それは狩猟用の武器である。

 複数のロープの先端におもりをつけたものだ。

 おじさんが用意したのは先端に三つの錘がついたものである。

 ちなみに暗器の換装はトリガーワードで可能だ。

 

 十の微塵ボーラが執事の周囲に浮く。

 シエズハオにむけて掌を開き、家令は物言わずに握りこむ。

 それがきっかけとなって、微塵ボーラがシエズハオに殺到した。

 

 遠心力で微塵ボーラがシエズハオに絡みつく。

 翼も身体も巻きこんで。

 だが、シエズハオは落ちない。

 

 迷宮の核ダンジョンコアの翼と同じだ。

 翼を使って揚力を得ているのではない。

 魔力で空を飛んでいるのだ。

 

 微塵ボーラのひとつがシエズハオの嘴まで縛る。

 轟焔のブレスがとまる。

 

「ぐむむむ!」

 

 その隙をついて家令は屋根から跳び上がった。

 空中を足場・・・・・にして、さらに高く。

 シエズハオの背後にまで跳び上がる。

 

 そして、黒手袋に魔力を通して鋼糸を顕現させた。

 家令の魔力を通すことで鋼糸は自在に操ることができる。

 微塵ボーラごと鋼糸でシエズハオ包んで、家令は空中から地面へと跳ぶ。

 

 一瞬であった。

 シエズハオの身体が細切れになる。

 だが、家令は油断していなかった。

 

 先ほどから見せている再生能力の高さ。

 だからこそ次の手を使う。

 

袖箭スペツナズ!】


 袖箭は袖の下などに隠して使う暗器だ。

 竹筒にバネを仕込んで矢を飛ばす。

 古くは三国志の時代にもあったと言われる伝統的な暗器である。

 

 家令の袖から複数の矢が飛び出す。

 おじさん特製のものなのだから、ただの矢ではない。

 シエズハオの残骸に突き刺さった途端に凍りついていく。

 

「ききき……ききき、ききき」


 その声はどこかから聞こえてきた。

 金属を擦り合わせたような不快な声である。

 

 と、同時に儀式を行っていた邪神の信奉者たちゴールゴームたちが、ばたりばたりと倒れていく。

 そして倒れた者たちの身体は灰となった。

 シエズハオの肉体もまた灰となっていく。

 

 儀式が行われていたその場所に、突如として禍々しい装飾が施された門が出現した。

 ゆっくりと門が開いていく。

 

 と、同時に圧倒的な大きさの魔力が周囲を満たした。

 母親と侍女が感じとった魔力である。

 

 ――召喚門。

 おじさんがハムマケロスで阻止した禁呪のひとつだ。

 異界の住人を喚びこむための門である。

 

「これは…………少しマズいですね」


 家令は隠蔽を解除して姿を見せる。

 そして、呆然となっている騎士たちにむかって叫ぶ。

 

「あなたたちは退きなさい」

 

「ア、アドロス殿?」


 家令のことを知る騎士が、突如として姿を見せたことに驚きながら声をかける。


「あの門のむこうにいる敵は、一筋縄ではいきません。あなたがたは王都から民を連れて退避なさい」


「アドロス殿はどうされるのです?」


「ここで足止めをする必要があるでしょう」

 

「では、我らも!」


 騎士たちの声に家令は首を横に振った。


「申し訳ない…………足手まといは必要ありません」


 その言葉に激高する騎士たちもいた。

 だが、騎士をまとめる貴族たちがそれを抑える。

 

 そこで注目を集める大きな音が鳴った。

 

「私はアルベルタ=カロリーナ・フィリペッティです。皆さん、ここはアドロス様の言うとおりに」


 思わぬ大物令嬢の登場に周囲は静かになるのであった。

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