第299話 おじさん古代遺跡にて魔法使いを語る


 エメラルドグリーンの鱗と深紅の翼を持つ蛇に、先導されるおじさん一行である。

 身をよじらせながら、くねくねと地を這うように空中を進む後ろ姿を見ておじさんは思う。

 なんのために翼があるのだろう、と。


 迷宮ダンジョンコアは魔法の力で浮いているのだろう。

 なら翼の役割はどこにあるのだ。

 他愛のないことを考えながら、おじさん一行は神殿の地下へと降りていく。

 

『主よ、ひとついいか』


 おじさんに声をかけたのはトリスメギストスだ。

 

「なんでしょう?」


『うむ。先ほど聞いていたタオティエなのだがな、魔力を喰らうというのなら魔法は使えぬぞ』


 要するになにか対策はあるのか、という話だ。

 おじさんは魔物との戦いで魔法を使って無双してきた。


 しかし、である。

 くだんのタオティエには魔法が通じそうにない。


『主のような魔導師にとって、天敵とも言える存在ではないのか?』


「トリちゃん、わたくしは自分を魔導師だと思ったことはありません」


『バカなことを。主ほどの実力で魔導師でなければなんなのだ』


「わたくしは魔法使いですわ!」


『ふむ。まぁ魔法を使うのだから当然だと言えるな』


 その答えに落胆したような表情になるおじさんであった。


「トリちゃんもわかっていませんわねぇ」


『なにがだ?』


「魔法とはなにか。それは人の夢を、思いを、こいねがう意思を叶える奇跡ですわ!」


 おじさんの言葉を聞いたトリスメギストスは意味を図りかねていた。

 それはおじさんの前世があるからこその言葉だ。

 

 魔法が実在しない世界において、あり得ないものを現実とものとすることを魔法と表現することがある。

 おじさんの言葉は、それを拡大的に解釈したものだ。

 

 魔法が当たり前の存在する世界においては意味がとおらない。

 だって奇跡でも何でもないのだから。

 

 だが、トリスメギストスはおじさんの言わんとすることが何となく理解できた。

 それはおじさんと付きあってきた時間があるからだ。

 おじさんの行動を見てきたからだ。

 

 だから、トリスメギストスは素直に同意できた。

 

『なるほどな。そういう意味では確かに主は魔法使いと言えるな』


“むふう”と満足そうな表情になるおじさんだ。


『だがな、主よ。タオティエに魔法が使えんこととは関係ないぞ』


 そのとおりである。

 だが、おじさんはトリスメギストスの言葉に怯まなかった。

 

「トリちゃん、ひとつ教えてあげましょう。魔法が効かない敵に対する格言です」


 立ち止まって、拳を握る。

 

「レベルを上げて物理で殴ればいいのですわ!」


 まさかのゲーム脳である。

 確かに魔法が効かないのなら物理で殴るしかない。


 そのとおりではあるのだ。

 だが、相手は魔物である。

 それも迷宮ダンジョンの守護を任されるほどの。

 

 さらには何らかの理由で暴走しているのだ。

 それを相手どって物理で殴れるのだろうか。

 

 トリスメギストスが疑問に思っても仕方のない話だ。

 

『ほっ。ほほほほ! ほーほっほっほ!』


 おじさんの言葉に笑い声をあげたのはバベルである。

 身体を少しのけぞらせるようにして、腹を抱えるほどに笑うのだ。

 

『筆頭殿、主殿の仰せのとおりである。魔法が通じぬのであれば殴るのが道理』


 まだ笑いがおさまらないバベルだ。


『いざというときには麻呂がいくらでも身体を張ろう』


『なにを暢気なことを。我は主の身を慮ってだな』


 実に楽しそうな顔をするバベルに食ってかかるトリスメギストスである。

 

『ったく。おバカねぇ。リーちゃんなら心配しなくても大丈夫にきまってンでしょうが』


 水の精霊アンダインが口を挟んでくる。

 

『黙れ! コソコソと企みおって、まったく懲りておらんようだな』


『ふっふーん! 今回はおとがめなしだったもんねぇ』


『バカめ』


 吐き捨てるようなトリスメギストスの言葉であった。

 売り言葉に買い言葉。

 ぎゃあぎゃあとうるさい二人を放置して、おじさんたちは進んでいく。

 

『こなたは天子様の御心のままに』

 

 騒ぐ二人の間をスルリと抜けて、ミタマがおじさんの足にまとわりつく。

 

「ミタマ、もう少し小さくなれますの?」


『天子様がお望みであれば』


 子狐ほどの大きさになるミタマである。

 おじさんは目を輝かせて抱きあげ、天骨の匂いを嗅ぐ。

 

「良い子ですわね」

 

 ミタマを胸に抱いたまま、石造りの回廊を進んでいく。

 タオティエに近づくにつれて、魔力の乱れが酷くなるのがわかった。

 

 そう言えば、空中を飛ぶヘビちゃんがいつの間にか翼を羽ばたかせている。

 身をよじらせて前に進むのは難しくなったのだろうか。

 

 タオティエとの戦闘では、魔法を使いたくても使えないかもしれない。

 だが、おじさんはずっと試していたのだ。

 自らに与えられた魔力支配(極)を。

 

 手応えはある。

 が、それは自身の体内においてだ。

 この調子では身体の外で魔力を形にするのは難しいだろう。

 

 ならば身体強化で戦うのみである。

 

『御子様、そろそろでございます』


 どれだけ進んだのだろうか。

 上ったり下ったりを繰りかえして、ようやくたどりついた。

 回廊の先にはタオティエの紋様が入った金属製の扉が見える。

 

 異常なまでの魔力の乱れがあった。


『主よ、残念ながら我はここまでだ』


『ぐぅ……これはかなり厳しいでおじゃるな』


『ううん……リーちゃん、お姉ちゃんも無理かもぉ』


『天子様、こなたもお役に立てそうにありません』


 使い魔と水の精霊アンダインが、表情にだすほどだ。

 魔力の乱れが相当に堪えるのだろう。

 

 そんな中、迷宮ダンジョンコアのみがまだ元気そうであった。

 ただし使い魔たちと比べて、相対的にという意味である。

 

「仕方ありません。動けそうなのはヘビちゃんだけですか」


 おじさんが確認をとる。

 

『御子様、以前よりもかなり力を増しております。どうかお気をつけください』

 

 首肯するおじさんである。

 そして、まだ動ける迷宮ダンジョンコアを連れて扉を開けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る