第288話 おじさん学園を一週間ほど休むことになる


 領都にあるカラセベド公爵家の本邸である。

 その家族用サロンにて、父親がぶんむくれていた。

 

 理由はシンプルだ。

 未発掘の古代遺跡があるという報せを、帰宅してからうけたからである。

 それだけならばまだ良かっただろう。

 

 しかし、第一次調査隊がおじさんと水の精霊と聞かされて、一気に機嫌が急降下した。

 話を聞けば、そうなったのも理解できる。

 できるのだが、心から納得できるかと言えばちがう。

 

 だって、未発掘の古代都市の遺跡だ。

 近年なかった大発見である。

 いや、話を聞く限りではまるっと残っていそうな雰囲気だ。

 

 王国史を紐解いても、そんな情報はでてこない。

 そこに自分が噛めなかったのが問題なのだ。

 

 子ども染みた態度だとはわかっている。

 それでも心は穏やかではない。

 

 王城で外務卿を務めているのだから、仕方ないと言えば仕方がない。

 ふだんならそう割り切ることもできる。

 だが、今回ばかりは、今回ばかりは口惜しいのだ。

 

 父親もまたリューベンエルラッハ・ツクマーの教えを受けた者なのだから。

 

「もういい加減、機嫌をなおしなさいな」


 母親が父親の隣に座って言う。

 侍女から果実酒の炭酸水割を受けとって、父親にも渡す。

 

「次からは仲間はずれにしないから」


「いや、そう言うことじゃない」


 ツーンとしている父親である。

 その姿に思わず苦笑を漏らしてしまう、祖父と祖母だ。

 義理とはいえ親子として過ごしてきた中で、ここまで義息が感情を優先させることは見たことがない。

 だからこそ微笑ましいものを見た、という気分なのだ。

 

 とは言えである。

 このままでは話が進まない。

 ただ、どうすればいいのかわからなかった。

 

 そこで祖父母は揃っておじさんを見た。

 おじさんとしては、“え? わたくし?”という心境である。

 丸投げされても困るのだが、それでもやらなければいけないのだ。

 

「お父様」


 意を決しておじさんが声をかける。

 

「わたくしと一緒に行きますか?」


 その意外な一言に、父親は虚を衝かれてしまった。

 

 遺跡があるとされる場所。

 そこは魔力の異常地帯である。

 だから探索をしようとはならなかったのだ。

 危険だから。

 

 その危険を取り除くために、おじさんと水の精霊が行くことになったのだ。

 

「どうしたんだい? 急に」


「いえ……まぁそういうことなのかな、と思いまして」


 おじさんとしては父親の気持ちが何となく理解できた。

 なんたって、中の人はおじさんなのだから。


 結局のところ、だ。

 なんだかんだと気持ちを繕ってみても、本心はそこにあるような気がしたのである。

 そもそもプフテザーレの魔力異常地帯でなければ、祖父母に母親とおじさんは探索していたわけだ。

 つまり、父親はハブである。

 

 そこが引っかかっているのではと思う。

 だって、おじさんもそこに引っかかるからだ。

 だから取り繕うことなく声をかけた。

 

「…………」


 おじさんの言葉で、父親もまた自分の本当の気持ちに気づいてしまった。

 結果、顔を赤くしてしまう。

 百戦錬磨とまではいかないが、外務卿として海千山千の相手とやりとりしてきたのだ。

 ポーカーフェイスの心得くらいある。

 

 だが、娘に子どもをあやすようなことを言われたことが恥ずかしかった。

 否。

 自分でも気づいていなかった部分を、気づかされてしまったのだ。

 

「いや、やめておこう。その気持ちだけで十分だよ」


 苦笑とも自嘲ともとれるぎこちない笑みをうかべる父親である。

 そんな父親を見て、おじさんは悪いことをしたように思う。

 あまりにも率直すぎたのだろうか。

 

 ただ、中の人はコミュ障気味でもある。

 こうした家族の会話など、そもそも経験がないのだ。

 経験がないことは、いかにおじさんと言えど巧くやることはできない。

 

「……ごめんなさい、お父様。余計なことを言いました」


 だから、おじさんは素直に頭を下げる。

 自分が失敗したと思ったからだ。

 

「わかってる、リーは気遣ってくれたんだろう? だから謝る必要はないんだよ。むしろ謝らないといけないのは私の方だ。すまない、リー」


「あら? リーちゃんにだけ?」


 母親がいいタイミングで混ぜっ返す。

 父親もフフと笑って、母親を見る。

 

「ああ、今回はリーにだけ。義父上にも義母上にもヴェロニカにも謝らない」


 その言葉に一同が笑う。

 もちろん父親も、だ。

 

「さて、じゃあ本題に入ろうか」


 そもそもの話。

 おじさんは学園が始まったばかりである。

 学業の方面で言えば、多少休んだところで問題ない。

 実技の方はもっと問題がない。

 

 じゃあ、なにをしに学園に行くのだという話になる。

 が、学生のときにしかできないことがあるのを、大人たちはよくわかっていた。

 

 ただし、休学の届け出をするのなら学園長に話をとおす必要があるのだ。

 未発掘の古代都市があると言えば、絶対に行くと言いだすだろう。

 王家にも話をせねばならないし、やることは山積みである。

 

 それでも意外と早く話がすんだのは、皆が好奇心を抑えられなかったからだろう。

 翌日にはおじさんの休学が決定していた。

 期間は一週間。

 

「むふふふ。トリちゃん、やりますわよ」


 キラキラと目を輝かせるおじさんである。

 探索用の衣装に身を包み、やる気をみなぎらせるおじさんだ。

 

『主よ、逸る気持ちはわかる。が、あまり気張りすぎてはいかん』


「準備もしっかりとしたのです!」


『ああ…………そうであるな』


 時間があまりなくとも手抜かりがないおじさんである。

 そのことに思いをはせて、トリスメギストスの声が少し曇った。

 

「では、出発です! お姉さまと合流しますわよ!」


 高らかに手を掲げて、おじさんはやる気満々の笑顔を見せるのあった。

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