第304話 おじさん不在の王都近郊の戦いが終結する


 アメスベルタ王国貴族とて一枚岩ではない。

 貴族たちによる権力闘争。

 それによる被害者がでるというのは世の常である。

 

 学園長はロッケンの不死の秘密を見たときから引っかかっていた。

 どこかで見たことがある、とずっと思っていたのだ。

 

 ――そう。

 かつての教え子の中に、特殊な魔法を得意とする者がいた。

 それを思いだしたのである。

 

 その特殊な魔法とは自らの分身を作るものだ。

 術者を含めて、最大で十体まで分け身を作ることができる。


 ただし、分け身の力は術者の力を等分にわける必要があった。

 つまり十体の分け身を作った場合、術者の実力は十分の一にまで落ちる。

 

 直接的な戦闘にはむかない。

 だが諜報などの後ろ暗い仕事にはむいている。

 

 その魔法を使っていたのが、ローロイズ・ブロッケン。

 ブロッケン子爵家の長男である。

 

 学園長が直接に教えていたわけではない。

 ただ学園の教師から面白い生徒がいるという話は聞いていた。

 

 王国貴族は建国王の言葉により、戦闘においては真正面から戦いたがる。

『弱き者の剣となり盾となる』は、それだけ貴族にとって重いものなのだ。


 だが戦闘において重要なのは戦場に立つ者だけではない。

 敵の情報を収集し分析する者や、後方支援全般がなければ勝利が遠のく。


 そうした役割を王国貴族は敬遠するのだ。

 だからこそ諜報分野で役立つ魔法を得意とする生徒は目立っていた。

 

 しかし、ブロッケン子爵家は貴族の政争に巻きこまれてしまう。

 結果、その責任をとらされるかたちでお家は取り潰しとなった。

 

 学園長も事を知り動いた。

 だが、短期的には嫡男であったローロイズの助命で精一杯であったのだ。

 

「ワシを誰じゃと思っておる。学園に在籍した生徒のことなら覚えておるわい」


 時間はかかったけど、とは言わない学園長である。

 

「まさか魔に身を落としていたとはな」


「ふん! 王国がした仕打ちを忘れたとは言わせんぞっ!」


「まぁあれが正義じゃったとは言わんわい」


「ならばっ! ここで死ねぃ!」


 陰魔法で姿を消すロッケン。

 だが、既に分け身はすべて失われてしまった。

 つまり自身に残されたのは、一割の力しかないのだ。


「まったく罪深いことをしたもんじゃのう」


 ブロッケン子爵家に責任を押しつけた伯爵家当主。

 その脂ぎった顔を思いだして、学園長は思わず顔をしかめた。

 ちなみに、その伯爵家当主は既に故人である。

 

 学園長が行った調査によって、ブロッケン子爵家の名誉は回復された。

 そして、黒幕であった伯爵家は断絶。

 一族根切りという結果になっている。

 

「まぁ信じるも信じないもお主の勝手じゃがのう。既にブロッケン子爵家の名誉は回復されておる」


「だからどうしたっ! 今さら名誉がどうのこうのと!」


 黒閃光スレイが放たれるも、学園長には通用しない。

 既に見切られている。

 シンプルな魔法であるが故に、少ない回数で仕留めないといけないのだ。

 

 だが、ロッケンには他の戦術がなかった。

 彼にできるのは闇にまぎれ、姿をくらまし、攪乱して不意をつく。

 

 その戦術のネタが割れているのだ。

 既に学園長の敵ではなかった。

 

「そりゃあそうじゃのう、すまんな。まぁじゃからと言って、お主に手心を加えることはできん!」


「上等だっ!」


 ロッケンが姿を消したまま叫ぶ。

 その瞬間であった。

 

 少し離れた場所で大きな炎があがる。

 軍務卿がはしゃいでいるようだ。

 

 その炎の音にまぎれて動く者がいた。

 ロッケンである。

 

「それは悪手だよ」


 父親はいつの間にかサングラスをかけている。

 それはおじさんお手製の対邪神の信奉者たちゴールゴーム用のものだ。

 すっかり忘れていたのを、先ほど思いだしたのである。

 

 無造作に剣を横薙ぎに振るう。

 それだけで父親の剣はロッケンの足を両断していた。

 

「なんじゃい、スラン。 その怪しげなアイテムは?」


「ああ、これもリーちゃんが贈ってくれました」


「ぐぬぬ……後できっちり話してもらうからの!」


 と、言いつつ学園長は地面に転がるロッケンに向き直る。

 

「さて。最後に告げておこうかの。お主の甥にあたる者が今はブロッケン子爵家の当主として励んでおる。今回の件は、ワシらの間でのみにとどめておく。それがお主に対する手向けじゃ」


「……責任はとらせないってことか」


「そこまで言うのは野暮じゃろう」


 にぃと笑う学園長である。

 

「そこは言質を与えてやってもいいでしょうに」


 苦笑いをうかべる父親。

 それに対して、学園長が頷いた。

 

「まぁよかろう。此度の騒動はあくまでも邪神の信奉者たちゴールゴームの不死魔人ロッケンが起こしたもの――でよいか?」


 学園長の答えに満足したのか、ロッケンはうなだれた。

 

「……殺せ」


 学園長がその言葉に頷いて介錯をする。

 ちょんぱされたロッケンを火魔法と土魔法を使って埋葬する学園長であった。

 

「さて、スランよ。ヴェロニカも動いておるのじゃな?」


「もちろん。ちょおっと不安ですが」


「……まぁいいじゃろう。多少の被害は織り込みずみじゃ」


「リーがいないときでよかったのかな」


 ヴェロニカとともに娘が立つ。

 そんな場面を想像するだけで、不安が残る父親だ。

 

「ふん。ワシらの目が黒いうちから子どもに責任を負わせてどうするんじゃい!」


 学園長の叱咤にそれもそうだと思う父親であった。

 

「どぅわああああああああ!」


 学園長と父親の間を、大声をあげて走り抜けていく軍務卿。

 完全にパイン・ウィンド弐号に振り回されている。

 

「スラン! この馬はどうなってんだあああああ!」


 どうにも締まらないその姿に、学園長と父親は揃って笑い声をあげるのであった。

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