第276話 おじさんの大きいお友だちたちの要望を聞く


 アルテ・ラテンの後始末における一騒動も終わった。

 大穴に関しては、いったん棚上げとなっている。

 ただ、もう少しすれば女神の大穴の噂も届くだろう。

 

 おじさんは間もなくスタートする二学期にむけて準備をしていた。

 とは言っても、特別にすることはない。

 

 そんな中、夕食の席で父親に告げられたのだ。

 

「リー、明日は予定があるのかい?」


「いえ、特にありませんわ」


「だったら王城にきてくれないだろうか」


「…………鎧のことですか?」


 少しだけ考えてから、おじさんは心当たりを聞く。

 

「そうなんだ。皆、欲しいと言ってしまってね」


「皆?」


「兄上と宰相、軍務卿の三人に加えて、学園長の四人だね」


 わざとらしく指折り数える父親である。

 

「承知しました。できれば学園が始まる前に片づけておきたいですもの」


「うん。お願いするよ。対価の件はこちらで調整しておくから」


 そんなこんなの翌日である。

 おじさんは侍女たちにおめかししてもらって、父親と一緒に王城に出かけた。

 王城に着いて父親の執務室に入る。

 

 実はおじさん、父親の執務室にくるのは初めてだ。

 シンプルで装飾の少ない。


 ブーツからサンダルへと履き替える父親の姿を眺めつつ、ソファで寛ぐ。

 ちなみに父親の水虫は完治している。

 ただ再発しないように、きっちりとおじさんの指示に従っているのだ。

 

 ぐるりと見渡すと、既に父親の執務室には漆器の器が飾られていた。

 他にもおじさんが作ったゲーム道具も見える。

 

 で、おじさんは思いだした。

 そう言えば実家にゲームセンターを作る案があったような、と。

 

「お父様、そう言えば娯楽室を作るというお話はどうなってますの?」


「うん? ああ、あの計画かい?」


 サンダルに履き替えた父親が執務室の椅子に座る。


「うん。ちゃんと前に進んでいるよ。前にも言ったと思うけど、邸の増築をする場合は兄上の許可がいるんだ。その許可を申請している最中だね」


“ほおん”とおじさんは頷く。


「お父様が陛下や宰相に言えば、すぐ許可がもらえそうなものですけど」


「そのとおりだけど。そういうところでれるのはよくないんだよ。ちゃんと正規の手続きを踏むことで誰にも文句を言われないしね。陛下と近しいからこそ、きちんとしなきゃいけない」


 父親の言葉を聞いて、感心するおじさんであった。

 

「そう言えば、リーの作ってくれた玩具が好評でね。交渉にも役立ってくれているよ。つい先日も連合側から……」


 そこで父親の執務室のドアがノックされた。

 王城で働く従僕である。

 

「閣下、陛下の準備が整いましたので私室へお出まし願います」


“わかった”と父親が答えて部屋をでる。

 その際におじさんの姿を見た従僕の顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。

 驚いたという表情のままで固まってしまうほどだ。

 

 おじさんがにこりと微笑む。

 その暴力に耐えかねて従僕は、へなへなと腰を抜かしてしまうのであった。

 

「陛下、失礼します」


 父親の後に続いて、おじさんも部屋に足を踏み入れる。

 その瞬間に複数の視線が自分に集まったのがわかった。

 特に強い視線を送ってくるのは、ひときわ体格のいい男性であった。

 

「陛下、この度はお招きいただきありがとうございます」


 国王に挨拶をした後に、軍務卿と思われる男性におじさんは身体をむける。

 

「お初にお目にかかります、軍務卿。カラセベド公爵家が長女、リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワと申します」


 丁寧なカーテシーをバッチリと決めるおじさんであった。

 

「ドイル=ガース・オルトナス=サムディオだ。以後よしなに頼む」


 ぶっきらぼうな挨拶ではある。

 が、口調にとげとげしさはない。

 どこか心ここにあらずといった感じの軍務卿であった。

 

「リーよ、色々と活躍は聞いておるぞ」


 国王が声をかける。

 その後ろに控える宰相も優しい視線をおじさんにむけていた。

 ソファには軍務卿と学園長が座っている。

 

 王国の首脳陣が一堂に会しているような状況だ。

 ふつうなら尻込みしてしまうところだが、おじさんは平然としていた。

 

「王国のためになればこそ、ですわ」


“うむ”と父親も含めた首脳陣が首肯する。


「さて、本日の用件は聞いておろう。かの天空龍の素材を使った鎧のことだ」


 国王の言葉におじさんは頷いた。

 

「こちらにいらっしゃる四人分をお作りしたらいいのですか?」


「…………頼めるか?」


「素材は十分に余っておりますし、お作りすることは可能です。ただ先日、学園長からいただいた仕様書を拝見しましたが、いくつか素材が足りませんわ」


 おじさんの言葉に反応したのは軍務卿であった。


「爺、抜け駆けしたのか!」


「ほっほ…………やかましいわい! わしはリーと話す機会があった、それだけじゃ」


「もう半分は引退してんだから、爺のは後回しでいいだろ!」


 この二人は祖父と孫といった関係である。


「なんじゃと! ひよっこのくせに生意気な!」


「うるせえ、いつまでもひよっこ扱いすんな!」


 そこでパンパンと手を叩く音が鳴った。

 

「はいはい。そこまで」


 宰相である。

 

「リー、私の分はあなたの思うように作ってくれればそれでいいですよ」


 実に物わかりのいい宰相の言葉である。

 ちなみに選択肢としては正解だ。

 おじさんに任せておけば、だいたいのことはなんとかしてくれる。

 

「そうじゃな。まずは国王であるわしの鎧から作ってもらうか。リーよ、わしの鎧は装飾を変えることはできるか? できれば不死鳥フィーネックスの柄にしてほしいんじゃ」


「できますわよ!」


“そうかそうか”と相好を崩す国王である。


「兄上は昔から不死鳥フィーネックスが好きですね」


「うむ。かっこいいではないか!」


「わかります」


 軍務卿がクスクスと笑い合う兄弟の平和な会話に割って入った。


「いや、陛下。ちょっと待った。やはりここは軍務卿であるオレの方が先ではないだろうか」


 そこで軍務卿がおじさんを正面から見る。


「オレは剣よりも槍が得手なのだ。なので装備は槍を所望する」


「リーや、わしは以前の仕様書のとおりでかまわんぞ。素材の件はサムディオ公爵家の威信にかけて何でも揃えてみせよう」


「爺はいちばん最後でいいだろ?」


「ここは老い先短い年長者優先じゃろがい!」


「は! あと百年でも二百年でも生きそうなバケモノがなにを言ってやがる!」


 一触即発の空気が流れる。

 今度は宰相も介入する気はないようだ。


 仕方ない。

 おじさんはそう思って、少しだけ強めに魔力で威圧する。

 一瞬で部屋の温度が下がったかのような錯覚に陥る面々であった。

 

「皆様の言い分はわかりました。では、仕様書を提出してくださいな。ちなみに魔法で一気に作りますから順番は関係ありませんわよ。すべての仕様書と、素材が揃った時点で作ります」


 にこりと笑うおじさんだ。

 その冷徹な笑みに背すじが震える軍務卿である。

“これ、逆らっちゃダメなやつだ”と本能的に理解したのであった。

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