第289話 おじさん古代遺跡の突入前に大妖怪を仲魔にする


 プフテザーレの魔力異常地帯。

 タルタラッカから南西方向に、徒歩で二週間ほどの距離にある。

 魔力異常地帯の影響もあり、古くから開発されてこなかったのだ。


 当然だが道という道がない。 

 手つかずの原生林が広がる未踏の地域だ。

 

 密林とも言えるその圧倒的な緑を前に、おじさんは木々の香りを満喫していた。

 どこか青臭くも懐かしい。

 そんな香りだ。


『主殿、ここは聞いていた以上になにかおかしいでおじゃるな』


 バベルである。

 おじさんの逆召喚要員として先に派遣されていたのだ。

 

「そうですわね、確かにビビビっときますわ」


『でしょう? いつの間にかこんな感じになっちゃたのよぅ』


 カメの甲羅を背負った美女である水の精霊アンダインが、おじさんの隣で言う。

 

「トリちゃんはなにか知っていますの?」


『いや、我の中にも記録は残っておらんな』


「まぁここで足踏みしていても仕方ありません。行きましょう。お姉さま、お願いしますわ!」


『え? なにを?』


 キョトンとした顔になる水の精霊アンダインであった。


『案内に決まっておろうがっ!』


『はえ? お姉ちゃん正確な場所は知らないわよぅ』


『そこの水の精霊、ちとこちらへこんか』


 バベルが非常にいい笑顔で水の精霊アンダインを手招きした。

 犬歯がきらりとむきだしになっている。

 バキバキと世紀末救世主のごとく指を鳴らす姿は実に狩衣姿と似合っていない。


『ひぅ。リーちゃん、あの使い魔怖いんだけどぉ』


 水の精霊アンダインが、おじさんの手をとった。

 

「お姉さま、遺跡が見つかったとお聞きしましたが、どなたが発見なさったのですか?」


『んとね、土の中級精霊だったかな』


「ではその方を喚んでいただけますか? お礼をさせてくださいな」


『うん! わかった! お姉ちゃんに任せてっ!』


“はいやー”と両手を突きだして、水の精霊アンダインが気合いを入れる。

 姿を見せたのは、体長が一メートルほどの真っ白な毛なみに朱色の隈取り模様が入ったキツネであった。

 まさかの精霊獣である。

 

「あら、かわいらしい」


 おじさんが膝を折って、おいでおいでとするとキツネが寄ってくる。

 頭をなでつつ、もふもふを堪能するおじさんだ。

 

『主よ、そやつは白天狐であるな』


「白天狐! マルちゃんと似た種族ですわね!」


 おじさんが抱きあげると、キツネが顔をこすりつけてくる。

 どうやら一瞬で懐かれてしまったようだ。

 

『リーちゃん、お礼なら魔力をあげるといいわよぅ』


 水の精霊アンダインの助言に従って、おじさんは魔力を開放する。


「お好きなだけどうぞ」


 遠慮なく魔力をもらう白天狐である。

 そして、水の精霊アンダインにむかって鳴いた。

 

『リーちゃん、その子が契約したいって。名前をつけてあげたらお話できるわよ』


「承知しました!」


 名づけは苦手だが、おじさんのテンションも上がる。

 キツネ…………パッと思いつくのは玉藻の前、あるいは妲己。

 どちらも物騒である。

 他には安倍晴明の母と言われた葛の葉。

 そして、ライドウは……ちがうか。


「難しいですわね」


 ここはちょっと方向性を変えてみる。

 キツネと言えばお稲荷さん。

 お稲荷さんと言えば、荼枳尼天。

 やっぱり物騒だ。

 

 いや、お稲荷さんと言えば宇迦之御魂神、あるいは豊受大神。

 こちらならまだそれほど物騒ではない。

 ならば、とおじさんは決心した。

 

「あなたの名前はミタマ。よろしいですか?」


 白天狐がひと鳴きして、おじさんの魔力を吸収する。

 そして、ペカーと光った。

 体長が十メートルほどある金毛白面九尾之狐のできあがりであった。

 

『はわわわ! リーちゃん、やりすぎぃ!』


 水の精霊アンダインが叫ぶも後の祭りである。

 

「と、言われましても」


 おじさんは特になにかをしたわけではない。

 

『ふぅ……堪能させていただきました、天子様。こなたは神使として天子様にお仕えいたしまする』


 女性の声である。

 神性を帯びたその面差しは高貴であり、優雅。

 おじさんは、身体ごとそのもふもふにつっこんだ。

 

「さいっこうですわ!」


 首元に顔を埋め、もふる。

 

『主よ、そろそろ行かねばならんぞ』


 いいところで邪魔が入る。

 が、使い魔筆頭の言葉は正論であった。

 

『ミタマ。我は主の使い魔筆頭トリスメギストス、こちらはバベルだ』


『御同輩ということでよろしい?』


『かまわぬ。が、筆頭は我であるからな』


 ミタマはどこか嘲笑するような雰囲気で、ふっと笑う。

 

『承知。では、天子様。こなたがご案内いたしましょう』


 話の早い使い魔であった。

 

「バベル。魔物は任せても大丈夫ですか?」


『うむ。麻呂は露払いといこうか』


 そこでミタマが脚を折って、言う。

 

『天子様、こなたの背に』


 こうしておじさんたちはようやく遺跡にむけて出発したのであった。

 

 道中にでてくる魔物はバベルがすべて塵と変えていく。

 どこか違和感を覚えながらも、そこはバベルである。

 かつての悪神は非常に頼もしい。

 

 邪魔が入ることなく、おじさんたち一行は二時間ほどで到着した。

 そこは原生林の中にある、苔むした遺跡。

 おじさんの目には階段状のピラミッドに見える。

 

 具体的にはテオティワカンにある月のピラミッドだ。

 おじさんの口から、“ほへぇ”と呆けたような声がでてしまうのも仕方ないだろう。

 原生林の中で突如として出現する古代の遺跡。

 

 それは不思議なまでにおじさんの心を惹きつけるのであった。

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