第287話 おじさん古代都市の遺跡へと足を運ぶための布石を打つ


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツを学園へと送り届ける。

 その後のおじさんの動きは迅速だった。

 ふだんはどちらかと言えば、のんびりタイプのおじさんである。

 

 しかしその時の動きは側付きの侍女にして、記憶にないほどの動きだった。

 王都の公爵家邸に帰り着くと、おじさんは短距離転移で邸へとむかう。

 そのまま母親を連れて、領都の本邸へと転移陣で移動する。

 

 祖父母が執務室に居ることを確かめて、おじさんは突撃した。

 

「リー?」


 祖父が目を丸くして、おじさんを見た。


「おや? ヴェロニカまで連れてどうしたんだい?」


 祖母がまたぞろなにかやらかしたのかといった表情で聞く。

 

「お祖父様、お祖母様! お母様も! 聞いてくださいな!」


 いつになく興奮気味のおじさんである。

 そんなおじさんを見て、どこか生暖かい視線になる大人三人だ。

 

「実は! つい先ほど水の精霊から聞いてしまったのです!」


「なにをだい?」


 祖父が優しく声をかける。

 

「タルタラッカの近くに、古代都市の遺跡が眠っているそうですの!」


“にゃにいいいいい!”


 三人が大声をあげる。

 おじさんの近くで聞いていた侍女もビックリだ。

 

「ちょっと待った。落ちつこう、いったん、落ちつこう。まだ慌てる時間じゃないわい!」


 祖父の言葉に母親と祖母が止まるわけもなかった。

 二人が一気におじさんとの距離を詰める。

 

「リーちゃん! その遺跡ってなに? 未発掘なの?」


「リー! 本気かい?」


 おじさんは詰められても動じることはなかった。

 

「詳しい話はこれからですわ!」


 と、おじさんはここで頭を回す。

 聖域に連れて行くのは簡単だが、やっていいことかわからない。

 恐らくは問題ないだろう。

 だが、無用なトラブルは避けたい。

 

 だから、おじさんは水の精霊アンダインを喚ぶことにした。

 シンシャとの繋がりを意識して、喚びだしたのと同じである。

 

「ユトゥルナお姉さま! きてくださいな!」


 おじさんの言葉とともに足下に魔法陣がクルクルと浮かびあがった。

 

「えへへ! 頼れるお姉ちゃんがやってきましたよぅ!」


 カメの甲羅を背負った美女の精霊が姿を見せる。

 

「あるぇ? リーちゃんのご家族?」


「お祖父様とお祖母様、それにお母様ですわ」


 このタイミングでおじさんを除いた三人が挨拶をする。

 上級精霊に挨拶をする、そんなことは初めての体験だ。


「私は水の精霊アンダインのユトゥルナです」


 そんな挨拶もそこそこに、おじさんが切りだす。

 

「ユトゥルナお姉さま! 先ほどの遺跡の話なのですが! 詳しくお聞かせ願えませんか?」


 頼られるとキリッとした表情が、とろけてしまう水の精霊アンダインである。


「いいわよぅ。場所はんーとねぇ、ここからだと南西の方かなぁ? 魔力がビビビってなってる場所知ってる?」


「プフテザーレの魔力異常地帯!」


 祖父母と母親が同時に声をあげた。

 おじさんももちろん知っている。

 青木ヶ原樹海のような磁場が乱れる場所だというイメージだ。

 

 この場所は魔力の流れが異常なのだ。

 魔法が使いにくいのに合わせて、生息している魔物も一筋縄ではいかない。

 故に魔導師殺しの森とも言われている。

 

 過去には罪人をプフテザーレの魔力異常地帯に流していたという記録もある場所だ。

 つまり探索も進んでいない。

 冒険者ギルドでさえ、第一級禁忌地域に指定している。

 

 未発掘の遺跡というのも納得のいく場所だ。


「すぐにでも確認に行きたい……が」


 祖母が考えこんでしまう。


「あそこはちょっとキツいのよねぇ」


 珍しく母親が渋る。

 祖父は腕を組んで黙っていた。

 が、その表情は明らかな渋面になっている。


 おじさんは地名を知ってはいるが、実際に足を運んだことはない。

 なので、三人が何に悩んでいるのか理解できないのだ。

 

「お母様、そんなに難しい場所なのですか?」


 純粋な好奇心からおじさんが話を振る。

 

「んんーそうねぇ。なんて言えばいいのかしら。こう、魔法の生成を阻害される? みたいな。魔力の強い人ほど影響が大きいのよ。かと言って魔力が弱くても影響を受けちゃうし」


 頬に手を当てて、どうしたものかという表情の母親である。

 

「むふふふ。そこでお姉ちゃんから提案があります!」


 水の精霊アンダインが、ハイという感じで手をあげて言う。

 

「リーちゃんが私と一緒に行ってぇ、魔力がビビビってなる原因を解決すればいいのよぅ」


「リーが?」


 祖父が口を開く。

 続けて、水の精霊アンダインを真っ直ぐに見る。

 

水の精霊アンダイン殿。貴殿を疑う気はないが、それは安全なのだろうか?」


「うん。大丈夫よ、だってリーちゃんってば…………あばばばばば」


 不用意な一言を発しようしたのだろう。

 お仕置きをうける水の精霊アンダインである。

 

 そこへトリスメギストスが喚びもしないのにでてきた。

 

『まったく。懲りない奴であるな』


「トリちゃん。どうしましたの?」


『うむ。主よ、そこの阿呆が言っていることは正しいのだ。探索を進めるのなら先ずは主が原因を取り除くが手っ取り早いな。祖父君、主の安全についてはこのトリスメギストスが我が身を賭けて保証しようではないか』


「トリスメギストス殿がそう言うのであれば」


 祖父が退く。

 

『御母堂と祖母君には、後ほど我から説明をしよう』


 その言葉に納得した二人である。

 

 こうしておじさんと水の精霊アンダインで、とりあえず遺跡にむかうことが決定したのだった。

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