第301話 おじさんタオティエを救ってしまう


 おじさんが知る身体強化とは魔力を循環させることが要諦であった。

 循環させて活性化することで、より身体能力を高めることができる。

 だが、この魔法は実に奥が深いとわかったのは最近のことだ。

 

 具体的にはおじさんが神眼を得て、魔力が見えるようになってからである。

 この世界における身体強化の魔法はトリガーワードで発動しない。

 それは異質なことなのだ。

 

 だが、おじさんもそういうものだと思いこんでいた。

 だってそう教えられてきたのだから。

 なんとなく・・・・・で使いこなせていたわけである。

 

 しかし、神眼を得て身体強化をした自分を見て改めて気づいたのだ。

 この魔法の異質さに。

 魔力循環をすることで自然と身体能力が高くなる。


 ただ、その割合はかなり低い。

 なので気づきにくいのだ。

 調子いいなぁくらいで終わってしまう。

 

 一方で明確な身体強化をする意思を持つことで割合が大きくなる。

 その差はどこからきているのか。

 意思が魔力に作用しているのは明白であった。

 

 では、身体強化というふわっとしたイメージではなく、具体的なイメージを持てばどうか。

 結論から言えば、おじさんの仮説は正解だった。

 ただし一部を強化するだけでは、強化されていない部位との差がでてしまう。


 例えば右足を強化して、左足を強化しない。

 これで走ろうとしても、うまく走れないのだ。

 右と左で差がありすぎてしまうから。

 

 そんなこんなの実験を繰りかえして、おじさんはたどりついた。

 身体強化とはなにか、を。

 

「いきますわ!」


【シン・身体強化!】


 おじさんは魔力を細胞のひとつひとつにまで浸透させる。

 当然だが脳みそなどの臓器も含まれる・・・・・・・


 つまり、クロックアップだ。

 大幅な身体能力の上昇に加えて、脳の処理能力が引き上げられる。

 

 迫りくるタオティエの魔力弾がスローモーションのように見えた。

 躱し、いなし、手にしたお手製の三日月宗近をもって切り裂く。

 弾幕を切り抜けた瞬間であった。

 

 タオティエの姿が見えない。

 そう認識したのと同時におじさんはその場を跳び退すさる。

 おじさんが退避を終えたのと同時に、巨体が上空から降ってきた。

 

 タオティエは弾幕を目くらましにして、跳び上がっていたのだ。

 その巨体が地面に落ちるのと同時に、大きな地響きが起きる。

 床が壊れて、石つぶてが舞い上がった。

 

 おじさんは逆に好機と見て、タオティエの体勢が整う前に仕掛ける。

 一足で間合いに踏みこむと、呼気とともに刃を振り下ろす。


 狙いはねじれた角。

 おじさんの手には斬ったという感触すらなかった。


 しかし、そのようなことを気にする暇もない。

 振り下ろした刀を止めて、切り返しでもう一方の角を狙う。

 

 攻撃を終えたおじさんは、再び跳び退った。

 

 この一連のおじさんの動きを、迷宮核ダンジョン・コアは把握できないでいた。

 ただ、タオティエの角がずるりとずれて落ちたのを見て驚愕していたのだ。


 あの角は最大の武器でもあり、タオティエの要とも言えるものだから。

 以前、暴走したときに戦った折りにも傷ひとつつけられなかった。

 だから、おじさんにも弱点だと告げなかったのだ。

 

 仮に弱点だと知っても、傷つけるのは難しい。

 逆にそこに固執することで戦術の幅が狭まると判断したからである。

 

「こっちで正解だったようですわね」


 そう。

 おじさんは魔力を異常に乱す原因を二つに絞っていた。

 ひとつはタオティエの全身を包む羊毛のような毛。

 

 今ひとつはタオティエのねじれた角である。

 明らかに異様なまでの魔力を放っていたのが理由だ。

 

 そして攻撃しやすい方を選択したのである。

 ただ角単体でも魔力を吸収し、乱す効果があるのだろう。

 若干マシにはなったものの、まだ場の乱れは治まっていない。

 

「ぐもおおおおお!」


 痛みによるものか。

 それとも角を斬られた怒りによるものか。

 タオティエの咆哮は、今までよりもさらに大きなものだった。

 

