第277話 おじさん中毒者に王城で出会う


 王城にて大きなお友だちの要望を聞いたおじさんである。

 話もそこそこに切り上げて、自宅に戻ろうとした。

 そこへ姿を見せたのが、王宮魔法薬師筆頭のエバンス=グヘ・ボナッコルティである。

 丸眼鏡をかけた長身痩躯の男性だ。

 

 以前、見たときよりもさらに痩せている。

 げっそりしたといった感じだ。

 おじさんのことに気づいていないのか、ふらふらとしながら歩いている。

 

「ボナッコルティ卿」


 つい、おじさんは心配になって声をかけてしまう。

 

「ん? リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワではないか!」


 おじさんの姿を見ると、クワと目を見開き大声をだす筆頭薬師である。

 これがふつうの令嬢であれば、泣きだしてしまうくらいの勢いだった。

 

「ちょ。どうかしたのですか?」


「いいところで会った。頼む、あの薬を、いや飴をくれぇい!」


 はて、と首を傾げてしまうおじさんだ。

 眼前には必死の形相になった筆頭薬師が血走った目でおじさんを見ている。

 

「飴? …………ああ。あのちょっと元気になる飴ですね?」


 おじさん、腰のポーチから宝珠次元庫をとおしてキャンディポットを取りだす。

 

「こちらでよろしいですか?」


「おお! これだ、これだあああ! これで勝つるぞおお!」


 うやうやしくポットを受けとると、両手で天に掲げる筆頭薬師だ。

 その姿を見たおじさんはドン引きしてしまった。

 

 そもそも依存性のある成分なんて入れていないのだ。

 なぜこのような重症の中毒者のようになっているのか。

 おじさんには図りかねた。

 

「ふおおおおおお! ふおおおおおお!」


 王城の中で奇声をあげないでほしい。

 切実にそう思うおじさんである。

 

 ポットから飴を一粒。

 口に含んで、筆頭薬師は狂乱している。

 

 関わらない方がよさそうだ。

 おじさんはそう判断して、そっとその場を後にしようとした。

 

 だが、おじさんは筆頭薬師から逃げられない。

 その細い肩をがしりと掴まれてしまったからだ。

 

「リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ! 頼む。協力してくれい」


 頬を引き攣らせながら、おじさんはぎこちなく笑みを浮かべる。

 

「な、なんのですか?」


「水虫の薬だ! 正直に言おう! 需要の底を浅く見過ぎてしまったのだ」


 当初、筆頭薬師から相談があったのは薄毛に対する薬のことだった。

 この魔法がある世界でも育毛的なことはできても、発毛は無理だったのだ。

 結果、ある派とない派で抗争が勃発しそうになったのである。

 

 その解決策として水虫の薬で目先をそらしたのだ。

 だが、この水虫の薬がマズかった。

 

 武官だけではなく、文官も基本的にはブーツを履いているのだ。

 さらには貴族家の女性からも、内々に求められていると言う。

 

 ちなみに水虫の薬は市井にも話が広がっている。

 そこまでになると、王宮魔法薬師の職掌外になってしまう。

 しかし表立っているのは王宮なのだ。

 

 当然だが問い合わせが殺到する。

 そこに薬作りも並行せねばならない。

 いかに王宮魔法薬師はエリート揃いといっても、明らかに個人ができる仕事の分量を超えている。

 つまりブラック労働なのだ。

 

「では、うちの商会を使って大々的に販売をいたしましょう」


 もともとそうする予定ではあったのだ。

 今では家族や騎士たちの中でも希望者には渡している。

 それを販売すればいいだけだ。

 

「頼む。外務卿閣下には私からも話をとおしておこう。もう、最近はこの飴がないと生きていけんほど忙しいのだ」


 外務卿閣下とはおじさんの父親のことだ。

 今度は泣きそうな表情になっている筆頭薬師を見て、おじさんは気の毒に思った。


 情緒が不安定になっている。

 これはよくない傾向だ。

 

「承知しました。それとボナッコルティ卿、どうかお休みをとってくださいな。わたくしから陛下に奏上しておきますから。魔法薬師全員でお時間をとった方がいいですわ」


 おじさんに優しい言葉をかけられた筆頭薬師は、鼻の奥がつーんときてしまった。

 最近はうるさがたの貴族たちにせっつかれてばかりいたのだ。

 

 まさにおじさんの言葉は干天の慈雨のようであった。

 筆頭薬師の乾いた心に、慈しむ言葉がしみこんでいく。

 

 思わず、目がうるんでしまう。

 いかん、と思いつつも、勝手に視界が歪む。

 

「…………そうだな、そうしたいな」


「あとで飴も届けさせますが、あまりたくさん食べてはダメですわよ。ちゃんと食事もとりませんと、元気になりませんわ」


 おじさん、つい前世を思いだしてしまった。

 社畜だったからこそわかるのだ。

 

「そうだな。そなたの言うとおりだな!」


 おじさんの肩を掴んでいた手に力が入る。

 

「では、そういうことで失礼…………」


 おじさんが話を切り上げようとしたときだった。

 

「ゴルあぁぁぁぁ! うちのかわいい娘の肩を掴むとはなにごとじゃあああああ!」


 怒声が王城に響く。

 見れば、父親が鬼の形相になって駆けてくるではないか。

 

「げええ! ちがう! ちがうのだ! 外務卿……」


 おじさんの肩を離して、筆頭薬師は無実を証明するように手をあげる。

 

「やかまっしゃああああ!」


「お父様!」


 おじさんが叫ぶも父親はとまる気がないようだ。

 

「お父様! お父様、ハウス!」


 腰の剣に手をかけたのを見て、おじさんが飛びだす。

 両腕を大きく広げて、大声をあげた。

 

「リーちゃん、どいて。そいつ殺せない!」


 どこのヤンデレだとおじさんは思いつつ、息をひとつ吐く。


「殺してはいけませんわ」


 おじさんは指をパチンと鳴らす。

 

「あばばばばばば」


 魔法を使って父親を麻痺させたのである。

 全身を引き攣らせて倒れ込む父親であった。

 

「…………外務卿閣下は大丈夫なのか?」


「どうということはありませんのよ。おほほほ」


 では、と会釈しておじさんはその場を去ることにした。

 父親の襟首をむんずと掴んで、ずりずりと引っぱっていく。

 

 その後ろ姿を見て、筆頭薬師は思う。

 あれと結婚することになる男は確実に尻に敷かれるな、と。

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