第302話 おじさんの母親と侍女の戦いが決着する


 軍務閥に属する法衣男爵家の三女。

 それが侍女の生まれである。

 学園を卒業した後に、冒険者になって活躍した。

 少々血気盛んだった彼女についた二つ名が血塗の乙女スカーレット・メイデンである。

 

 強敵。

 そう強敵なのだ。

 目の前にいるパルコレーバーは。

 

 基本的にはバカである。

 正しく鳥並の知能しかないと思う。

 だが、その身体能力と魔力は本物だ。

 

 冒険者の時代を振り返ったとしても、ここまでの強敵は記憶にない。

 と言うか、だ。

 おじさんと過ごす日々で、彼女自身もかなりの努力をしていた。

 

 だって、おじさんは日に日に腕をあげていくからだ。

 武術にしても、魔法にしてもだ。

 いずれ追いつかれ、追い抜かれるという確信はあった。

 

 だが、その日をなるべく引き延ばすべく侍女は努力をしたのだ。

 恐らくは人生で最も努力をした日々だったと思う。

 

 それでもおじさんは、あっさりと侍女を追い越していった。

 ただ悔しさを感じることはなかったのだ。

 

 強くなろうがなんだろうが、おじさんが変わらなかったから。

 強さを鼻にかけることもなく、溺れることもない。

 いつもと同じであった。

 

 とびきり愛らしくて、ちょっと抜けている。

 そんなおじさんが侍女は愛おしくてたまらないのだ。

 

 自らが敬愛し、主と定めたおじさんが贈ってくれた天空龍の素材を使った装備。

 この装備もおじさんについていこうとした努力がなければ意味がなかった。

 

 いくら性能が良くても十全に扱えなかっただろう。

 つまり、パルコレーバーには歯がたたなかったはずである。

 

「きいいいいいい! なんざますか! その鎧は! 反則ざます! しょっぱい鎧のくせに!」


 パルコレーバーが叫ぶ。

 文句のひとつも言いたくなるだろう。

 なぜなら鎧がなければ、致命的と言える攻撃が決まったからだ。

 

 だが、侍女は傷ひとつついていない。

 天空龍の鱗はその防御力も桁外れである。

 逆にパルコレーバーの爪が欠けるほどであった。

 

「…………二度目、ですね」


 上空にて文句を言うパルコレーバーを睨む。

 身体強化の魔法は得意だが、遠距離での魔法は苦手な侍女である。

 空を飛ぶパルコレーバーとの相性は悪い。

 

 だが、自分が任されたのは一分。

 その時間であるのなら、勝機があるのも事実だ。

 まだ奥の手があるのだから。

 

 残された時間は約三十秒。

 ほぼ確実に魔力切れになるだろうが、侍女は腹を決めた。

 

 おじさんの贈ってくれた大切な鎧をバカにされるのは我慢できない。

 後のことはもう考えない。

 恐らくはまだ襲撃は終わらないはずだ。

 

 そこで役に立てなくても、この場であの愚か者を制裁すると決めたのだ。

 

超身体強化ウォォォーーム!】


 侍女にとって身体強化は慣れ親しんだ魔法である。

 その上を行く、おじさんが開発した身体強化の魔法は身体への負担も大きい。

 だから奥の手なのだ。

 

 ずくん、と脈打つ身体。

 それと同時に万能感に満たされてしまう侍女である。


 バカみたいに跳ね上がった身体能力の前では敵などいない。

 そう錯覚してしまうほどに強化されるのだ。


「とうっ!」

 

 ただの跳躍である。

 が、侍女の身体は一瞬でパルコレーバーよりも上空にあった。

 くるりと一回転して、足を突きだす。

 

「はれ? どこ行ったんざますか!」


 暢気なことを言うパルコレーバーの上空から侍女が恐ろしい勢いで降ってくる。 

 

【ほっぱああああきぃいいいいっっっく!】


 細かい魔法制御が苦手な侍女である。

 で、おじさんはトリガーワードで発動する必殺技を仕組んでいた。

 もはや悪のりである。

 

「ぎぃやああああ」


 パルコレーバーの頭を踏みつけるような形で、そのまま地面へと降下していく。

 ずぎゃん、と派手な衝突音とともに、大地に穴が穿たれた。

 

「なんなんざますか! 人の頭を踏みつけるなと教わらなかったざますか!」


 ハルピュイアとなり、上空から踏みつける攻撃を得意とするパルコレーバーである。

 

 ――お前が言うな。

 

 そう口にしたかったが、侍女は次の攻撃に移る。

 

【メイド・サンダー・フェノメノン!】


 侍女の鎧全体から電撃が放出される。


「あばばばばばば」


 なにかが焼ける臭い。

 それでも手を緩めることはなかった。

 あらん限りの魔力を使って電撃を放出する。

 

「よくやったわね! 退きなさい!」


 そこで母親からの声がかかった。

 最後の最後に力振り絞って、侍女がその場から退く。

 

「円環の理の外から訪れし、ボ・クーとの契約をもって魔を導く存在となれ」


 母親が印を結ぶ。

 同時にパルコレーバーが居る穴を中心として。積層型の立体魔法陣が出現する。

 

「追放されし者どもの大祭を喝采せよ、不徳のなす悪徳の夜にほむらを捧げよ、サ・クラーの献身を、ミーキの絶望を、トモー・エイの信念を、不遜にしてさえずれ!」


狂気の夜ヴァルプルギルス・ナハト!!】


「な、なんざますか! こんな魔法は知らないざます!」


 パルコレーバーが叫ぶ。


「はああん? なんざますか! なんざますか!」


 積層型立体魔法陣の中が、どす黒く粘性の高い液体で満たされていく。

 そこへ顕現するのは、凶悪な牙を隠そうともしない手足の生えた魚に似たなにかの群れである。

 

「いただだだ! ざます!」


 その魚に似たなにかはパルコレーバーに喰らいついていた。

 一匹一匹は小さい。

 だが、次から次へと群れとなって襲ってくるのだ。

 

「ふぅ……巧く構築できたわね」


「奥様、あれは禁呪なのでしょうか?」


「そうね、本来は水場全体を変えてしまうものよ」


「それを積層型の立体魔法陣で限定した、と」


「まぁそれもあるのだけど、リーちゃんが言ってた陰魔法で逃げられると面倒だもの」


「…………確かに」


 ちらりと、パルコレーバーに目をやる侍女である。

 もう既に身体の半ばを喰われていた。


 いかに高い再生能力を持っていたとしても、だ。

 再生する端から喰われてはたまらない。

 

 結果、パルコレーバーの心は折れてしまったようである。


「ふふふ。これはいいわね。禁呪をどこでも撃てるようになるわ!」


 物騒なことを言いながら、母親は侍女におじさん特性のお薬を渡す。

 満タンとまではいかないが、魔力を回復させる効果があるものだ。

 

 侍女がひと息でお薬を飲む。


 しばらくして積層型立体魔法陣が霧のように消えていく。

 後に残されたものは何もなかった。

 

「奥様、応援にむかいますか?」


「んーそうね、学園長の方はスランがむかうはずだけど。ちょっと足を伸ばしてみましょうか」

 

「畏まりまし……」


 その瞬間である。

 王都の方向で異常な魔力の高まりがあった。

 侍女と母親はすぐさま踵を返す。

 嫌な予感を覚えながら。

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