第292話 おじさん大発見に天を舞う
どこか古くさい香り。
骨董品店や古本屋などにある匂い。
それよりも重厚で、なんとも言えない空気を吸って、おじさんは落ちつく。
壁画に目を奪われてしまったが、部屋の中心に設置された祭壇も気になる。
大きさとしては幅が二メートルほどで、奥行きが一メートルほど。
高さも一メートルほどか。
艶のある黒色の石が素材として使われている。
側面にはタオティエの紋様と似た装飾がなされていた。
そして、天板となる部分には幾何学模様が刻まれている。
おじさんがパッと見た印象では、カバラのセフィロトの樹に似ていた。
十のセフィラと二十二の小径が示すのは「世界を創世した象徴」とされるものだ。
この天板にも数こそ違えど、似たような図形があった。
いや、と思い直す。
七つの大きな円が直列している。
そこから小径が伸びて小円に繋がっているのだ。
どちらかと言えば、セフィロトの樹よりもチャクラを図形化したものか。
チャクラはヨーガにある概念だ。
おじさんは無意識のうちに、つぅと天板の表面を指でなぞっていた。
「不思議なこともあるものですわね」
心からそう思う。
神秘思想的なものまで、世界を異にして共通するものだろうか、と。
『主よ、この祭壇の紋様も我には記録されておらん』
「似たものや近いものなどはありますか?」
『んむ。前期魔導帝国時代の中期に編纂された書物のひとつに、地域ごとの故事伝承を集めた物があってだな。その中に古い時代の遺跡についての話があるのだが……』
「どのようなものなのです?」
『前期魔導帝国時代、この辺りはタールタラントと呼ばれておってな。故事伝承では、かつて神王が治めた国があったとされる。神から遣わされた神人なる者が王として君臨し、云々かんぬんと。その中に王国の都は、地上ではなく地下にあったという伝承があるのだ』
「地下の都市に神人……ですか。ものすっごく興味をそそりますわ!」
『よくある王権神授説だとは思うのだが……』
おじさんの前世では、王が国を治める理由として神から託されたとするものがある。
王の権威を保証するものであり、人民に対して絶対的な権力を振るう根拠とされたものだ。
ちなみにローマ教会が権力から独立する理由でもある。
こちらの世界では神が実在するのだ。
実際に神託という形で神からの言葉を授かることがある。
そうした意味では、こちらの方がわかりやすい。
目に見える根拠があるからだ。
それよりもおじさんが気になるのは神人というワードだ。
自分のように神から愛された存在のことだろうか。
あるいは、本当に神から遣わされたのか。
「いずれにしても、ここで足踏みしていても仕方ありませんわね」
『で、あるな』
おじさん一行は扉の先へと進んでいく。
先ほどと同じような通路が続き、分かれ道もあった。
ダンジョンのマップを潰していくように、ひとつひとつ確認していく。
ちなみにマッピングはトリスメギストスのお仕事だ。
そして、壁画のある部屋から二時間ほど経過した。
重々しい扉を開けて、おじさんは絶句する。
ついに地下にある古代都市を発見してしまったのだから。
「…………はにゃあああああ!」
おじさんの口から奇声がでる。
それも仕方ないだろう。
なぜなら都市が丸ごと遺っていたのだから。
石造りの家が整然と建ち並ぶ。
そして、目抜き通りのむこうには巨大な階段状ピラミッドが見えた。
ピラミッドの頂点部分には神殿らしきものが建っている。
『これはスゴいな』
トリスメギストスも感嘆する。
それこそ生活している人がいても不思議ではないほどだ。
おじさんは風の大精霊からもらった耳飾りの魔法を起動する。
【天津風之調】
おじさんの身体が宙にうく。
そして俯瞰で都市を見た。
碁盤の目状に整理された都市だ。
ところどころに広場があり、小さな神殿も見える。
「ユトゥルナお姉さま! ありがとうございますわ!」
『むふふ。いいのよぅ。だって、お姉ちゃんなんだからぁ! お姉ちゃんなんだからぁ!』
繰りかえすことで、大事なことをアピールする
『主殿よ、あの神殿に何者かがいるでおじゃる』
バベルの言葉が終わった直後だった。
階段状ピラミッドの頂点にある神殿から、チカッチカッと断続的に光が放たれる。
そのことに一気に緊張感が増す。
古代の遺跡に何者かがいる。
ただ十中八九、敵意を持つ者ではないとおじさんは考えた。
問答無用で襲ってきていないからだ。
だが、警戒をしておくにこしたことはない。
邪神の信奉者たちが使っていた陰魔法のような不意打ちがないとは限らないからだ。
「ミタマ、心当たりはありますか?」
九尾の狐に聞いてみる。
『申し訳ありません、天子様。こなたは確認をしておりませんでした』
「わかりました。では、周囲を警戒したままご対面といきましょうか」
使い魔たちから“承知”と返ってくる。
そんなおじさんたちの様子を見ながら、
なにかを知っているのか。
遺跡に入ってから口数の少ない
そのことに最も不信感を抱いていたのがトリスメギストスだ。
彼は忘れていない。
もう二度と、あんな仕打ちは御免である。
なので、トリスメギストスは常に目を離していなかった。
それが吉とでるか、凶とでるのかは神のみぞ知る。
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