第283話 おじさん薔薇乙女十字団を温泉に招待する


 前世では長期休暇明けには、始業式という苦痛の時間があった。

 ムダに長く、ムダな話が続く。

 しかし、学園ではそうした皆を一堂に集めての訓示はない。

 

 さらっと初日からいつもどおりの講義がスタートする。

 おじさんにとっては今さらというものだが、真面目に講義を聴く。

 普通の学園生活というのも悪くないものだ。

 

 すべての講義が終わった後、おじさんたちは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの部室に移動する。

 ちなみにアルベルタ嬢は男子生徒と、食堂にあるサロンでお話し中だ。


 久々の部室に入ったおじさんは、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々から報告をうける。

 長期休暇中にはあんなことがあった、こんなことをした、などなど。

 実に他愛のない話から、魔法に関することまで幅広い。

 

 こういう和気藹々とした雰囲気がおじさんは好きだ。

 前世には縁がなかったからか。

 なんとも楽しいのである。

 

 ひとしきり報告を聞き終えたタイミングで、アルベルタ嬢が戻ってきた。

 その表情から実りのある会談だったということがわかる。

 

「リー様、遅くなりまして申し訳ありません」


「おつかれさまでした、アリィ。上首尾であったようですわね」


 おじさんの言葉に表情をさらに綻ばせるアルベルタ嬢だ。


「ええ。男子生徒四名、リー様の派閥に加わるとのことです」


 アルベルタ嬢の報告に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから拍手が起こる。

“ああ”とおじさんは、その件を聞いて思いだす。


「ルシオラ嬢とエンリケータ嬢から聞いたのですが、追加人員の件はどうなさいますの?」


 その言葉に表情を引き締める面々だ。

 なにせ自分たちの今後の活動にも関わる話である。

 代表してアルベルタ嬢が、現状をおじさんに説明した。


「なるほど。課外活動本来の目的から言えば、上級生も受けいれるべき。ただ皆としては今の面子での時間も捨てがたい、と」


 課外活動では同じクラス以外の人間と交流が持てる。

 それは上級生も含めてだ。

 

 貴族に限らず、こういう繋がりは重要である。

 だからこそ学園では家の意向も考慮して課外活動に参加するのだ。

 

 翻って、今の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは同じクラスの集まりでしかない。

 繋がりという意味では広がりがない。

 新入生が入ってくれば別だが、現時点ではおじさんファンクラブの側面も否定できないのだ。

 

「リー様はどうお考えですか?」


 アルベルタ嬢の問いにおじさんは沈思黙考だ。

 そこで、ふと思い当たることがあった。

 

「そうですわね。薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに加入したければ、学生会に参加してもらうのはどうでしょうか?」


「学生会に? なるほど。先日、リー様が仰せになった乗っ取りを兼ねた案ですわね!」


 うん? とおじさんは思った。

 

薔薇乙女十字団ローゼンクロイツはそのままに、学生会を噛ませることで関係性を持たせる。それならば納得する者も多いでしょう」


「どどど、どういうことだってばよ!」


 聖女が割って入ってくる。

 そこでアルベルタ嬢が説明をした。

 

 学生会が薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの二軍になると。

 そうすれば薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの今の面子を守りつつ、新しい人員の受けいれにも対応できると。


 来年になって新入生が入ってくれば、また話は違ってくるだろう。

 しかし、現状では最適解だとアルベルタ嬢には思えた。

 

 上級生が薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに加入してきて大きな顔をされることもない。

 また学生会に参加するのだから、ちょっかいをだそうにもだしにくくなる。

 

「んーわかったようなわからないような」


 聖女が首を傾げている。

 パトリーシア嬢もだ。

 

「大丈夫ですわ。アリィに任せておきなさい」


 おじさんもそこまで考えていたわけではない。

 なんだかデキる御令嬢のアルベルタ嬢が先回りしてくれただけだ。

 でも、それでいいのである。

 おじさんはアルベルタ嬢を信頼しているのだから。

 

「そうね。リーがそう言うのならそれでいいわ! アリィはよきにはからって」


 聖女がアルベルタ嬢の肩を叩く。

 そして、力強く首肯するアルベルタ嬢であった。

 

「では、皆さんに提案がありますの」


 話が一段落したところで、おじさんが薔薇乙女十字団ローゼンクロイツを見渡す。

 

「先日、うちの領地で温泉を開発しましたの。今日は切り上げて皆で温泉に参りましょう」


「え? 今から領地の温泉に行くのです?」


 パトリーシア嬢が疑問の声をあげた。

 

「大丈夫ですわ。わたくし、転移の魔法を覚えましたから」


「は!? リー、ちょっと今、転移って言った?」


 聖女がおじさんに顔を寄せてくる。

 

「言いましたよ」


「もうなんでもありじゃないの!」


 半ば呆れたような、半ば尊敬するような表情で聖女はおじさんの肩を叩く。


「なんでもはできませんわ。できることだけです」


「人よりできる範囲がちょっと広いだけなのよね?」


 おじさんの言葉に皮肉を付け加える聖女であった。

 だが、そんな皮肉はおじさんに通用しない。

 

「エーリカは温泉辞退ということでよろしいですわね。皆さんはどういたします……」


「ばかあ! 行くに決まってンじゃないの!」


 聖女がおじさん肩を揺すぶる。

 

「ちょっとした聖女ジョークなんだから!」


 雉も鳴かずば打たれまい。

 聖女という雉は、おじさんにヘッドショットを決められたのであった。

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