第297話 おじさんの母親と侍女は激高する
王都の東側にある門を抜け、しばらく走らせたところで侍女が馬車をとめた。
夜迷いの森方面とは反対側だ。
あちらは今、王都の常駐する騎士たちが慌ただしく準備を進めている。
そんな場所に奇襲をかけるバカはいない。
あるとすれば反対側。
手薄な場所を狙う――と母親は考えたのだ。
さらに奇襲と同時に王都内で騒乱を起こす。
混乱させたところで本命の登場だろう。
王都の東側の門を抜けた先には川が流れている。
さほど大きくはない川だ。
それでも王都へと物資を運ぶために利用される。
先ほどから母親の使い魔であるマルガ・リートゥムは警戒を解かない。
なにかしら不穏な空気を感じとっているのだ。
その頭をなでつつ、母親はふっと鼻で笑う。
「んーそこかしら?」
無造作に手を横に振るう。
振るうと同時に火球がいくつも飛んで、辺りを焼く。
【
一条の黒い光が母親の放った魔法の火を貫いて迫る。
「芸がないわねぇ」
【
母親も同じ魔法を使って相殺する。
速度の速い魔法であっても相殺に間に合うのは、さすがにおじさんの母親である。
「っんな!?」
姿はまだ見えない。
だが、声だけは聞こえてくる。
中性的、どちらかと言えば女性よりの声だ。
「ポーポッポッポ」
陰の中から笑い声をあげながら、人の形をしたものが出てきた。
恐らくは本物であるドクロがいくつもついた扇のようなもので口元を隠している。
格好だけを見れば、シリアルキラーな貴婦人と言えるだろう。
ツバの広い帽子を被り、黒地に紫色の薔薇が刺繍されたドレスを纏っている。
その帽子からは顔の半分を隠すようなレースがたれさがっていた。
おじさんがいれば、“欧米のお葬式で見るやつですわ!”と叫んでいただろう。
そして否が応でも目を惹くのがその身体である。
ムダにデカいのだ。
縦にも、横にも。
身長は二メートルの半ばほど。
体型は特大の樽である。
そして化粧をしているものの、相応の年齢であることが肌の具合からわかるのだ。
もしトリスメギストスが居れば、こう叫んでいたはずだ。
“お前のようなBBAがいるかっ!”と。
「アテクシは
「…………ねぇ」
母親は侍女に言葉にならない言葉を投げかける。
「なんでしょうか、奥様」
侍女も察している。
だが、明瞭な言葉へと変換できずにいた。
「…………なんだか面倒になってきちゃった」
明らかにパルコレーバーの姿を見て、やる気をなくした母親である。
こう。
もっとあるだろう、と。
「そう言えば、あなたの装備もリーちゃんが作ったのでしょう?」
「ええ。勿体ないとお伝えしたのですが……」
「じゃあ、良い機会だから見せてちょうだい」
“承知”と侍女が答えて、天にむかって右手を真っ直ぐに伸ばす。
そして、トリガーワードを発動させた。
【メイド・
侍女の右手、中指にはめられた指が光を放つ。
次の瞬間、メイド服を含めて天空龍シリーズに換装された姿の侍女がいた。
それは白と瑠璃色を基調とした鎧であった。
胸甲とコルセットを思わせる腰部の装甲。
菱形になった剣道の垂のような装甲がスカート部分に施されている。
ホワイトブリムに似せた額当てもだ。
しかし、最も目を惹くのは四肢を守る手甲と足甲であった。
デザインがドラゴンを模したものなのだ。
装甲としてよりも武器としても扱えるようなデザインである。
さらに肘と膝を含めた全身の可動を邪魔しないのも、おじさんのこだわりであった。
「あらら? そっちの鎧もいいわね」
「はい。末代までの家宝とさせていただきます」
敵の幹部を前に暢気なやりとりをする主従であった。
「ポーポッポッポ! ポーポッポッポ! なんざますか! アテクシを無視するんじゃあ、ありません! しょっぱい鎧がなんざますか! どっちもセンスがまるで感じられないざーます!」
“あ゙?”
母親と侍女の目の色が変わった。
この瞬間に色々と決定してしまったのだ。
【メイド・セイバー・フェノメノン】
侍女の鎧の前腕部と脛の側面から、悪意に充ちた形の刃物が“じゃきん”と音を鳴らして出現する。
次の瞬間、侍女の姿はパルコレーバーの懐にあった。
【
トリガーワードともに放たれる渾身の一撃が、パルコレーバーの腹を貫く。
【メイド・セイバー・フェノメノン・ブートっ!】
侍女の前腕部の刃物が音を立てて、チェーンソーのような動きをする。
「いいいいでええええええ!」
色々とまき散らしてはいけないものが飛び散ってびちゃびちゃと音を立てる。
「下がりなさいな!」
パルコレーバーから一瞬で離れる侍女である。
が、離れ際にきっちりと足を払って足止めするのも忘れない。
そこへマルガ・リートゥムが放った白銀のブレス攻撃が直撃する。
「ち、ちべてえええええ」
「ザーケール・ザーケール・ザーケルガ! 答えを知る優しき王よ、峻厳なるゼイオンの霊峰よ!」
母親が詠唱を始める。
「絶海バ・リーに漂う幽玄のティーオ、太古の牢獄に封印された雷霆を開放せよ!」
【
閃光。
そして、轟音。
下腹を揺らすような地響き。
「ぴぎゃあああああああ!」
遅れて、パルコレーバーの悲鳴が響いた。
おじさんの作った防具をバカにした罪は重いのだ。
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