第309話 おじさん不在の王都で厄介なのが出現する


 アルベルタ=カロリーナ・フィリペッティ。

 自他ともに認める薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの次席である。

 おじさんというカリスマを支える右腕的な存在だ。

 

 対外的に見た場合、彼女はフィリペッティ侯爵家の令嬢である。

 おじさんは特別枠として、十分な美少女であった。

 蜂蜜色の髪に翠色の瞳。

 

 その美しき令嬢が今、騎士たちの前で声をあげた。

 

「王国貴族たる者、力なき民たちの剣となり盾となるのは当然ですわ。ですが、この場においては私であってもただの足手まといでしかありません。ですので、皆様――」


 アルベルタ嬢は言葉を句切る。

 そして、敬愛するおじさんの笑顔を思いだしながら、自分も微笑みをうかべた。


「ここは役割分担といきましょう。私たちにできるのは、この場から民を遠ざけること。ここで戦ったとしてもムダに命を落とすだけですわ。私たちは役割は民の盾となり、ひとりでも多くの民の命を救うこと、そうではありませんか?」


 その言葉に気圧されたのか。

 反論はでなかった。

 騎士と貴族たちが動く。

 

「助かりました、フィリペッティ様」

 

 家令が恭しく頭を下げて言う。

 

「いえ……お役に立てたようでなによりですわ。その……いえ、アドロス様、御武運を」


 アルベルタ嬢は問いたかったのだ。

 おじさんのことを。

 しかし、この場に居ないということがすべてだ。

 

 アルベルタ嬢が知るおじさんならば、絶対にこの場に姿を見せて解決してしまう。

 だが、今は居ない。

 そのことを問うてもせんなきことだろう。

 

「御言葉、ありがたく。さぁあなたも早く民のもとへ」


 大きく首肯してアルベルタ嬢は踵を返す。

 そこには聖女とパトリーシア嬢がいた。

 

 そのことに安心したアルベルタ嬢である。

 

「エーリカ、治療は?」


「ばっちり! ただ動けるようにしただけど」


「スゴかったのです! ぶわぁってなったのです!」


「ふふ。パティ、それじゃなんのことかわかりませんわ」


「そうよ、アタシが活躍したんだから、ちゃんと伝えなさいよね!」


 いつもどおりの三人であった。

 その場を去る三人だが、聖女は一瞬だけ足をとめて振り返る。

 

 禍々しい装飾がされた門は既に半ば以上、開いていた。


「やっぱり、アレってそうよね……」


 歩きながら思案していた聖女の足が完全にとまってしまう。


「エーリカ、どうしたのです! 早く行くのです!」


 パトリーシア嬢の言葉に聖女が顔をあげた。

 

「ごめん! パティ、アリィ。先に行ってて!」


 そう残して聖女は走り出す。

 行き先はおじさんちの家令のもとだ。

 

「ちょ、エーリカ!」


「エーリカ!」


 残されたアルベルタ嬢とパトリーシア嬢が顔を見合わせた。

 ここで聖女だけを残して先に進むことなどあり得ない。

 だから、二人もまた聖女を追った。

 

「アドロスさん! 逃げて!」


 聖女が走りながら叫ぶ。

 そんな聖女の言葉に優しい笑みをうかべる家令であった。

 

「いえ。ここで逃げることはできません。足止めは必要です」


「でも! …………ダメなの! 今から出てくるやつはヤバいんだから!」


 必死の形相で聖女が家令にすがる。

 それでも家令は無言で首を横に振るのみだ。

 

「本当にダメなの! そいつは本当に、本当に!」


 聖女がぽろぽろと涙を落とす。

 

「アドロスさんが死んだらリーが悲しむわよ!」


「それでも、です。申し訳ない」


「なんで、なんでよ! もう、本当に!」


 聖女が仁王立ちになって叫んだ。

 

「リいいいいいいいいい! 今すぐに来てええええええええ! ……はう」


 聖女が意識を失う。

 そうしたのは家令であった。

 

「お二人にお願いしてもよろしいですか?」


 小柄な聖女をお姫様抱っこにした家令が、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢に声をかけた。

 二人はその言葉に頷き、聖女を受けとる。

 二人が左右から肩を担いだ。


「申し訳ありません、アドロス様。お手数をおかけいたしました」


 アルベルタ嬢が去り際に声をかける。


「いえ、聖女様には我らには見えないなにかが見えていたのでしょう。過分なまでにご心配をしていただけたこと、光栄に存じます」


 きれいな一礼とともに家令が顔をあげたとき、三人の姿は既に遠ざかっていた。

 

「ききき……ききき、ききき」

 

 聖女が心配するのも、家令には痛いほど理解できた。

 なぜなら扉の奥にいるなにか・・・の魔力は非常に危険なものだからだ。

 

「お嬢様が悲しむ、ですか」

 

 聖女の言葉を反芻して家令は少しだけ微笑む。

 

「これ以上ないくらいに鼓舞される言葉ですね」


 家令はチェスターコート風の外套に魔力をとおして姿を隠蔽する。

 おじさん特性のナイフを抜いて、準備を整える。

 すべての準備が終わったときであった。

 

「ききき……ききき、ききき」

 

 不快な声が今までよりも大きくなる。

 扉はほぼ開きかけていた。

 

 その奥からひときわ巨大な目が家令を見据える。

 否、正確には家令ではない。

 ただ扉のむこうからのぞき見をしただけだ。

 

 それでも家令は精神がガリガリと削られるような錯覚を覚えるほどである。

 ガクガクと震える膝を、自らの手で叩く。

 

 ――扉が完全に開いた。

 

 そこから、ぬぅと足がでてくる。

 ただし規格外の大きさだ。

 家令の目にはそれが壁にしか見えなかったのだから。

 

「想像以上に厄介ですね」


 呟きながら家令は跳び退る。

 そして、全体を把握しようとして近くの邸の屋根へとあがった。

 

 そいつは巨大だった。

 二十メートルはあるだろうか。

 全体的なシルエットは巨人である。

 

 しかし、その姿が異形であった。

 三面八臂の怪物である。

 まるでインドの仏像を思わせる姿だ。

 

「ききき……ききき、ききき!」


 その不快な声は三面の内の一面が発していた。

 別の一面が口を開く。

 

「ごああああああ!」


 雄叫びを思わせる叫声であった。

 

「相手にとって不足はありません」


 家令はにぃと犬歯を剥きだしにするのであった。

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