第295話 おじさん不在の王都近郊で学園長が奮戦する


 王都近郊にある森の中である。

 遮蔽物の多い場所にて、陰から唐突に放たれる魔法は防ぎにくい。


 しかも並の装備ならつけていないと同じほどに貫通力が高いのだ。

 実に暗殺にむいた魔法だと言えるだろう。

 

 学園長の斜め前方から放たれる黒い閃光。

 放たれたと認識したときには、既に回避が難しいほどの速度だ。

 だが、学園長には余裕がある。

 

 おじさんがばっちり対策しているのだ。

 抜かりはない。

 

 再び、冥府のローブが黒閃光スレイを霧散させる。

 

「ちぃ! なんだそのローブはっ!」


迷宮ダンジョン産の希少装備レアドロップじゃ!」


 肝心なことは言わない。

 むしろ装備そのものに付与された能力であると思考を誘導させる。

 おじさんの施した加工は回数制限があるのだ。

 だから、撃っても効かないと思わせたかった。

 

 ついでに相手が姿を見せてくれれば儲けものである。

 だが、そこまでは学園長の思惑どおりに進まなかった。

 

「爺様っ! いつものやつか?」


「いや、度肝を抜いてやるわい! ドイル、しばらく盾になれ」


 軍務卿が前にでる。

 だが、学園長の側から離れる愚は犯さない。

 

「我ら邪神の信奉者たちゴールゴームの邪魔をしているのはキサマかっ!」


「やかましいのう」


 ぼやきながら、学園長が手にした杖を天に掲げた。

 

「天蓋を崩せ、アトゥム! マ・ジンガ・キャ・シャーン! シドニアの懊悩を抱えし騎士たち、パルト・レイ・バーン! リ・バイアス! 踊れ、踊れ、不知の果てで踊り狂え、レイテシダの凶界に潜む暗黒の蟲たちよ、在るべきものを在るべきへ、陰なきものへ執着を、八重の戒めを破れ」


黒死蟲地獄アーク・エリオン!】


 学園長を中心として半径三メートルほどの場所から、円状に黒い霧が広がっていく。

“キチキチキチ”と鋭いものを擦り合わせるような音が響いた。

 黒い霧の中から、クワガタをベースにムカデやイナゴを混ぜ合わせたような蟲が這いでてくる。

 そして、蟲たちが一斉に周辺へと飛び立つ。

 

 学園長が操る禁呪のひとつであった。

 周辺を無造作に食い散らかす黒い蟲たち。

 

 姿を見せないのなら、それでよかった。

 範囲攻撃をすればいいのだから。

 実にシンプルな考えで行使された魔法であった。

 

「うへぇ……相変わらずエグいな」


 その蟲たちは闇を好む。

 陰魔法に通用するのか、それは学園長にもわからない。

 が、恐らくは効果があるだろうと踏んでいた。

 

 なぜなら禁呪なのだから。

 

「ドイル、目を離すな」


「ああ、わかってる。姿を見せたら……」


“ぎぃやああ!”


 叫び声であった。

 

「なんだ、なんなんだ! この蟲はっ!」


 声はすれども姿は見えない。

 だが、時間の問題だろう。

 

「……見つけた」


 魔力がゆらぎ、なにもない場所に陰だけがあった。

 距離は十メートル弱。

 軍務卿が一瞬で間合いを詰める。

 

 次の瞬間に陰の中から、身体を蟲に喰われている男が姿を見せた。

 肥満体。

 だが、しっかりと筋肉がついているのが見てとれた。

 プロレスラーのような体型だ。

 

「食いかかれ、骨落とし!」


 軍務卿が手にした朱槍が閃く。

 プロレスラーの両膝が一撃で破壊された。

 

 糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちるプロレスラーである。

 

「ようし、爺様、いいぞぅ!」


 軍務卿の言葉に禁呪を解除する学園長だ。

 一瞬にして黒い蟲たちが霧散していく。

 

「ふぅ……やはり制御に持っていかれるの」


 肩を回しながら、自慢の白鬚をしごく。

 言葉とは裏腹に疲れたようには見えない学園長である。

 

「おぬし、名は? 邪神の信奉者たちゴールゴームの中でも名のある者じゃろうて」


「フヒ。フヒヒ。邪神の信奉者たちゴールゴーム三巨頭パルコレーバー様が筆頭配下、不死魔人のロッケンとはオレ様のことよぉ!」


 ――不死魔人。


「ドイルっ!」


「食い散らせ、骨落とし!」


 学園長と軍務卿が同時に声をだす。

 そして、軍務卿の槍がロッケンの胸を貫いていた。

 

「フヒヒ。なかなかやるじゃねえか。だが、死なないから不死魔人なんだぜぇ!」


 じゅくじゅくと泡を立てるロッケンの胸。

 見れば、先ほど破壊された両膝も同じような状況である。

 

 だが、軍務卿の顔に焦りはなかった。

 それどころか呆れたような表情である。

 

「バカか、てめぇは。もう詰んでるんだよ!」


「フヒヒ。やってみろよ」


 明らかな挑発であった。

 それでも軍務卿は敢えてのった。


「食い散らせ、骨落とし」


 軍務卿の槍がロッケンの魔力を吸収する。

 

「なぁにぃ! 魔力を吸収するだと?」


「だから言ったろう? お前はもう詰んでるんだよ!」


「フヒヒ。バカはお前だ!」


 ロッケンの言葉が終わらないうちに、学園長の陰からもうひとりが姿を見せた。

 間髪いれずに、学園長の背後から短刀で突き刺そうとする。

 

「あーあ」


 軍務卿から声が漏れた。

 

「がふっ!」


 学園長の手にしていた杖が一瞬にして槍へと変わり、背後にいるもうひとりを貫いていた。

 

「その爺はオレよりも槍が巧えってのに」


 半ばバカにしたような口調の軍務卿である。

 

「ほっほ。ドイル、そいつはもう用済みじゃ」


「いいのかよ」


「かまわん。もう本体は見つけたからのう」


 学園長の言葉に、槍に貫かれたままでロッケンは表情を変えた。

 

「詰まらん。油断を誘って暗殺するタイプじゃな。これならばまだ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの方が楽しめたわい」


 学園長の槍が、もうひとりのロッケンを真っ二つに切り裂く。

 

「逃がしはせんよ」


 学園長はつるりと禿頭をなであげるのであった。

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