第282話 おじさんの二学期がスタートする


 学園の二学期がスタートする日である。

 まだ残暑の残る季節ではあるのだが、真新しい制服に袖をとおしたおじさんはご機嫌だった。

 

「お嬢様、よくお似合いですわ」


 側付きの侍女からの言葉も嬉しいものだ。

 中の人はおじさんであっても、新しい服を着るのはテンションが上がる。

 

 スカートにブレザーの組み合わせ。

 濃い藍色を基調として、あしらわれた金ボタン。

 素材としては重めだが、おじさんの制服は空調機能を付与してあるのだ。


 なので暑くても大丈夫。

 ちなみにこの空調機能を付与する技術は、既に公爵家の専売特許になっている。

 驚くほどのスピードで許可されたのは、主に王妃を筆頭としたご婦人たちからの要望があったからだ。

 

 夏用のドレスがあると言っても、暑いものは暑い。

 ダラダラと汗をかいていては、貴婦人たるものよろしくないのだ。

 そこを気合いで我慢したり、こっそり魔法を使ったりしていたわけである。

 

 だが、いつも魔法が使えるわけではない。

 王城の中では魔法が使えない場所があるわけだ。

 

 だが、おじさんの空調機能が付与された服ならどうだろうか。

 暑さ問題をあっさりクリアできるのだ。

 そのためご婦人から熱烈な要望があった。

 娘たちも同様である。

 

「これが手に入らないなら離縁します」


 と迫ったご婦人もいたとかいないとか。

 そうなれば男としても動かざるを得ない。

 そもそも男性にとっても空調機能がある服は嬉しいものだ。

 

 なので異例のスピードで許可されるに至ったのだ。


「おはよう、リーちゃん」


 食堂に入ると、母親から声がかかる。

 

「おはようございます。お母様」


 周囲を見ると、弟妹たちと父親の姿がない。

 ちなみに弟妹たちの朝はあまり早くないのだ。

 なにせ学園にかよっていないのだから。

 

「お父様はどうされたのです?」


「天空龍シリーズのことで呼びだされたのよ」


“ああ”とおじさんは納得した。

 本当は学園が始まるまでに納品する予定だったのである。

 しかし、仕様書のことであれこれと揉めていたのだ。

 

 結果として、学園のスタートまでに間に合わなかった。

 おじさんとしては素材さえあれば、さほどの手間がかからない。


 だが、いつまでも待たされるのも歓迎できないのだ。

 なにせ気にかかってしまうのだから。

 

「横並びで作るといったのが悪かったのでしょうか?」


「ちがうわ。リーちゃんに任せておけばいいのに、色々とこだわるから時間がかかるのよ」


 と、母親が朝食を口に入れる。

 本日のメニューはケークサレだ。

 かんたんに言うと、肉や野菜を入れた塩味のパウンドケーキである。

 

 おじさんはドライトマトが入ったものが好みだ。

 トマトの甘みと、ケーキのふんわりとした塩味が絶妙なのである。

 

 他にも新鮮な野菜やら肉やらがならんでいた。

 クワトロフォルマッジのピザもあるが、朝からチーズは重いと思うおじさんだ。

 飲み物には定番となったヨーグルトとフルーツの炭酸水割が用意されている。

 

「こだわりたいという気持ちはわかるのですが……あまり待たされても困りますわ」


 そんなおじさんの言葉に首肯する母親であった。


「リーちゃん、この間の魔法陣、温泉につけてもいいわよね?」


 おじさんが女神の空間で遊んでいた大ジャンプできるアレである。


「かまいませんが、距離がですぎると危険ですわよ」


「任せておきなさい。魔道具開発はお手の物なんだから、その辺はバッチシ調整ずみよ」


 母親の言葉に嘘はない。

 恐らくは湯船へ飛びこむ感覚で使いたいのだろう。

 

「むふふ。楽しみだわぁ」


「ほどほどに楽しんでくださいませ」


 そんな会話をしながら、おじさんは学園へとむかったのである。

 

 学園に到着して、騎士の手を借りて馬車を降りる。

 超絶美少女っぷりが炸裂しているおじさんだ。

 その姿に見惚れ、立ち止まる者が多い。

 

 そう言えば、とおじさんは思いだす。

 一学期にはこのタイミングで王太子に声をかけられたな、と。

 

「おはよう、リー」


 最初に声をかけたのは聖女であった。

 その後ろにはアルベルタ嬢やパトリーシア嬢の姿も見える。

 他の薔薇乙女十字団の面々もだ。

 

 その様子におじさんは目を見開いて驚いてしまった。

 

「どうかなさったのですか?」


「今日は皆がリー様と一緒に登校したいと申しまして。ご迷惑かもしれませんが、ご一緒させていただけないでしょうか?」


 アルベルタ嬢がおじさんに頭を下げる。

 

「迷惑ではありませんわ! では、皆で参りましょうか!」


 おじさんを先頭にして、薔薇乙女十字団が歩を進める。

 その姿は威風堂堂。

 周囲の生徒たちは足をとめて、道をあけるのであった。

 

「あーそのなんだー。皆、変わりないようでなによりだー」


 教室へと入ってきた男性講師が、ぐるりと見渡してから口を開いた。

 相変わらず間延びした話し方である。

 

 ボリボリと音が鳴りそうな勢いで、後頭部をかく。

 そして、男性生徒を見て言った。

 

「あーもう気づいていると思うがー。殿下と側近たちなー、無期限で休学ってことだからー」


 なんとも口にしにくそうである。

 だが、告げておく必要があるのだ。

 

「それとー今学期から魔技戦が始まるからなー。その成績によってはクラスの入れ替えもあるぞー。あと、リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワは殿堂入りってことでー、校内の魔技戦には出場禁止だからー。自動的に負けがひとつなくなりましたー」


“なんですって!”といつもならアルベルタ嬢が噛みつきそうなところだが、おとなしくしている。

 おじさんが先に告げておいたからだ。

 学園長からそういう話がありました、と。

 

 なので平和的に男性講師は伝達事項を伝え終わることができた。

 講師が退出すると、講義が始まるまでのわずかな時間がある。

 

 そこで男子生徒が動いた。

 王太子と取り巻きが抜けた後、残ったのは四人の男子生徒である。

 

「リー様。少しだけお時間いただけますでしょうか?」


 代表して最も実家の爵位が高い男子生徒が声をかけた。

 

「はい。かまいませんよ」


 おじさんとて同じクラスの男性生徒と事を荒立てる気はまったくない。

 

「前学期は殿下の手前、何もできずに申し訳ありませんでした」


“申し訳ありませんでした”と男子生徒が唱和して頭を下げる。


「謝罪は受け取りました。あなたたちも厳しい立場にあったと推察します。ですのでお気になさらずに」


 本当は謝罪の必要もないとおじさんは思う。

 だが、これもケジメのひとつだ。

 

 おじさんが謝罪を受けとらなければ、彼らが窮地に立たされる。

 なので受けとった上で、許すと言ったのだ。

 

「感謝いたします」


 再び頭を下げる男子生徒たち。

 席へ戻ろうとしたところで、おじさんはアルベルタ嬢に目配せをする。

 アルベルタ嬢もそれに気づいて小さく頷いた。

 

「後でお話をいたしましょう」


 男子生徒に声をかけるアルベルタ嬢である。

 薔薇乙女十字団に加入させることはできないが、派閥に入らないかというお誘いだ。


 そうしたことはおじさんよりも、アルベルタ嬢の案件である。

 着々と地固めに入ろうとする、薔薇乙女十字団なのであった。

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