「未だに闘志は折れませんか」


 おじさんは構えを八相から、左片手一本突きへと変える。

 姿勢はやや前傾。

 左の肘は引き、切っ先はタオティエへ。

 

 刃先は外側へ寝かせる。

 右手は刀身に添えるように伸ばす。

 

 本物の剣術にはない構えだ。

 もちろん、おじさんにとっては馴染みがある。

 

 タオティエとおじさんの視線が絡む。

 一瞬のにらみ合い。

 先に動いたのはタオティエであった。

 

 雄叫びをあげながらおじさんに突進してくる。

 

「その意気や良し、ですわ!」


 にぃと笑って、おじさんもまた目にもとまらぬ速度で前傾姿勢のまま突進した。

 ほど良き間合いで、震脚。

 前へ進もうとする慣性の力を脚部、腰部で伝達する。

 

「牙凸っ!」


 爆発的な力を一点に集約させる。

 おじさんの強化された身体能力をもって、捻るようにしてだされた突き。

 それはタオティエの額へと吸いこまれるようにぶつかる。

 

 その瞬間、おじさんは小さな魔法を発動させた。

 巨躯であるタオティエと三日月宗近が真正面からぶつかり、それを完全にとめてしまう。

 

「ぐ……もお……お……」


 ばたり、と地響きを立てて、横倒しになるタオティエであった。

 

「ふぅ。なんとか成功しましたか」


 おじさんが使ったのは対物理障壁である。

 いかにタオティエと言えど、三日月宗近を正面から突き込めば貫いてしまう。

 なので、貫かないように障壁を切っ先にのみ張ったのだ。

 

 それによって衝撃のみがタオティエに伝わった。

 結果、脳震盪を起こしてしまったのである。

 

 複雑な身体操作を行いながら、同時に魔法が生成されにくい環境で発動させてしまう。

 正しくおじさんの身体強化が作用しているからこその芸当であった。

 

「魔法を使っても大丈夫そうですわね」


【女神の癒し】


 おじさんが状態異常を解除する魔法を発動させる。

 まだ若干だが発動させにくい。

 だが、タオティエにもその効果がでているのは、おじさんの神眼にも明らかだった。

 

 数分という時間をかけて、ゆっくりと呪いを排除するおじさんである。

 呪いを除去したところでタオティエに治癒魔法をかけておく。

 おじさんが切断した角も元通りだ。

 

「……ふぅ。これでよろしいかしら、ヘビちゃん」

 

 迷宮核ダンジョン・コアを見て、微笑むおじさんである。

 この迷宮ダンジョンの守護者とまで、タオティエのことを言っていたのだ。

 それに再会したときに見せた表情。

 

 すべてを鑑みれば、迷宮核ダンジョン・コアがタオティエを大切に思っていると推察するのは難しくなかった。

 だから、おじさんは全力をだして救ってみせた。

 

『……御子様。まさかタオティエまで救っていただけるとは』 

 

「大事な存在だったのでしょう?」


『…………はい』


「辛かったですわね。大事なお友だちを殺す決断をするなんて」


『…………はい』


「でも、もう大丈夫ですわ! 呪いも解除しましたから」


『…………はい』


 色鮮やかなヘビである迷宮核ダンジョン・コアの目から涙が流れる。

 

「この角はこちらで預かります。しばらくすれば魔力の異常も落ちつくでしょう」


 おじさんは床に落ちていた、ねじれた角を宝珠次元庫へと収納してしまう。

 

『ありがとうございます…………ありがとうございます』


 そのときであった。

 ぽん、と音を立てて、タオティエの姿がおじさんと同年代の女の子に変化した。

 真っ黒なもこもこの髪に、羊のような角が生えた少女だ。


“ううん、いででで”と声が聞こえてくる。


「ありり? ここどこだお?」


 周囲をキョロキョロとするタオティエ。

 

『タオちゃん!』


 迷宮核ダンジョン・コアが、空中を進んでタオティエにぶつかる。

 

「ぶわ。コーちゃん、コーちゃんだお!」


 感動の再会に水は差すまい。

 おじさんは静かにその場を後にするのであった。


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