第294話 おじさん不在の王都で学園長がほえる


 数ヶ月前、おじさんと学園長が地竜を倒した場所である。

 

「まったく! 古代都市の遺跡じゃぞ! このままでは死んでも死にきれんわい!」


 学園長が明らかに顔をしかめて、感情を吐き捨てていた。

 それでも周辺の警戒を怠らないところは、歴戦の猛者である。

 

「仕方ねえだろが、爺様よぅ。何回か痛い目にあってんだろ?」


 学園長に物怖じせずにツッコむのは偉丈夫である軍務卿だ。

 こちらは愛槍を肩に担ぐようにして歩いている。

 

 学園長は地竜討伐以後、定期的に見回りにきているのだ。

 狙われるのならここだろう、と目星をつけていたらからである。

 

 チチチ、と学園長が指を左右に振った。

 

「わかっておらんのう。リーがおるんじゃぞ。どうとでもなるわい」


「爺様がそこまで言うって何者なんだ?」


 軍務卿の問いに学園長が少しだけ黙りこむ。

 が、すぐに口を開いた。


「ふん。まったく! どいつもこいつもわかっておらん! どれだけ面白いことが起きるか!」


 不機嫌さを隠そうともしない学園長である。

 その姿は軍務卿から見れば、滑稽なものであった。

 しかし表情にはださない程度には大人なのだ。

 

「それってバカにしてないか?」


「やかましい! ぐぬぬ。遺跡が見つかったのがうちの領地ならゴリ押してやったのに!」


 もはやつける薬がない状態だ。

 確かに軍務卿自身も、未発掘の古代都市があるなんて話を聞かされて心が躍ったのは事実である。

 しかし祖父である学園長までに固執することはなかった。

 

 探索してみたい気持ちはある。

 が、かのプフテザーレの魔力異常地帯だ。

 軍務卿自身も一度だけ足を運んだことがある。

 

 学園長に連れられて行ったのだ。

 そして、さんざんな目にあって逃げるようにして帰ってきた。

 この経験があるからこそ、興味はわいても食指は動かなかったのだ。

 

「おう、爺様。気づいて……ないわけないよなぁ」


 周辺に魔物がいる。

 それなりに大きな魔力の反応が複数あるのだ。

 

「誰に言うとるんじゃ、小童がっ!」


 既に臨戦態勢をとっている学園長だ。

 身に纏うのはおじさんに加工してもらった冥府のローブである。

 

「早い者勝ちじゃぞ!」


 言うや否や魔物にむかって駆ける学園長だ。

 まったくその年齢を感じさせない動きに軍務卿も苦笑するしかなかった。

 

「さて、久しぶりに身体を動かすか」


 獰猛な笑みをうかべて愛槍を、ぶぅんと一回しする軍務卿だ。

 朱色に塗られた柄。

 刃の長さが80センチはある大身槍だ。

 

「ル・マク・ネサ 地を裂き、海を割り、天を衝け!」


【骨落とし】


 トリガーワードとともに軍務卿の槍が魔槍と化す。

 そして、自身もまた魔物にむかって吶喊していくのであった。

 

 その場にいた魔物は軍務卿と学園長の二人を前に鏖殺されてしまう。

 だが、それで終わりではなかった。

 まだ不穏な気配が残っている。

 

「爺様っ!」

 

「わかっておる! こりゃあ百鬼横行パレードの前兆じゃ!」


 間髪入れずに学園長は動いた。

 天にむかって掌を掲げて、花火の魔法を撃つ。

 

 おじさんの起こした花火騒動。

 その後にカラセベド公爵家より術式の提供があったのだ。

 色や大きさをあらかじめ決めておけば軍の通信に使えるのでは、と。

 

 もちろん提案をしたのはおじさんである。

 かんたんな魔法なのだ。

 なので人に縛られない使い方をすればいい。

 

 そう考えてのことだった。

 もちろん学園長は真っ先に習得している。

 

 だから。

 百鬼横行パレードの発生を意味する花火を打ち上げた。

 昼間のことである。

 どこまで見えるのかはわからない。

 

 ただ、王都でてくるときに伝えてはある。

 

「爺様、届いたと思うか?」


「さてのう。いずれにせよ、ここを突破されれば王都に危険が及ぶわい」


「手柄を立て放題ってこったな」


「まぁそうとも言えるのう」


 実に似たものの祖父と孫である。

 学園長と軍務卿の二人は、ここを死守するつもりだ。

 

 死ぬことをまったく恐れてはない。

 それよりも百鬼横行パレードを前にして、ウズウズしているほどだ。

 脳筋の血族であった。

 

 そこへ黒い閃光が走る。


「爺様っ!」


 軍務卿の位置からは声をだすのが精一杯だった。

 学園長にむかった黒閃光が、ローブに当たって霧散する。

 

「おお! 聞いてはおったが本当に気配を掴めんのう」


「爺様、問題ねえのか」


「問題ない。備えあれば憂いなしってやつじゃ」


 リーのお手柄じゃのうとは口にしない。

 敵に情報を与えることはないのだから。

 

邪神の信奉者たちゴールゴームじゃな!」


 学園長の言葉に、あちらこちらから笑い声が聞こえる。

 

「いかにも。地竜を屠ったのはキサマたちだな!」


 話ながらも姿は見せない。

 随分と用心深い邪神の信奉者たちゴールゴームの幹部もいたものである。


「はて、地竜など知らんのう」


 敢えてとぼけてみせる学園長であった。

 

「ふふ……まぁキサマらがやったのか、やってないのかはどうでもいい」


「どういうこった、おるぁ!」


 軍務卿が叫ぶ。

 

「なに、ここで二人とも殺せばすむだけのことよ」


 木霊のように声があちこちから聞こえる。

 場所を特定させないためにやっているのだろう。

 が、それは関係ない。

 

「ドイル。わかっておるな」


 学園長が小声で問う。

 その問いに軍務卿が小さく首肯し、動いた。

 学園長の背を守るようにだ。

 

「死ねっ!」


 黒い閃光が走る。

 その閃光をとらえた軍務卿はニヤリと笑みを深めるのであった。


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