第303話 おじさん不在の王都近郊にて父親が参戦する


「ちぃっ! 爺様っ! まだいけるか?」


 愛槍を振るいながら、軍務卿は百鬼横行パレードの先陣となる魔物を叩く。

 背後にいる学園長もまた魔力を節約するために槍を振るっていた。

 

「まだいける。じゃが大きいのは二発、いや三発じゃな」


 もちろんブラフである。

 無理をすれば五発はいけるが、邪神の信奉者たちゴールゴームの幹部がまだいる。


 今も木陰や魔物の群れの中から、散発的に黒閃光スレイを撃ってくるのだ。

 さすがに直撃することはない。

 が、精神こころを削がれてしまう。

 

 実にいやらしい戦法であった。

 自身は姿も見せずに、百鬼横行パレードを盾にしてくる。

 お陰で居場所は掴んだものの、そちらに集中できない。

 

 パルコレーバーとは、まるで正反対だ。

 実力があるからこそ、小細工をしないパルコレーバー。

 対して、ロッケンは絶対に姿を見せずにチマチマと削ってくる。

 

 このロッケンの戦術。

 学園長はどこかで引っかかるものがあった。

 それを先ほどから、どうにか探っているのだ。

 

「いい加減に面倒じゃな」


 既に通信弾となる花火の魔法は打ち上げてある。

 で、あれば応援がくるまで粘るのみだ。

 消極的な方法だが、百鬼横行パレードの前では仕方がない。

 

 面倒。

 本当に心からそう思う。

 だが、ここで切れてしまってはダメなのだ。

 

 じり貧の状況ではある。

 だが、粘ることでしか状況を改善できないのだ。

 

世紀末覇王突撃ラ・オーラ!!】


 膠着していた状況を打破する起死回生の一撃であった。

 真っ黒な巨馬に乗った父親の登場である。

 

 巨馬ごと赤黒いオーラを発した父親が突進して、魔物の群れに突撃していく。

 魔物が踏み潰され、蹴り飛ばされ、ついでに父親が馬上から魔法を撃ちこむ。

 

「ドイル! 苦戦しているようだね!」


 ハッハーと笑いながら、得意満面の父親であった。


 もちろんおじさんお手製の鎧を装備ずみだ。

 ちなみに父親が乗っているのはパイン・ウィンド弐号である。

 おじさんの愛馬であるパインちゃんよりも、一回り身体が大きい。

 

 体高だけで二メートルほど。

 漆黒の馬体に、カラスの濡れ羽色をした艶やかなたてがみ

 剛健さと美しさ、そして威厳まで兼ね備えた馬であった。

 

「スラン! おまっ……その馬、どこで手に入れたっ!」


「ハハハ。羨ましいかい? これはね、うちのかわいいかわいい娘からの贈り物だよ!」


 ちょっと口を滑らせてしまう父親であった。

 

 擬似的な魔法生物。

 カラセベド公爵家では、もう当たり前の存在だ。

 父親が愛してやまないマッサージチェアだってそうなのだ。

 

 だがこの時代では逸失技術ロスト・テクノロジーである。

 そのことを父親はつい忘れてしまっていたのだ。

 久しぶりとも言える戦場で、高ぶっていたのも影響したのかもしれない。

 

「スランっ! リーが贈ったじゃと!?」


 学園長が叫んだ。

 そのことで自分の犯してしまった失敗を即座に理解した父親である。

 

「おほん。学園長、我が公爵家は名馬の産地ですからな!」


 ただの馬だとポーカーフェイスで強弁する父親であった。

 さすがに交渉経験の豊富さがでた形だ。


「ズルいぞ! お前ばっかり!」


 そこに軍務卿が割りこんでくる。

 父親にとっては有耶無耶にするいい機会であった。

 

「ハッハッハ! ドイルよ、これは胃の痛みと引き換えに手に入れた名馬だよっ!」


 ひらり、と馬から下りる父親だ。

 その瞬間を狙っていたのだろう。

 黒閃光スレイが放たれた。

 

 だが、父親は慌てることもなく、バサリと音を立ててマントで身を隠す。

 黒い閃光が直撃するも霧散してしまうのだ。

 

「ドイル、提案がある!」


 父親が軍務卿にむかって言う。

 

「本当に本当にイヤなんだが、一時的に我が愛馬への騎乗を認めようじゃないか」


「なにぃ!?」

 

 驚愕といった表情になる軍務卿である。

 

「騎乗したままの戦闘はお前の方が得意だろう? 今は個人的な感情にとらわれている場合じゃない」


 わかるよな? と問いかけるような口調であった。

 

「ついでにこのマントも貸してやる。いい的になられては困るからな」


 ちぃと舌打ちをする軍務卿。

 彼とて矜持がある。

 だが、昔馴染みの言うように個人的な感情にとらわれている場合ではない。

 

「しゃあねえ! スラン、ここは借りておく」


“おう”と軽く拳を突き合わせる軍務卿と父親であった。


 父親からマントを受けとり、身につける軍務卿。

 そしてパイン・ウィンド弐号に跨がる。

 

「ここは任せて、雑魚を蹴散らしてこい、ドイル!」


「ハっ! お前に言われるまでもねえ!」


灼熱突貫大爆レッド・チャリオッツ!!】

 

「ちょ、この馬おかしくねえかあああああ!」


 軍務卿がとまどいの言葉を残して魔物の群れに突っこんでいく。

 

「スランよ、ワシの目は誤魔化せんぞい!」


 じとっとした粘度の高い視線を送る学園長である。

 

「さて、なんのことでしょうね?」


 あくまでも白を切る父親であった。


「まぁいい。今はそのようなことを問いただしている状況じゃないわい」


「雑魚はドイルに任せておけばいいでしょう。問題はこちらですが……」


「うむ。もう既にあやつの魔力は覚えておる」


「ならば私が降りかかる火の粉を払いましょう」


「頼んだぞ」


 首肯する父親である。

 そして、腰の剣を抜いた。

 

「少々、手荒くいきます。と言うか、まだうまく制御できないのですよ」


 父親はシャリバーンに魔力を纏わせる。

 そして、そのまま横薙ぎに振るう。

 シャリバーンの軌跡に合わせて木々が切断されていく。

 

 一瞬にして森が拓けてしまった。

 ついでに上下が泣き別れになったロッケンが二体・・

 

 その光景に一瞬だが、父親も学園長も唖然となる。

 

「……スラン」


「ね。うまく制御できないでしょ?」


「まったく。リーは大物じゃのう」


「ま。リーちゃんですから」


「そうじゃのう」


 と言いつつも、学園長はロッケンの死体に気を配っていた。

 それはしばらくすると、霧散するように消えていく。

 先ほど学園長が始末をつけた死体に関しても同様だった。

 

「……スラン、もう二度、いや三度か」


 学園長が指をさして指示をする。

 その方向にむかって父親が三度、剣閃を飛ばす。


「さて、不死魔人のロッケンよ、観念せい!」


 学園長が叫ぶ。

 その視線の先から、ロッケンが姿を見せた。

 

「なんだよっ! そいつの剣はっ! そんなのおかしいだろが!」


 悪態をつくロッケン。

 その言葉にビキビキと額に血管をうかべる父親であった。


「……殺す」


 脅しの言葉ではない。

 心の底から震えが起きるような父親の声であった。


「待て、スラン。そやつには少し聞きたいことがある」


 そう学園長には確認したいことがあったのだ。

 

「ロッケン。いや、ブロッケン子爵家のローロイズじゃな?」


「はぁ? なんで、なんで知ってるんだ!」


 顔色を大きく変えるロッケンであった。

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