第300話 おじさんタオティエと戦う


 タオティエ。

 漢字にすれば饕餮とうてつとなる。

 中国神話における四凶の一角だ。

 

 なんでも食べるというバケモノである。

 ちなみに「饕餮之徒」は中国では大食漢、いわゆる大食いの人を指す。

 

 扉を開けると、そこは広めの体育館ほどの大きさの部屋だった。

 石造りなのは変わらない。

 ただ、全体的にボヤッとした光を放っていて、暗めではあるが見えないことはない程度に明るい。

 

 タオティエはどうやら眠っているようだ。

 香箱座りのような姿勢で、ピクリとも動かない。

 おじさんが見たところ、全長が五メートル程度はある。

 縦横ともに三ナンバーの大型車程度だろうか。

 

 黒色のモコモコとした体毛は羊を思わせる。

 凶悪な顔つきだが、少しだけ人間寄りだ。

 頭部にはねじれた角が二本生えている。

 

「あれがタオティエですか」


『……はい、御子様。今は眠っているようです』


 迷宮ダンジョンコアの様子が少しおかしい。

 目を細めて、どこか懐かしいような雰囲気を醸しだしていた。


「んーちょっと魔法を撃ってみましょうか」


 おじさんはいつもより時間をかけて魔法を生成する。

 そう、時間をかければできるのだ。

 とても実戦では使い物にならないが。

 

【氷弾・改三式】


 おじさんの手から射出された氷弾が命中する。

 しかし、体毛に触れたところで拮抗していた。

 三式は魔力を食う。

 

 同質の力がぶつかって拮抗しているのだ。

 しかし、氷弾とタオティエでは大きさの不利がある。

 結果、タオティエの能力が勝って、氷弾は吸収されてしまった。

 

 あの体毛が魔力を吸収するのだろうか。

 少なくともおじさんの神眼にはそう見えた。

 

 だが、結論をだすのは早計である。

 もっと特殊な能力を持っているかもしれないからだ。

 

 より大きな力を使って魔法を放てば勝てるだろう。

 ただ確信が持てない。

 

 また、大きな魔法を使うためにはかなりの時間がかかる。

 この状況においては、かなり厳しいものがあるはずだ。

 

「なるほど。魔法を生成するのにも時間がかかりますし、今回は物理でいきますか」


 んーと考えるおじさんである。

 武技の才能(極)を持つおじさんは、それこそ武芸百般だ。

 最も得手とするのは剣術。

 

 前世では武術とは縁のなかったおじさんである。

 今生で初めて剣を握ったのだが、最初から手に馴染んでいたのだ。

 それは不思議な感覚だった。

 

 まるで分かたれていた半身を手にしたような思いだったのである。

 当然、振るえばそれこそ手足のように扱うことができた。

 

 だからこそ、おじさんは剣術を使わないようにしていたのだ。

 他の武器術や格闘術を磨くことに精をだしてきた結果が今のおじさんである。


 今にして思えば、チートをくれた女神様の趣味かなにかだとも思う。

 

「今回は強敵のようですし……やってみますか」


【三日月宗近】


 トリガーワードに従って、おじさんの手に刀が召喚される。

 天空龍の牙を素材に使った業物だ。


 おじさん、実は日本刀の名前が非常に好きなのである。

 実に心をくすぐるものが多い。


 骨喰藤四郎にはドキューンと心を抉られたものである。

 ただ骨喰藤四郎は薙刀直しの脇差しだ。

 おじさんは太刀が作りたかったのである。

 

 太刀とは古い時代の刀で反りが深く、打ち刀よりも長大。

 対するは打刀は太刀よりも反りが浅く、短い。

 

 実は一度だけ、おじさんは三日月宗近を見たことがある。

 展示会に足を運ぶ機会があったのだ。

 そのときの印象が深く心に刻まれている。

 

 ――美しい。

 ただ、ただそう思った。

 その記憶を元に再現してみたのが、おじさんの手にする刀だ。


 刀身の色こそ違えど、その反りや刃文にいたるまで再現できた。

 おじさん自慢の一品である。

 

