第306話 おじさん聖女に反則呼ばわりされる


 学園に男性講師の間延びした声が響く。

 

「おーい。さっきの音、聞こえたなー。学園に残っている生徒は正門前に集まれー」


 十分ほどの間に学生会を中心に学園に残っている生徒たちが集まる。

 

「会長!」


 声をかけたのはシャルワールである。

 

「やっぱり、あいつら居ねえよ」


「ああああ! もう! 本当にあの娘たちったら! ぜんっぜんこっちの言うことなんて聞きやしないんだけど!」


 そんな学生会のやりとりを聞いていた男性講師が胃を押さえる。


「やっぱりかー」


 近くに居た講師に声をかける。

 

「じゃあ、そういうことなんでー」


 とだけ残して、その場から姿を消した。

 

 一方、学園から既に抜けだした薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ

 徒歩での移動中に聖女が足をとめる。

 

「ニネット、プロセルピナ! あんたたち王都出身だったわね!」


 聖女の問いに二人が“はい”と返答する。

 

「ルシオラとエンリケータ以外を連れて、王都の民たちの避難を」


 その言葉をうけて、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが別行動に入る。


「エーリカ、どうしたのです?」


 パトリーシア嬢が聖女の顔を見る。

 

「この流れって……無印のラスボスじゃない。なんでこんな時期に……ああ!」


 聖女の頭にうかんだのは、うっすらと青みがかった銀髪にアクアブルーの瞳をした超絶美少女だ。

“そうか、うん”と聖女は沈思する。


 誰に告げるでもない。

 目線を下にさげて爪を噛む。

 

「エーリカ!」


 パトリーシア嬢が聖女の肩をゆする。

 

「どーしたのです! ぶつぶつ言って!」


「……ごめんなさい」


 その表情はどこか不安気であった。


「エーリカ、あなた……。そうですか、承知しましたわ」


 アルベルタ嬢は何かを察したのか。

 黙して語らない聖女を慮っただけなのか。


「承知しましたじゃない! 正直に言うわよ! この先は後方支援でも本当に命がけなんだからっ! 冗談じゃすまないの!」


 聖女が叫ぶ。


「なにを言ってるのです! そんなことは当たり前なのです!」


「我ら貴族が貴族たるは力なき民を守るためです!」


 パトリーシア嬢とアルベルタ嬢が聖女にむかって声を大きくする。

 彼女たちは生粋の貴族令嬢だ。

 そうやって育てられてきた。

 

 対して聖女の生まれは農村である。

 貴族としての教育はうけているが、考え方の根本が異なるのだ。

 

「アタシは! アタシは! あああ! くっそ! なんなのよ! ルシオラ、エンリケータ、あんたたちはリーの家に行きなさい。で、リーを呼んでくるのよ」


 その言葉に首肯して、二人がすぐさまにその場を去る。

 

「アリィ、パティ。聖女の名にかけて、あんたたちの命はアタシが守る! 絶対に!」


「なんなのです、唐突に」


「まったく、何を言いだすかと思えば……エーリカ! 例えここで死のうとも私たちは絶対に退きませんわよ。誇り高きフィリペッティの名にかけて」


「アリィ。そこは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの名にかけるのです!」


 ふふ、と聖女が笑う。

 聖女が知る無印のラスボス。

 それは調整ミスとしか思えない強敵である。

 

 レベル四十程度でラスボスまでは到達できるのだ。

 だが、ラスボスとの戦いにおける適正レベルは六十五である。

 しかも主人公たちの最強装備を揃えての話だ。

 

 つまり初見でラスボスに挑めば、ほぼ全滅する。

 そんなバランスが崩れたボスが相手なのだ。

 どう考えても制作陣が煮詰まっていて血迷った結果なのである。

 

 だったら。

 こっちも反則チートを使うしかない。

 本来、ゲームには登場しない超絶美少女を。

 

「アタシたちの今の実力じゃ、後方支援が精一杯だから。絶対に戦いにでないって約束して!」


 これもフラグか。

 内心ではそう思いながらも、聖女は超絶美少女おじさんのことを考える。

 そして、祈るのだ。

 早くきて、と。



 シエズハオの背後にいる家令は驚いていた。

 おじさんが贈ってくれた装備のデキにである。

 

 黒地をベースとした細身シルエットのチェスターコート。

 いつもの執事服の上に羽織っただけであるのだが、隠蔽の効果が高すぎる。

 おじさん式の陰魔法といったところだ。

 

 敵であるシエズハオはもちろん、味方である騎士たちさえ気づいていない。

 家令はただ散歩をするように近づいただけなのだが。

 

“やれやれ”と内心で苦笑しながら、家令は手にしたナイフで背中から心臓を正確に突き刺した。

 このナイフも天空龍シリーズである。

 抵抗を感じることもなく、ナイフの刃がシエズハオに吸いこまれていく。

 

「がふっ」

 

龍焔メギド


 すぐさまにナイフにこめられた魔法を発動する。

 赤黒い炎がシエズハオの身を内から焼く。

 

 目から、口から、耳から赤黒い炎が噴きあがる。

 そのまま膝から崩れ落ちるシエズハオだ。

 

 ナイフを引き抜いて、家令は未だに炎に焼かれるシエズハオを見る。

 

「ふむ。存外、大したことがない」


「な、なんだ! 急に火がでたぞ!」


 騎士たちが叫ぶ。

 その間に未だに儀式を続ける邪神の信奉者たちゴールゴームを片づけようと家令が動く。

 一歩、踏みだした瞬間。

 その場を跳び退る家令である。

 

 シエズハオの肉体から炎がさらに噴きあがったのだ。

 それは周囲にも拡散していく。

 騎士たちの中には、火に焼かれた者もいた。

 

「かかか。やってくれるじゃねえか! ええ、おい!」


 火に焼かれたまま、身体を起こすシエズハオ。

 その姿はまさに炎の魔人であった。

 

「まさか、この姿になろうとはなぁ」


“けええええ”とシエズハオは甲高い声をあげた。


 その身体が徐々に火の鳥へと姿を変えていく。

 マズいと判断した家令はシエズハオに対して、再びむかっていくのであった。

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