第296話 おじさん不在の王都でさらに騒動が起きる


 王都にある公爵家のタウンハウスである。

 母親はサロンにてお茶を楽しんでいた。

 膝の上にはシンシャがいる。

 

 母親の視線の先では、子どもたちがゲームに興じていた。

 三人が頭を突き合わせるようにして一枚の絵を見ている。


「にーさま、これ! みつけた!」


「ソニア、それ靴の色がちがうよ」


「あーほんとだー」

 

「正解はこっち」


「アミラ、帽子の形がちがう」


「ぐぬぬ……」

 

 雑多な群衆と王都の風景が描かれた絵の中から、指定された人物や者を見つける。

 とてもシンプルなゲームだ。

 三人がドはまりしたゲームブックは、トリスメギストスが鋭意続編を制作中である。

 

 ただ、子どもというのは待てないものだ。

 さすがに毎日ねだられては、おじさんもスルーできなくなった。

 そこでサクッと作ったのが、この捜し物ゲームだ。

 

 シンプルだが、意外と楽しい。

 いまやこの捜し物ゲームが、お子様組のブームになっていた。

 

 そんな仲良しなお子様組を愛でつつ、母親はクッキーを食べる。

 ドライフルーツの入ったものだ。

 

 口の中でほろほろととけていく。

 フルーツの甘酸っぱさと食感がまたいい。

 

 お茶を含んだところで、シンシャがプルプルと震えた。

 

『ヴェロニカ!』


 聞こえてきたのは父親の声である。

 

『学園長から緊急の通信弾があがった! 百鬼横行パレードだ!』


 その言葉に母親は、とてもいい笑顔を見せた。

 

「そう……スラン、わかっているわよね?」


『ああ、陽動と奇襲だろ?』


百鬼横行パレードはスランたちに任せるわ」


『ヴェロニカは?』


「外にでる。必ず奇襲をかけてくるだろうから」


 いつもは、ふわふわとした話し方の母親である。

 しかし、きつく低い声になっていた。

 

『わかった。無理はしちゃダメだよ』


「任せておきなさいな」


 そこでシンシャを使った通信を切る。

 

「かーさま?」


 妹が母親の隣に座る。

 その小さな頭を母親はなでた。


「アドロス」


 側に控えていた家令を呼ぶ。

 

「あなたに騎士たちの指揮を任せます。王都内に潜伏している連中を潰しなさい。目星はつけてあるのよね?」


「畏まりました。必ずや殲滅いたします」


 恭しく頭をたれる家令に満足した母親である。

 次に侍女長に目をむける。

 

「義父様と義母様に伝えて。衛兵・他家との折衝を任せます」

 

「畏まりました」


 返答をした侍女長がすぐに動く。

 

「メルテジオ、アミラ、ソニアを任せていいわね?」


「ん!」


 と、アミラが両手をあげる。

 その姿を見て、弟が笑う。

 特に気負うことはないようだ。


 ソファから立ち上がる母親であった。

 

「さぁ皆殺しの時間よ、各自、奮励努力なさいなっ!」


 母親の言葉に公爵家使用人の皆が散った。

  

「きなさい、マルガ・リートゥム」


 母親の契約した精霊が白天狼ことマルガ・リートゥムだ。

 おじさんの言う、マルちゃんである。

 

 体長は三メートルほど。

 白くて長い毛並みが美しい狼だ。

 それに小さな子狼まで連れている。

 

「きゃああああああ!」


 妹が悲鳴にも似た歓喜の声をあげる。

 子狼にメロメロであった。

 

「ソニア、くぅちゃんとおーちゃんがヤキモチを焼くわよ。あと、ぴよちゃんもいるでしょ」


「むぅううう」


『くうううん! ハッハッハ』


 子狼が妹の周囲をぐるぐると回る。

 その様子に妹の我慢は限界だった。

 素早く抱きあげて、頬ずりをする。

 

「おかーさま。このこはそにあがまもる!」


 妹よりも子狼の方が強い、とは言えない母親であった。

 ただ大きく首肯する。

 そして相棒たるマルガ・リートゥムの頭をなでた。

 

「いくわよ」


【常着っ!】


 天空龍シリーズの鎧を身につける母親であった。

 そのままサロンから出ようとして、ピタリと足をとめる。

 おじさんの側付き侍女の顔を、ぢっと見る母親だ。

 

「あなたに御者を任せるわ。同行なさい」


「よろしいのですか?」


「ただし、リーちゃんを悲しませることはないように。できる?」


 母親による明らかな挑発であった。

 結果、侍女の目に炎が宿る。


「リー様の側付きという意味をご確認していただきましょう」


 二人が連れだってサロンを出ていく。

 その後ろ姿を見た弟妹たちは誓うのだ。

 自分たちも役に立つ、と。

 

 一方で、王都近郊の森の中である。

 

「ちぃ!」


 軍務卿が舌打ちをしながら槍を大きく横に薙ぐ。

 槍の軌跡上にいた小型の魔物たちが両断されていく。

 

「雑魚のくせに数が多い! 爺様っ! もう一発いけるか?」


「後のことを考えんでええんじゃったらな!」


 学園長は手足のように氷弾・改三式を操りながら雑魚の魔物を屠っていた。

 

 邪神の信奉者たちゴールゴームのロッケン。

 追い詰めようとしたところで、百鬼横行パレードの先陣が到着したのだ。

 ゴブリンに三角狼という陣容である。

 

 魔物としては弱い部類だ。

 しかし数が多い。

 今のままなら、まだ持ちこたえられる。

 だが、これ以上の数になったら無理だ。

 

 いかに雑魚の魔物に遅れはとらないといっても限界がある。

 おじさんのように大規模な魔法を底なしにポンポン撃てるわけではないのだ。


「っ! ドイル、右に跳べっ!」


 学園長の言葉に即座に従う軍務卿である。

 巨躯を翻して、その場を離脱した。

 

 直後、黒閃光スレイが、軍務卿のいた場所を通過する。

 周囲の魔物たちを貫いて。

 

 直後、自分にもむかってきた黒閃光スレイを察知する学園長。

 魔槍と化した杖を使って、黒閃光スレイを切り裂く。

 

「爺様、問題ないか?」


「問題ないわい! ちと思っていたよりも百鬼横行パレードの規模がデカいのぅ」


“ククク”と学園長が笑う。


「なに笑ってんだ! ついにボケたか!」


「やかましい、この小童がっ! 久しぶりじゃと思うただけじゃ! こういう状況がなっ!」


“ふん”と鼻を鳴らしながらも、軍務卿が槍を振るって魔物を一掃する。


「アーブドゥール・ムーハード、偉大なる朱の王にポール・ナーレフを捧ぐ! 緑の法王を弑した愚かなるイ・ギーを遣わせよ!」


 軍務卿の朱槍の刃が炎に包まれる。

 その炎が軍務卿をも包んでいく。

 が、軍務卿は焼かれているわけではない。

 

「いっくぜー」


灼熱突貫大爆レッド・チャリオッツ!!】


 自身が炎の塊と化した軍務卿が突貫した。

 魔物の大群を割っていく。

 一騎当千、まさに無双状態であった。

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