 神秘的な雰囲気を漂わせる白銀の鎧を纏う超絶美少女。

 それが日本刀を手にしている姿はサマになるものだ。

 

 武器を手にしたおじさんの姿を見た迷宮ダンジョンコアは思わず息を漏らしていた。

 戦女神のごとき姿に魅了されてしまったのだ。

 

「ヘビちゃん、あの子を起こしてくれますか?」


 寝ている相手に奇襲をかける方が賢い。

 しかし、おじさんはそれを良しとはしなかった。


「申し訳ありません、御子様。私ではなんとも……」


「そうですか」


 ふむ、と頷いたおじさんはトコトコと歩いてタオティエに近づく。

 そして、三日月宗近を横に薙ぐ。

 もちろん峰打ちである。

 

 強烈な一撃であった。

 なにせタオティエの巨体が、ごろんと回転したのだから。

 おじさんの身体強化がおかしなレベルになっている証左だろう。

 

「ぐもおおおおお!」


 強烈な一撃で目覚めたタオティエが吼える。

 紅葉色をした目がおじさんを捉えた。

 

 敵だと認識したのだろう。

 立ち上がったタオティエは、威嚇するように咆哮をあげる。

 

「さぁ、やりましょうか?」

 

 言いつつも、おじさんは刀を構えない。

 右手に持った刀をだらりと下げている。

 

 新陰流でいう無行の位だ。

 構えをとらないことで、隙を作らない。

 

 咆哮。

 そして、突進。

 頭を下に下げて、角を前にだす。

 そのままかちあげるのが目的だろう。

 

 むろん、正面から受けとめるような愚はおかさない。

 するりと足を捌いて、マタドールよろしくタオティエの突進を躱す。

 牛ではなく、凶悪な羊っぽいのだけど。

 

 二度、三度と躱すおじさんである。

 タオティエもまた四度目の突進をする前に足をとめた。

 

「んん、違和感が拭えませんわね」


 おじさんはずっと観察していた。

 タオティエのことを。

 そして、自分の身体強化のことを。

 

 おじさんが違和感を覚えるのは前者である。

 タオティエの魔力にはこごりがあるのだ。

 恐らくはそれが暴走の原因だと推測できる。

 

 こういうときにトリスメギストスがいれば、と考えて気づく。

 

『主よ、この魔力の澱み方を覚えておくといい。これは呪いであるな』

 

 かつて、トリスメギストスが言った言葉だ。

 そう、見たことがある。

 この魔力の澱み。

 

 ルシオラ嬢とエンリケータ嬢の母親に使われていた呪いだ。

 その呪いと似たような魔力のこごり。

 

 なるほど。

 納得しながら、おじさんはちらりと迷宮ダンジョンコアを見た。

 

 タオティエの暴走をとめることはできる。

 問題は女神の癒やしを使っても魔力を吸収されてしまうことだ。

 それでは意味がない。

 

 では、タオティエの魔力吸収能力を一時的にでも機能しなくすればいい。

 

 結論をだしたおじさんは、ふぅと息をはく。

 

 また邪神の信奉者たちゴールゴームが関わっているのか。

 というか、だ。

 そんなに古い時代からいたの、と思うおじさんだ。

 

 卑劣な手段を得意とするのは変わらない。

 それが腹立たしい。

 

「やりますか!」


 おじさんは無行の位から八相の構えに切り替える。

 野球のバッティグフォームに似た構えだ。


「ぐもおおおおお!」


 タオティエが雄叫びをあげる。

 ねじれた角に魔力が集まり、バチバチと音を立てた。

 それが無数の球体となって、おじさんにむかってくる。

 

 同時に、タオティエの巨体が突進してきた。

 

「おもしろくなってきましたわ!」


 かつてない強敵との戦いに、ワクワクとした表情を隠せないおじさんだ。

 なんだかんだで、おじさんもきっちり戦闘狂バトルマニアの血を継いでいるのであった。

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