第290話 おじさん古代遺跡に突入する前に発見してしまう


 半ば呆けたような声をだすおじさんを見て、水の精霊アンダインがニマニマとした笑顔になる。

 

『スゴいでしょ!』


 フフンと調子にのって胸を張る水の精霊アンダイン

 だが、おじさんの耳には届いていなかった。

 

『え? あれ? リーちゃんんん!』


 褒めてとアピールする。

 空気を読まない水の精霊アンダインである。


『黙れっ! 天子様の御心を拝察できぬ痴れ者がっ!』


 おじさんを背に乗せたミタマが威嚇するように犬歯を剥きだしにする。

 

『ああん? 中級精霊が大きくでるじゃないの!』


『こなたは既に中級精霊に非ず、天子様の御力によって神獣となった身。ぶちころがすぞ、たかだか上級精霊風情がっ!』


『な!? ぬわんですってぇ! やんのか? やれんのか? おおん?』


 にらみ合う水の精霊アンダインとミタマである。

 そんな状況を見て、トリスメギストスが大きく息を吐く。

 

『そんなことでいがみあうな。それこそ主の邪魔になるぞ』


 その一言でミタマは退くことにした。

 だが、水の精霊アンダインの方はおさまらない。

 

『いつでもやってやンよ! おら、かかってこい!』


 どこのチンピラだという口調であった。

 

『天子様、水の精霊アンダインがいじめてきまする』


 よよよ、という感じでおじさんに泣きつくミタマだ。

 ふっさふさの九つの尻尾でサワサワされて、おじさんのとんでいた意識が戻ってきた。

 

「む。お姉さま、ミタマをいじめてはいけませんわ」


『なぁんでそーなるのぅ!』


 その陰で人の悪い笑みを浮かべるミタマなのであった。

 

 ミタマの背から降りたおじさん。

 まずはここに探索の拠点を作ってしまうことにした。

 一刻も早く足を踏み入れたいのだが、先に拠点を作って置く方がいい。

 

 遺跡周辺の開けた場所に目星をつける。

 

「トリちゃん! ここに拠点を作ろうと思うのですが大丈夫ですか?」


『うむ。特に問題はなかろう』


「ユトゥルナお姉さま! 周辺に水の気配はありますの?」


 腐っても水の精霊アンダインなのだ。

 水のことを聞くなら最適だろう。


『んー。近くに池? みたいなのがあるけど。そこのお水は生き物には毒だからダメ』


 と、水の精霊アンダインが、しゃがみこんで地面に手をあてる。

 

『うん。地下水があるからそこから汲んだ方がいいよぉ』


 おじさんが笑顔で頷く。


『あ! ちょっと待った、リーちゃん。ダメ! 地下水はやっぱなし!』


「なにか理由があるのですか?」


 その問いに“むっふっふ”と不敵な笑みをうかべる水の精霊アンダインだ。

 

『それはぁ……』


『主よ、無駄話をしている時間はない。ここに穴を掘るといい。周辺を固めて水場を作る』


「水源はどうしますの?」


『精霊の雫があるであろう? あれを水の精霊アンダインに使わせれば泉ぐらいはすぐにできる』


“なるほど”と納得したおじさんである。

 早速とばかりに土の魔法を使って、穴を掘ろうとした。

 

「んん? これが魔力異常地帯の影響ですか!」


 確かに魔法を生成する段階で、引っかかりがある。

 

『主殿、麻呂が代わった方がいいでおじゃるか?』


「大丈夫ですわ。このくらいならどうとでもできます! ふんぬっ!」


 次の瞬間、直径が十メートルで最深部が二メートルほどの穴が地面に穿たれた。

 さらに断面の部分に魔力を当てて、押し固めていく。

 ほんの数分で完成させてしまうおじさんだ。

 

「ユトゥルナお姉さま、お願いできますか?」


『まっかせてぇ! お姉ちゃん、がんばりゅ!』


 水の精霊アンダインがフワフワと飛んで、最深部へと精霊の雫を埋めこむ。


「バベル、悪いのですが結界を張っておいてくださいな」


『承知した』


「ふぬぬぬ!」


 強引に魔力を練りあげて魔法を生成するおじさんだ。

 

「はいやー!」


 原生林の木を引っこ抜いて、広場を広げる。

 そして錬成魔法を使おうと、おじさんの目が点になってしまった。

 

 なぜならおじさんの目が発見してしまったからだ。

 赤みの強いオレンジがかった果物を。

 

「か、かかか、完熟マンゴーではありませんか!」


 おじさんが前世で一度は食べてみたいと思っていた果物だ。

 と言うか、そもそも膨大な時間と開発費をかけて改良された品種だったような気がする。

 それがなぜ、とは言わない。

 だって、異世界なんだから。


『主よ、どうした?』


 トリスメギストスの言葉に反応する前に、おじさんは短距離転移でマンゴーのもとへ。

 本来は自重で落ちるのを待つのだが、ここまで熟しているのならいいだろうと。

 手近なところにあった果実を三つほどもぐ。

 

「トリちゃん! この果物を鑑定してくださいな!」


『うむ。人体に害はないな。可食だ』


 おじさんは早速、皮を剥こうとして知った。

 マンゴーには種があることを。

 メディアで紹介されていたように、果肉が花咲くように切りたかったおじさんである。

 

 しかし、既に濃厚で甘い香りを放つ完熟マンゴーには勝てなかった。

 適当に魔法を使って皮を剥く。

 

 滴りおちる果汁をそのままに、かぷりと一口。

 濃厚で贅沢な甘いが広がる。

 そして爽やかな香り。

 

 味の感想を言うまでもなく、おじさんは次々と頬張ってしまった。

 まるまるひとつを完食するまで。

 

「美味しいですわ!」


 おじさんの言葉が終わった直後だった。

 先ほど掘った穴から、水が噴水のごとく上がった。

 

『リーちゃああん! お姉ちゃん、ちょっとサービスしちゃったあ!』


 水の精霊アンダインの暢気な声が響くのであった。

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