第278話 おじさんを巻きこませないための思いやり


 王城を辞したおじさんである。

 ついでに父親は体調不良ということで引き取った。

 

 騎士たちが担いで馬車に乗せてくれたのだ。

 そして、今である。

 

 タウンハウスのいつものサロンにて、父親は母親とおじさんに囲まれていた。

 知らぬ人が見れば、両手に花である。

 だが、その花は近づけないほど毒々しい空気を放っていた。

 

「……ということなのです。ボナッコルティ卿に他意があったわけではありません」


 おじさんの説明に未だ不満そうな表情が隠せない父親である。

 その顔を見た母親が、小さく息を吐いて口を開く。


「スラン……その程度のことで狼狽えていたら、リーちゃんに嫌われちゃうわよ」

 

「え!?」


「リーちゃんだけじゃないわね。ソニアのときにもそうなったら最悪よ」

 

「き、嫌われる? 嘘…………だろ?」

 

 魂の抜けそうな表情で父親が小声でつぶやく。

 それを見た母親が首を横に振った。

 

「男親にありがちなことよね」


「か、確認だけど、ヴェロニカ。ヴェロニカも義父殿のことを?」


「ええ。だいっきらいだったわね!」


「はう!」


 この世に希望はないというほど暗い顔になる父親であった。

 

「でも、それって私のことだから。リーちゃんはどう思っているんでしょうねぇ?」


 実に悪い顔をしている母親だ。

 

「リーちゃん!」


“嫌いになってないよね”という願いをこめた視線がおじさんに突き刺さる。


「そうですわねぇ…………」


 顎のあたりに指をピトリと置いて、考える仕草をした。

 

「今回は保留としておきましょうか」


 アウトよりのセーフ。

 それがおじさんの判定だった。

 

 父親はホッと胸をなでおろした。

 ただ、おじさんの次の一言でドキリとしてしまう。

 

「お父様、ひとつ提案がありますの」


「なにかな?」


 平静を装いつつ、娘を見る父親の顔を作る。

 

「宮廷魔法薬師の皆さんを温泉地に招待してはどうでしょう?」


 おじさんがタルタラッカにて開発した温泉保養地である。

 一般にも利用できるように、きちんとスペースをわけていたのだ。

 しかも貴族用と庶民用でもわかれている。

 

 ちなみに庶民用の方には、旧タルタラッカの村人たちは毎日かよっているほどだ。

 まだ貴族用の方は使われていない。

 そこに招待しようと言うのだ。

 

「ああ。それはいいかもね」


 父親も頭の中で計算する。

 あの保養地の温泉ならば、ゆっくりと身体を癒やせるだろう。

 それに水虫にも効果があり、美味い酒もある。

 彼らが王都に戻ってきたときには、良い宣伝になるはずだと。


「転移陣を使わずとも一ヶ月ほどの休暇があれば、のんびりできると思いますわ」


 ふふふ、とそのタイミングで母親が含み笑いを漏らす。

 

「リーちゃんもやるようになったわね」


 母親の言葉におじさんは頭の中がハテナでいっぱいになる。


「これで大手を振ってお薬を売れるわけでしょう? おまけに温泉地の宣伝までさせちゃって」


「お母様、それではわたくしが仕組んでいたように聞こえますわ!」


「冗談よ、そんなこと考えていなかったのでしょう?」


「もう! ぷんぷんですわ!」


 おじさんが母親に対して、ツーンとする態度をとる。

 その姿を見て、ニコニコする母親だ。

 ただ、一瞬であったが父親の方に真剣な視線をむけた。


 そもそも、おじさんと魔法薬師の関係は王妃の件から始まる。

 あれは極秘にされていただけに、知る者は少ない。

 だから、いつの間にかおじさんが魔法薬師と関係を作っていたように見えるのだ。

 

 それに育毛剤からしておじさんが作り上げている。

 後にリクエストに応えて水虫の薬まで作り、大反響を得ているわけだ。

 ぶっちゃければ、おじさんのせいで王宮魔法薬師たちはブラックな環境になったとも言える。

 

 そう考えれば、あながち母親の言うことも間違いではない。

 さらに穿った見方をすれば、王宮魔法薬師たちを公爵家で囲おうとしているように見えてもおかしくない。

 

 もちろん、おじさんに他意はない。

 ただ相談されたから、役立とうとしただけだ。

 今回の温泉に招待する件も同じである。

 

 しかしそれが皮肉にも、足を引っぱりたい存在には攻め手になるのかもしれない。

 そのことに気づかされて、父親は気を引き締める。

 

 きゃいきゃいと賑やかな声をあげている二人に視線をむける父親だ。

 母親とアイコンタクトで、了解したと伝える。

 

 王国の貴族も一枚岩ではない。

 幸いにして今代は国王を中心に、気心の知れた者が上位を固めている。

 そのため上層部に関してはまとまっていると言えるだろう。

 

 だが、王国の貴族は多い。

 中には足を引っぱりたい輩もいるのだ。

 

 そうした輩から家族を守るのもまた父親の仕事である。

 

 改めて決意を固める父親の耳に、どうにも気になる言葉が入ってくる。

 

「そうですわ! お母様、日が落ちたら花火大会をいたしましょう!」


「リーちゃんがお披露目のときに使った魔法でしょう? とっても興味あるわ!」


「え? どこでやる気なんだい?」


 父親が胃の辺りをさすりながら、おじさんに聞く。


「ここでいいですわよね、お母様?」


 おじさんは母親に話を振る。


「べつに攻撃魔法を使うんじゃないから大丈夫でしょ」


「だ、そうですわ。お父様!」


 キラキラとした目でおじさんが父親を見る。

 

「…………迷惑はかけちゃダメだからね」


 どうにも嫌な予感がする父親であった。

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