第285話 おじさん聖女がはしゃぐのを眺める


「リー! 狩人ハンターよ! ここに狩人ハンターがいるわ!」


 予想外の出来事で、一瞬だが目を回していた聖女が回復したと同時に叫ぶ。

 

「アタシって言う可憐な乙女をつけ狙う卑怯な狩人ハンターがっ!!」


 どうにも聖女は混乱しているようだ。

 何人かは“ブフっ”と吹きだしている。

 

「エーリカ。あの魔法陣は浮島まで跳ぶためのものですわ」


 そう。

 おじさんは母親のやりたかったことを理解していた。

 この温泉地での移動手段にしたのだ。


 おじさんの言葉に聖女が目を見開いて、身体をプルプルと震わせる。

 

「それってまるっきり配管工……ちょっと行ってくりゅ!」


 ウキウキしながら聖女が魔法陣へと駆けていく。

 

「あ。エーリカ、ちょっと待つのです!」


 パトリーシア嬢が追いかける。

 その目の前で聖女が跳んだ。

 びよーん、と。

 

 手近な浮島に着地すると、聖女の声が響いた。

 

「いえあ! めっちゃ楽しい!」


 パトリーシア嬢も聖女に続いて跳ぶ。

 

「これは! 思っていたより楽しいのです! 浮島でもお湯に入れるのですかっ!」


 聖女がまた別の浮島目がけて、びよーんと跳んでいる。

 

「リー! これってアタシを攫いにくるカメのバケモノがいるんじゃないの?」


 聖女の声が魔法でとどく。

 カメのバケモノ。

 おじさんの脳裏にカメの甲羅を背負った精霊がうかぶ。


「そんな物騒なものはいませんわー!」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、二手に別れていた。

 一方は聖女とパトリーシア嬢を中心に、アトラクションを楽しむグループだ。

 きゃっきゃと女子特有の高い声が響いている。

 

 もう一方はおじさんとアルベルタ嬢を中心として、のんびり湯船につかるグループである。

 今は棚田状に湯船が立体的に連続する場所に陣取っていた。

 ここからなら温泉地の景観がよく見える。

 

 ほう、と息を吐きながら絶景を楽しむ。

 聖女たちの楽しそうな声が響いてくるのもご愛敬である。

 

「リー様の長期休暇はどうでしたの?」


 アルベルタ嬢がおじさんに訊ねる。

 その質問には、ちょっと困ってしまうおじさんだ。

 話してはいけないことが多すぎる。

 

「色々とありましたわねぇ」


 と言いつつ、頭を巡らせるおじさんだ。

 

「魔楽器の開発なんかもしましたし……そう言えば、どうです? 演奏はできましたか?」


「ええ。パティが中心になって皆で演奏しておりましたの」


「パティが?」


「教育係の筆頭が軍楽隊出身の方だったそうですわ」


 おじさんの疑問に答えたのはルシオラ嬢である。

 

「なるほど。それは心強いですわね」


 ウンウン、と頷くおじさんである。


「エーリカの鼻歌から楽譜を起こしたり、指導したりと大活躍でしたわ」


 ニネット嬢が続く。

 

「では、皆でそろいの衣装でも着て演奏しましょう」


 パンと手を打つおじさんである。

 

「リー様の足を引っぱりそうで怖いですわ」


 アルベルタ嬢が素直に心音を打ち明けた。

 それに追従するかのように頷く、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々である。

 

「人に聞かせるのではないのですから、上手い下手ではないのです。ただ、楽しめばいいのですよ」


 おじさんの諭すような言葉に、顔を紅潮させてしまう。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツはチョロい。

 そう思われないか、ちょっと不安になるおじさんであった。


 その瞬間であった。

 おじさんたちの入っている温泉がボコボコと泡を立てる。


「リーちゃああああん!」


 問題児の水の精霊アンダインが顔を覗かせた。

 その姿は心なしか痩せているように見える。

 背中に背負った甲羅は健在だが、儚げな美女という姿だ。

 

「どうかしましたか?」


「はれ? なに、この子たち?」

 

 水の精霊アンダインの出現に、皆が固まってしまう。

 問題児であっても、水の上位精霊なのだ。

 

「お友だちですわ」


 おじさんの言葉に、ハッとする水の精霊アンダインであった。

 実は水の精霊アンダイン、おじさんの魔力に気がついて顔をだしたのである。

 他に誰か居るのか、という大事なことが、すっぽりと頭から抜けていた。


「う……ど、どどど、どうしよう?」


 気づいてしまったものの、どうすればいいのかわからない。

 それをおじさんに聞いてしまうのが、水の精霊アンダインたる所以である。

 

 おじさんは、ニコリと微笑む。

 そして、アルベルタ嬢たちに言う。

 

「皆さん、ごめんなさい。緊急の用が出来したようですわ」


「畏まりました。リー様、私たちはここで待たせていただきます」


「時間がかかるようでしたら、一度戻って参りますから」


 そう言って、おじさんは水の精霊アンダインに顔をむける。

 

「ユトゥルナお姉さま、参りましょうか!」


「う、うん」


 すっかりペースの乱れた水の精霊アンダインが素直に頷く。

 

 そこへ聖女の声が響いた。

 

「でたわね! くっぱあ! リーを攫いにくるなんて! なんでアタシじゃないの?」


 完全に往年のアレと勘違いしている聖女であった。

 

「なに? なんのこと?」


 水の精霊アンダインが首を傾げる。

 その隙におじさんは軽く魔法を使う。

 水の魔法を使って、聖女を空に打ち上げたのだ。

 話がややこしくなる前に。

 

「あびゃあああ!」


 噴水のような水に打ち上げられた聖女が悲鳴を漏らす。

 

「アリィ、後は任せてもいいですわね?」


「承知しました」


 歯切れのいい返答におじさんも首肯で返す。

 

「では、ユトゥルナお姉さま」


 おじさんは水の精霊アンダインを連れて、短距離転移で姿を消すのであった。

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