第284話 おじさん薔薇乙女十字団と温泉を楽しむ


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが輪になって手をつなぐ。

 その中心に居るのはおじさんだ。

 

「いきますわよ!」


 おじさんが披露するのは逆召喚魔法。

 さすがに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと言えど、転移陣についてはまだ話せない。

 しかし逆召喚ならば、属人的な魔法である。

 

 さらにルシオラ嬢とエンリケータ嬢の二人は、既に体験したことがあるのだ。

 と言うことで、おじさんはバベルに温泉地へと移動してもらって逆召喚する。

 

 さすがに毎度、移動してもらうバベルに悪い気がするおじさんだ。

 だが、当の本人としては頼ってもらって嬉しいらしい。

 

 東京駅をモチーフにした巨大な洋館が、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツを出迎える。

 そのことに衝撃を受けてしまい、口が半開きになってしまう面々だ。

 

 今回、おじさんが皆を案内するのは、一般公開用のスペースである。

 公爵家のプライベートスペースに案内しては、皆も気をつかってしまうだろうという配慮だ。

 

 温泉街は大きく区画がわかれている。

 公爵家別荘、騎士団駐屯地、タルタラッカ。

 この三つを頂点とした三角形内を、おじさんは精霊たちの力を借りて開発した。

 

 公爵家別荘付近が貴族用の一般公開スペースだ。

 騎士団駐屯地やタルタラッカ付近の区画は、既に利用され始めている。

 

 だが、この貴族用の区画は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツがお初なのだ。

 おじさんが思うままに腕を振るい、精霊たちが喜んで力を貸す。

 その結果、できあがった区画なのだ。


「いいぃぃぃぃやっっっふううぅぅぅぅぅ!!」


 真っ先に行動を起こしたのは聖女だった。

 さっさと浴衣よくいに着替え、我先にと走りだす。

 

「!?」


 が、聖女の足が止まってしまった。

 そこには予想に反した光景が広がっていたからである。

 

 この区画のテーマは自然との調和だ。

 精霊たちも最も力を入れたテーマで、それゆえに張り切ってしまった。

 結果、幻想的な雰囲気あふれる景観になっているのだ。

 

 基本的には露天風呂である。

 入ってすぐに目を惹くのは、お湯の色だろう。

 鮮やかなスカイブルーや、エメラルドグリーンのお湯がある。

 他にもザクロ色や金柑色、乳白色と色とりどりだ。

 

 岩に囲まれた露天風呂だけではなく、滝もあれば、棚田のように立体的な湯船もある。

 さらには浮島があって、そこからお湯があふれていたりもするのだ。

 

 おじさん的には九寨溝をイメージしていた。

 だが精霊たちの手が加わることで、より幻想的な景観を獲得したと言える。

 

「り、り、り、リー?」


 聖女がぎこちなく振り返る。

 

「どうです? 見事な景観でしょう?」


 おじさんも浴衣よくいに着替えていた。

 その姿を見た聖女が、ゴクリ、と喉を鳴らす。


 浴衣から伸びる、すらりと長い手足。

 女性らしく豊かな曲線を描く身体。

 透けるように白い肌。

 アップにしてまとめられた、うっすらと青みがかった銀髪からのぞく首筋。

 

 はかなげな美しさではない。

 健康的な美である。

 ただし、その魅力は同性でさえ惹きつけるようだ。

 

「ね、ねぇ。リーってばまた成長してない?」


 聖女の言葉におじさんは、そのおとがいに指をあてる。


「確かに身長が伸びていますわね」


 おじさんたちは、十四歳。

 第二次性徴が真っ盛りの年齢だ。

 身体に変化があって当然である。


 ちなみに、おじさん入学した時点で一七〇センチほどの身長があった。

 入学時の女子生徒平均よりも五センチほど高い。

 

 聖女は自分のツルペタストーンに目を落とす。

 身体の成長は個人差が大きい。

 

 まだまだこれから。

 そう思って、聖女はもう一度おじさんを見た。

 

「って納得できるか!」


 ぷりぷり怒りながら、ズンズンと温泉へとむかう聖女である。

 その後ろを追うように、おじさんたちも湯船にむかう。


 テーマは自然との調和。

 だからこそ使い勝手が悪くては意味がない。

 おじさんはところどころに洗い場や、四阿あずまやなどを設えている。

 

 そこでかけ湯をして、手近な温泉につかった。

 マリンブルーをした色のお湯である。

 少し低めの温度なので入りやすい。

 

「素晴らしい景観ですわね」


 アルベルタ嬢が誰に言うでもなく、ぼそりとつぶやく。

 

「リーお姉さまは素晴らしいのです!」


 パトリーシア嬢が続く。

 

「いいぃぃいやっふうううう!!」


 そこへ聖女の声が響いた。

 聖女はこの区画にもあるスライダーにむかっていたのだ。

 しばらくして、ざっぱあんと水しぶきがあがる。

 

「たっのしい! ほら、パティも行くわよ!」


「まったくもう! エーリカは仕方ないのです!」


 などと言いつつも、パトリーシア嬢の腰が軽い。

 ささっと動いて聖女と一緒に駆けていく。

 

 ほどなくして二人の声が響いた。

 あはは、うふふ、と二人の楽しそうな声に、他の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々もそわそわとしている。

 

「楽しんできてくださいな」


 様子を察したおじさんの一言で、半数ほどのメンバーが動く。

 

「あ! エーリカ、そこに魔法陣が刻んであるのです」


「本当ね。これってなんの魔法陣かわかる?」


「んー初めて見る術式なのです」


「まぁこんなところに刻んであるってことは悪いものじゃないでしょ」


 楽観的な聖女が言う。

 

「お姉さまに確認をとった方が…………」


「みぎゃあああああああ!」


 聖女が空高く跳ばされていた。

 そう。

 おじさんが開発した大ジャンプの魔法陣である。

 朝、母親が刻むと言っていた。


 おじさんはてっきり公爵家専用スペースに刻むと思っていたのだ。

 しかし、なぜかこの区画にも刻んである。

 

 それを聖女が踏んだのだ。

 

「きれいに跳んでいますわね」


 アルベルタ嬢の言葉に、おじさんも首肯する。

 と同時に、目を回しているであろう聖女に対して風の魔法を発動するのであった。

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